“ソフトボール”:<サハリン野球連盟>の活動(2018.06.17)

↓緑の芝生の上で熱戦が展開中です。
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↑場所はサッカーの試合が行われるような場所で、コーナーにホームベースを据え、2本のラインを各々1塁、3塁への線に見立ててソフトボールの試合会場として利用しています。

サハリンには野球競技の愛好者団体、競技団体ということになる<サハリン野球連盟>が在ります。

樺太時代には、戦前の“中等学校野球大会”の例のように、樺太でも学生スポーツの野球が盛んであった経過が在ります。が、ソ連化以降は野球は殆ど行われず、また余り知られていない競技でした。1990年代になり、野球がサハリンに入って来て、愛好者が少し増えた経過が在るそうです。そういう意味で「概ね四半世紀の“サハリンの野球”の歴史」というように聞きます。

一頃は、現在は商業施設等が建っているような場所が空き地であったことから、そこに野球のグランドを設えて盛んに練習や試合を催していたそうです。ユジノサハリンスク、コルサコフ、アニワと3地区にチームが登場し、互いに競い合った他、<サハリンチーム>を編成して極東大会、ロシア大会と他地域のチームと競う大会にも出場していました。

現在でもロシア国内の各種大会に<サハリンチーム>は出場し、上位入賞、優勝を目指して健闘していますが、競技環境は好いものでもありません。競技愛好者人口が伸び悩み、アニワやコルサコフに在ったチームは活動を止めてしまった状況で、試合形式のことが簡単に出来ない状況です。

そうした中、サハリンに駐在している日本の企業や団体の関係者による<日本人会>の有志によるチームとの間で、ソフトボールの試合を行うという交流が起こりました。

<サハリン野球連盟>では、「試合形式」で動くことが出来る<日本人会>チームとのソフトボールの試合に張り切って望んでおり、溌剌とプレーしていました。それだけではなく、同時に「物凄くマイナーな競技」である野球を普及したり、<サハリン野球連盟>の活動に関心を寄せる人達を増やして行く機会として、ソフトボールの試合が催されている場を最大限に活かそうと一生懸命でした。

↓試合中、グランドの脇でマイクを手に1人立っています。
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↑これは試合を何となく視ている皆さんに向けて、「ルールの解説」をしている様子です。

「只今、青いユニフォームの<サハリンチーム>の各選手がフィールドの各々の位置に着きました。これを“守備”と言います。対する<日本人会>は“攻撃”です」というところから始まります。

打者が三振すれば「決まったゾーンにボールが入って打者が見送ってしまう、または打てずにバットを振ると“ストライク”で、“ストライク”が3つで“アウト”です」と話します。打ち上げられた打球を野手が巧く捕れば「ボールが地面に落ちる前に捕球した場合は“アウト”です」と話します。3つ目のアウトの後、「“アウト”が3つで攻守交代です」と話します。

結局、サハリンで“野球”または“ソフトボール”は「全くと言って差し支えない程度に知られていない」という面が否定出来ないのです。

休日の<ガガーリン公園>を会場としていたので、親子連れ等が数十名観戦していました。中には野球やソフトボールのルールを知っていて、観戦を楽しんでいた方も見受けられました。また「皆様!こちらのボールが飛んで危ない辺りで、ピンクのコートに白い帽子の小さな女の子が泣いています。どちらのお子さんでしょうか?!」とマイクで呼んで、小さな子のお姉ちゃんが走って来て連れて行き、一旦休止したプレーが再開というような、如何にも休日の公園という場面も在りました。

↓試合開始前には、地元テレビメディアが取材に入っていました。
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↑サハリンのメディアでは、マイナーなスポーツに取組み、<日本人会>チームと定期的に試合を楽しんでいる<サハリン野球連盟>の活動に好意的な面が見受けられ、取材チームを何度も送り込んでいます。

インタビューの中では、この交流試合は何度も開催していること、野球とソフトボールとのこと等を話していました。

肝心の試合ですが、1試合が最初から最後まで行われ、2試合目も始めましたが、会場を借りている時間が切れて中途半端に終わりました。

第1試合は、先攻の<日本人会>が均衡を破って得点を挙げた後、<サハリンチーム>が追い付き、直ぐに<日本人会>が加点して逃げ切り、8対6で<日本人会>が勝ちました。第2試合は、<サハリンチーム>が「打者2順の連打」という猛攻で試合を決定付けてしまいましたが、時間切れで4回で終えてしまいました。

使用し易いグランドが在るでもなく、試合形式の練習がし易いでもない中ですが、<サハリン野球連盟>の皆さんは国内大会の上位進出を目指して一生懸命です。また競技の普及を図り、永く野球が続けられることを期して、近年は「少年チームを育てる」ということにも心を砕いていると聞きます。

少々寒い中ではありましたが、「熱い人達」で出逢えた感じでした。

鮮やかな季節へ…:花壇に花を植栽中…(2018.06.16)

ユジノサハリンスク都心部で少し驚く場合が在るのは「歩道が広い」ということです。「多分、乗用車が擦れ違うことも出来る?」というように感じられる、稚内市内の幅が狭いような車道と然程変わらないと感じられる歩道が存外に見受けられます。

↓街を南北に貫く、長いレーニン通の一部に、そういう「広い!」感じの歩道が設えられている箇所が在ります。
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↑歩道の真ん中が、なかなかに幅の広い花壇になっています。

この花壇は、冬季には雪の下で、雪が完全に消えて暫くは土が剥き出しなままになっていましたが、花の植栽が始まりました。

この日はたくさんの作業員が出ていて、トラックで運んで来た花を下ろして、順次花壇に植栽していました。これから花が育って、見栄えが好くなって行く訳です。手前は既に植栽を終えていますが、奥は未だ作業が続いていました。

ユジノサハリンスク市内の方々に、こういうように毎年植栽を行うタイプの花壇が設えられていて、最近は時々その植栽を行っている様子を眼にします。

所謂“リラ冷え”というような、気温が落ちた状況で、それがなかなか上昇しない感ではありますが、街は少しずつ「鮮やかな季節」へ進んでいます。

「リラ冷え」の中…(2018.06.15)

最近のユジノサハリンスクでは、光の感じから「夕刻」と表現したくなる雰囲気の中、時計を視ると「稚内に在っては夕食を頂いた後か、場合によってグラスが既に空いているような…」という時間帯に至っている場合が多く在ります。

↓午後7時前の様子です。
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↑西日にライラックの花の淡い色が透けます。花の背後に在る背が高い木は、やや冷たく少し強い風に枝や葉を大きく揺らしている状況でした。

札幌辺りで始まった言い方であると聞きますが、ライラックの花が咲いているような時季、上昇していた気温が不意に落ちてしまうという状況が在って、それをライラックの別名に因んで「リラ冷え」と呼ぶようです。

ユジノサハリンスクは方々でライラックが美しく咲いている様子が見受けられますが、6月前半の「20℃超」が「10℃程度」に落ちてしまい、なかなか気温が上昇しません。正しく「リラ冷え」です。

そういう中ですが、晴れ間の中で視るライラックはなかなかに美しく、少し足を停めて見入ってしまいます。

空の蒼が覗いた朝…(2018.06.15)

ユジノサハリンスクでは、<ロシアの日>の連休前辺りから曇りがちで時々雨が交じるという「少し薄暗い?」ような感じが続き、気温も落ちていて、時々冷たくやや強い風が吹き抜けます。月の上旬に温かくなった折に、脇に除けていた上着や、少し温かいアンダーウェアをまた引っ張り出しています。

そういう状況ですが、前日の夜―陽が沈みそうになって「夕方」という趣きになるのが、午後9時前から午後9時半頃で「夜」と表現したくなります。―に至り、冷たくやや強い風が吹いていたものの、雲の間に空が覗いて夕焼けが暫らく振りに視られました。

↓暫らく振りに夕焼けを視た感な後、迎えた朝のレーニン広場です。
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↑少し雲が多い感にも視えますが、「空の蒼」が覗いています。複雑に幾重もの雲が組み合わさったような空が覗く日が続いていたので、こういう雰囲気が酷く新鮮です。

既に濃くなっている木々の緑が鮮やかではありますが、画で視ても「寒々しいような空気感」は伝わるような気がします。気温は5℃を挟むような状況でした。

朝の街を行く人達を視れば、「ライトダウン」のような上着を着ている人達に存外多く擦違います。

或る方は「多少暑いような感じになった時、少しだけ涼しくなると有難いと思ったのは間違いない。と言って、こんなに“寒い”のはどういうことだろう?天気が“悪ふざけ”でもしているようにしか思えない…」と言っていました。同感です。

<旭川広場>(2018.06.14)

6月に入ってから、ユジノサハリンスクでも「プラス20℃超」の気温が見受けられ、戸外が気持ちの好い状況も在りました。冬季には「氷点下20℃」も頻発していたので、「プラスとマイナスとが逆転」と変な感慨のようなものさえ湧き起こりました。

ところが<ロシアの日>の祝日辺りから気温が落ち、曇りがちで雨が交じる天候が少し続き、時々吹き抜ける風も冷たいので、何となく「肌寒い?」という感になっています。

↓近所の<旭川広場>です。チェーホフ通辺りからアムールスカヤ通辺りへ動く時、「斜めに横切る近道」のようになるので、よくここを通り抜けて広場の緑に親しみ、寛いでいる人達や遊んでいる子ども達の様子を視ています。朝早くは、愛犬の散歩をしている人達や、筆者同様に通り抜けようとしている人達が散見する程度で静かなことが多い場所です。
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↑木々の緑も濃く、少し目立つ大き目な気は「堂々たる」という感になっています。そして背が低い後方の木には花が咲いている様子も視えます。

こんなに緑が鮮やかな場所では在りますが、「概ね1ヶ月前」まで、木は昨年の晩秋から初冬に葉を落としてしまった状態から然程変わっていないように視えました。

↓今朝視た木と同じ木を、5月15日に視た時の様子です。
>><旭川広場>(2018.05.15)

5月半ばで未だ葉が視えないという木を視て、「広場の緑は何時になったら還って来る?」というようにも感じました。5月後半から6月前半で、緑はドンドン濃くなった訳です。

↓こういうように葉が多くなった状態は夏季と余り変わらないように視えますが、背景の空が「やや寒々しい?」ように思えます。
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最近は戸外に出て、擦違う人達の服装を視ると「秋が少しずつ深まろうかとしているような時季」を思わせるような、多少温かい上着を着ている方が目立つ感です。「秋?」という服装の人達が目立つ他方、人々が行き交う街では既に緑が濃く、花も鮮やかですから、何処となく不思議な雰囲気です。

↓<旭川広場>で今朝視た木ですが、秋には綺麗に色付きます。
>>黄葉した木(2017.10.10)

季節は「行ったり、戻ったり」という具合に移ろうのが、或いは「寧ろ普通」なのかもしれません。気温や天候はそういう具合ですが、緑の方は濃くなったモノが不意に逆戻りということはありません。とりあえず「鮮やかな季節」という感じにはなっているユジノサハリンスクです。

<PRO100БУРГЕР>は何と読む??(2018.06.12)

6月のユジノサハリンスクは、「プラス20℃超」という状態が続いた後、「プラス10℃程度」に気温が下がり、<ロシアの日>の連休は少々肌寒い感でした。

そういう中、5月末に近所でオープンしたハンバーガーを主体にする店に立寄ってみました。

写真が入ったメニューを視ながらカウンターで注文して支払いを済ませると、レシートに受付番号が書き込まれ、料理が出来ると番号を呼ばれるのでカウンターで受取り、席で頂くか持ち帰るという仕組みになっている店です。

オープンして日が浅いので、昼食時間帯等は酷く混み合っている感ですが、大概は「適度に賑わっている」というような感です。

そんな店に寄り、メニューの中に<PRO100БУРГЕР>という295ルーブルのモノを見付けました。

ロシア語でハンバーガーは「БУРГЕР」(ブルゲル)です。「バーガー」(burger)をロシア語のアルファベットで書いて、そのまま読んでいる訳です。

「БУРГЕР」(ブルゲル)は判りますが、「PRO100」は「?」という感じです。

「PRO」はロシア語であれば「ПРО」(プロ)です。「100」は「сто」(スト)です。とすれば、「PRO100」は「普通な」とか「単純な」というような意味になる「ПРОСТО」(プロスタ)のことかもしれないと考えました。

で、カウンターの店員さんに「プロスタブルゲル」と頼んでみれば、店員さんは大きく頷き、無事に頼むことが出来ました。

↓出て来たモノはこういう具合でした。
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↑本当に「普通なハンバーガー」という具合です。脇に小ぶりなピクルスが添えられているのが、「何となくロシアの好み?」というように思えました。

ロシア語の世界では、この種の「言葉遊び」は存外に見受けられます。<PRO100БУРГЕР>というメニューの文字を初めて視た時は驚きましたが、「プロスタブルゲル」と確り覚えました。美味しいビーフのハンバーグに野菜とチーズというオーソドックスな感じが非常に好いので気に入りました。

因みに、ハンバーガーに入っているハンバーグですが、ロシア語では「котлета」(カトリェタ)と呼ぶ場合が多いようです。

この<PRO100БУРГЕР>(プロスタブルゲル)の店で別なメニューを御願いしようとした時、「これはどういうモノ?」と尋ねると、店員さんが「котлета」(カトリェタ)という語を使いました。日本国内のファストフード店で、トンカツやチキンカツをパンに挟んだモノが在るので、「котлета」(カトリェタ)と聞いて「そういう類?」と一瞬思いました。が、以前に「宗谷黒牛の肉でハンバーグ」という話しになった場面で、サハリンの方がハンバーグのことを「котлета」(カトリェタ)と呼んでいたことを直ぐに思い出した訳です。

モノ自体の呼び名、中に入っているモノの呼び名は「所変われば…」ですが、美味しいハンバーガーは何処でもなかなかに人気です。

「釣銭」の中に「新しい紙幣」(2018.06.08)

ロシアでは昨年10月から新紙幣が流通しています。

ユジノサハリンスクでは12月辺りから出回って、視掛ける機会が生じるようになりました。

↓新しいモノなので、とりあえず写真に収めて、このブログでも御紹介した経過が在ります。
>>ロシアの新紙幣―200ルーブルと2000ルーブル(2017.12.22)

日本での新紙幣発行の様子を思い出すと、例えば「千円紙幣」であれば「伊藤博文の肖像画入り→夏目漱石の肖像画入り→野口英世の肖像画入り」と変遷している訳ですが、何れも「従前のモノを替える」ということになっていて、「少し前まで千円の札は?」という具合に、何時の間にか「新しい方の紙幣」ばかりを視掛けるようになっていました。

こういう例に対して、「二千円紙幣」のように「全く新しく登場」という例も在りましたが、こういう場合は「時々視掛けるようになった」という按配で、従前からの別な額面の紙幣が従前と同様に並行して使用され続けます。

ロシアでの「200ルーブル紙幣」や「2000ルーブル紙幣」は、日本の「二千円紙幣」のように「全く新しく登場」という感の存在です。従前からの紙幣はそのまま普通に使用され続けています。そういう訳で、存外に手にする機会が少ない感です。

↓先日、支払に「5000ルーブル紙幣」を使ったのですが、釣銭に「2000ルーブル紙幣」が入りました。「多分初めて…」と少々驚き、偶々「200ルーブル紙幣」まで在ったので、思わず財布の中身を引っ張り出して写真に収めてしまいました。
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↑「2000ルーブル紙幣」と「200ルーブル紙幣」の背後に在るのは、従前から在る「1000ルーブル紙幣」、「500ルーブル紙幣」、「100ルーブル紙幣」と硬貨です。

ロシアの紙幣には国内の様々な地域をテーマにした画が入っています。青い「2000ルーブル紙幣」は極東をテーマにしていて、ウラジオストクで見受けられる巨大な橋梁の画が入っています。

聞けば、ウラジオストクの名所となっている「橋梁が視える高台」に行くと、他地域から訪れた人等が「2000ルーブル紙幣」を取り出して、「橋梁の画が視えるように紙幣を持つ自身の背後に橋梁」という記念写真を撮っているような様子が見受けられるようです。

支払に「5000ルーブル紙幣」を使って、釣銭に「2000ルーブル紙幣」が入るという状況が「多分、初めて?」発生したのでしたが、ユジノサハリンスクの店で「5000ルーブル紙幣」を使おうとすると「もう少し細かいのが…」と言われてしまう場面が存外に多いと見受けられます。そういうことなので、「5000ルーブル紙幣」は「何となく財布に残ってしまい、“この店は大丈夫?”と遠慮しながら支払に使う」という感じになってしまいます。

日本国内でも「一万円紙幣」に関して、支払に用いようとすれば一部に「もう少し細かいのが…」という場合は在るかもしれません。が、ユジノサハリンスクでの「5000ルーブル紙幣」は、その発生頻度がより高いような気がします。

「2000ルーブル紙幣」を眼にする機会や手にする機会はやや少ない感ですが、「200ルーブル紙幣」の方は、雪が少なくなった4月以降に手にする機会が少し増えて来たように思えます。「1000ルーブル紙幣」や「500ルーブル紙幣」を支払いに用いた時の釣銭に、存外に高い確立で「やや見慣れない濃い緑の紙幣」が交ざります。

「200ルーブル紙幣」と言えば、現在となっては“蒐集用”(コレクターズアイテム)になってしまっていますが、通貨のデノミネーションが行われるずっと以前、<ロシア連邦>という国名を名乗って日が浅かった1990年代前半にも「200ルーブル紙幣」というモノが在りました。あの時代は「とんでもないインフレ」で、それを1枚持っていても、然程の使い道は在りませんでした。現在の「200ルーブル紙幣」であれば、店にもよりますが、カフェでコーヒーが頂けますし、買い求めることが出来る食べ物や飲物も色々と在ります。

日本では、モノの値段が余り変わらない状態が永く続いているような感で在るのに対し、ロシアでは「少しずつモノが値上がり」という状態が見受けられます。が、過去の「烈し過ぎる」ような状態を思えば「普通?」という感じで、手近な場所では余り「モノの値上がり?」を強く意識しない感でもあります。

<ИЮЛЬСКАЯ ПАСТОРАЛЬ>(7月の田園詩) / ウラジーミル・チュイコ氏提供写真

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(ウラジーミル・チュイコ氏提供写真)(<夏>より)

※ 6月から7月は光線が強く、様々なモノが「一層鮮やか」に感じられる季節です。
※ 空の蒼に対して、雲の白が鮮明で、他方で大地の緑も眩しい感じになります。
※ こういう様子を視ていると、一篇の詩を朗読する声や、軽やかなメロディーでも聞こえて来るかのような気分になるものです。

<シャワルマ>を想わせる<ロール>(2018.06.08)

住まいの近所に、ボリュームが在るサンドイッチを愉しむことが出来る24時間営業のカフェが在り、相当な頻度で朝食に立寄ります。

査証手続に関する一時帰国で暫らくユジノサハリンスクを離れた後に寄ってみれば、顔馴染みな店員さんに「そう言えば暫らく視掛けないので、“どうしたのかな?”と話していましたよ」と話し掛けられる場合も在るような頻度で立ち寄っています。

「例によって…」という按配で立ち寄ってみれば、フランチャイズの本部関係の場所から送られて来る材料の到着が遅れ、何時も御願いしているパンを使ったサンドイッチが一時的に品切れになってしまっているということでした。店員さんは「今は“ロール”を御提供しています」と言うので、「そう言えば、それは頂いてみたことがなかった」と御願いしてみました。

↓出て来たのはこういうモノでした。
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↑小麦粉の薄い皮でタップリな具材を包んだモノです。

↓一寸割ってみれば、溢れてしまいそうな具材が入っていて、なかなかに好い感じです。
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普段は、ハム類かソーセージを選んで、レタス、トマト、タマネギ、ピーマン、ハラペニオをパンにはさんでもらって、そこに調味料を入れます。が、“ロール”ということになると、同じような具材や調味料を、薄い皮で包んでくれる訳です。

パンを使うモノより少し軽い感じですが、具材の密度感が高まる感じで、なかなか美味しく愉しく頂きました。

食後に店員さんに「これは初めてだったが、なかなか美味しかった。他所の方々で売っている“シャワルマ”というモノに似ていると思った」と言ってみれば、店員さんは笑みを浮かべて「そうです。“シャワルマ”風だと人気が在ります。またよろしくお願いします」と応じてくれました。

ユジノサハリンスクでは、或いは広くロシアでそうなのかもしれませんが、“シャワルマ”というトルコ等の中近東に起源を有するファストフード的な食べ物が人気です。日本国内でも“ケバブ”や“シャワルマ”が売られている例を視掛けます。手近な場所では、稚内の北門神社祭の出店の中に売っている例が在ったと記憶しています。

“シャワルマ”ですが、ロシア語では「Шаурма」と綴り、“シャワルマ”というより“シャウルマ”と呼ばれています。

“シャウルマ”はトルコ等で見受けられる“ケバブ”と呼ばれるグリル肉と野菜や調味料を小麦粉の薄い皮で包むモノです。ユジノサハリンスク市内に限らず、サハリンの他の街等でも売られているのを視掛けます。

他方、この包むことに用いる薄い皮がスーパー等でも売られていて、家庭で好みの肉類や野菜類を調味料と合わせて巻くように包んで頂くというのもポピュラーなようです。スーパーでその「薄い皮」を買い求めている方を視掛けて、「あれは何?」と思ったのでしたが、「肉や野菜の手軽で美味しい食べ方」としてポピュラーな方法のために売られていた訳です。実は昨年、船でクリリオン岬を観に行くツアーに参加した経過が在りましたが、その時の参加者でこの「家庭で好みの肉類や野菜類を調味料と合わせて巻くように包んで」という「自家製シャウルマ」をお弁当に持って来ていた方が在って、「あの不思議に思えた“薄い皮”はこういう具合に使うのか…」と知った訳です。

こういうような具合に、「全くの偶々」で存外に面白いモノに出くわすことも在るものです。

<ЛЮТОГА>(リュートガ) / ウラジーミル・チュイコ氏提供写真

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(ウラジーミル・チュイコ氏提供写真)(<夏>より)

※ 川辺の緑が色濃くなるような季節です。6月に入ると「夏」という感じの日も増えるサハリンです。
※ 6月頃は気温が少し大きく上下して、「霧が発生?」という状況も増えます。
※ 緑が濃い川辺に、少し霧が掛かっているような感じは「サハリンのこの時季らしい」ような雰囲気です。