<ペンギン33>の乗船券をユジノサハリンスクで購入:出航まで1週間(2017.05.26)

稚内・コルサコフ間を往来する<ペンギン33>は、6月2日からの運航開始に向け、現在はコルサコフ港へ向けて船を回航中です。

実は筆者はこの<ペンギン33>を心待ちにしています。都合で一時的に稚内へ戻る予定なのですが、その際に昨シーズンは乗船機会を設けられなかったこの<ペンギン33>に乗船する計画なのです。

以前にもこのブログでお伝えしたように、<ペンギン33>の乗船予約は5月2日に始まりました。

サハリン側では、ユジノサハリンスク市内の旅行会社である<ビートモ社>で予約と券の購入が出来ます。

予約の際には、パスポート情報が必要なので持参し、乗船希望日を伝えて予約を行います。そして乗船前に支払いを済ませて券を購入します。

↓いよいよその券を購入して手にしました。“Electric ticket”と右上に在ります。ネットで航空券を予約した際に出て来る「プリントアウト」によく似た感じです。
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考えてみると、筆者はコルサコフ・稚内間の交通を利用する券を「サハリンで入手」したのは初めてです。そういう意味でも、何か「ワクワク感」が湧いて来ました。

※ 関連情報は下記を御参照下さい。

(↓ロシア語による<ビートモ社>ウェブサイト)
>>Туристическая компания "Би-томо"

(↓日本語による<ビートモ社>ウェブサイト)
>>樺太サハリン観光旅行 現地サハリン旅行会社Bitomo

(↓<ペンギン33>の運航情報)
>>時刻表・料金 / HSL 北海道サハリン航路株式会社

体感の差に戸惑う…(2017.05.26)

昨日のユジノサハリンスクでは「寒い…」を連呼する人も在りました。学校の卒業式の時季で、例年は卒業式後の若者達が目立つという街も静かに思える程度でした。

早朝は、そういう流れを引き摺っている感じで「やや肌寒い」程度に思えました。「シャツの上にジャケット」というようなスーツで朝の街に出てみれば、辺りは寧ろ「もう1枚上着」という服装の人達が目立つ程でした。

↓それが昼にはこういう按配で眩しくなりました。陽射しは「いきなり“初夏”」という感じです。
体感の差に戸惑う… (1).JPG
↑桜の花が殆ど見受けられない感じになっている中、「卒業式シーズンに桜!」と昨日見付けた、レーニン像を背景に咲いていた花は未だ残っていましたが、昨日の見え方とは様相が大きくことなります。

↓巨大なレーニン像の台座の下辺りに、学校の授業などが終わった直ぐ後というような風情の子ども達が集まっている様子も見受けられました。
体感の差に戸惑う… (2).JPG

朝は「もう1枚上着」という服装の人達が目立っていたのですが、昼になるとシャツ姿の人達、半袖シャツ姿の人達、Tシャツ姿の人達が多くなり、中には上着を腕で抱えてノースリーブのシャツというような人も視掛けました。陽射しがキツく、存外に暑く感じられるのです。

実は稚内は、「1日の中での温度差」が他地域に比べて小さ目なように見受けられる場所です。そういう場所からユジノサハリンスクへやって来た筆者のような者にとって、「1日の中での温度差」が存外に大きいことに戸惑います。

今日の場合、朝は6℃というような次元で、昼間の昼食休憩時間帯の後半は18℃前後と見受けられて、加えて陽射しがキツいのです。朝と同じスーツ姿で戸外に出て、酷く汗をかいてしまいました。

「卒業式シーズン」に桜?(2017.05.25)

ユジノサハリンスクでは桜の花の時季は「静かに、同時に素早く」という感じで去ったように見受けられましたが…

↓背景にレーニン像が見える場所で、1本の木に花が残っていました。
卒業式シーズンの桜.JPG

この「5月下旬」というのは、サハリンでは「卒業式シーズン」です。

桜が変に似合うようにも思いましたが、他方で1本だけで寂しそうでした。或いは、不安や期待が入り混じる、卒業生自身や家族の心情をさり気なく象徴しているかのような気がして、少し注目してしまったのでした。

「最後のベル」―学校の卒業式・終業式(2017.05.25)

「最後のベル」などと書いてみると、映画や演劇、または小説のタイトルのような感じですが、「パスレードヌィー・ズヴァノク」(Последный звонок)というサハリンで、ロシアで一般的な表現を訳してみただけのことです。

「パスレードヌィー・ズヴァノク」(Последный звонок)は、正しく学期の、或いは学校生活の「最後のベル」という訳です。“ベル”という語に「学業が始まる、または終わる」という象徴的な意味合いを付している訳です。

↓この「最後のベル」の日には、こういうような「仮装行列!?」というような感さえ漂う若者達に出くわします。
「最後のベル」 (1).JPG
↑例年は非常に目立つらしいですが、今日は「どうした?」という程度に気温が上がらず、「寒い…」を連呼する方も見受けられ、若者達も「余り出ていない?」感じでした。

ロシアでは11年制の学校が普通で6歳から17歳まで学びます。学校へ通う児童・生徒の様子を視れば、普段は「普通な子どもや若者の普段着」という以上でも以下でもない服装です。極一部を除くと、“制服”のようなモノは余り視掛けません。しかし、この「最後のベル」の日には、男子はスーツで、女子は「昔風な制服」で登校です。

男子はスーツ、女子は独特な制服というのは、ソ連時代の少し古い時期には「毎日」だったようですが、何時の間にか普段は平服ということになり、この「最後のベル」の日のような催事の場面でだけ登場するようなことになったようです。

↓仲の好いグループで、撮影役の方も引き連れて、記念写真を撮るのが「定番」です。
「最後のベル」 (2).JPG
↑このグループは、写真を撮る瞬間に何かの合言葉を掛け声にして、賑やかにやっていました。

卒業と言えば、日本語の感覚では「御卒業おめでとうございます」ですが、お子さんが卒業という方にそう言ってみると「私はうちの子がこれからどうなって行くのか、本当に心配で“おめでとうございます”という感じでもない…」としていた例に出くわしました。実際、不安と期待が入り混じるのが“卒業”という場面なのでしょう。

賑々しく写真を撮っていた、学校を卒業したばかりのグループの様子を視ていました。何時も仲良く色々なことをしていたであろう仲間達ですが、サハリンの若者は進学等で各々が色々な地域に別れ別れになる例も多いと聞きます。独特な服装で慣れ親しんだ街を練り歩き、尽きない名残を惜しむのか、輝く未来への想いを語り合っているのでしょう。

「5月24日から5月26日の期間は酒類の販売を致しません」??

近所のよく利用するスーパーでは非常に多くの色々な酒類を販売しているのですが、「酒類販売に関する規制」に鑑みて、店の奥側のスペースに酒類を全て集め、独立した「酒類専用レジ」で精算する型で販売を行っています。

初めてその店を利用した時、「酒類専用レジ」で精算することを知らず、他のモノと合わせてレジで精算するのだと思っていて「お客様!」とお店の方に声を掛けられてしまったことが在りました。直ぐにその仕組みにも慣れてしまい、現在では特段に何か在るというのでもありません。また、他所でも「“専用レジ”?」と確かめながら買物をするようになりました。

5月24日の夕刻、その店に寄りました。

非常に多くの色々な酒類が並んでいる奥側のコーナーの前にチェーンが張られていて、酒類コーナーに立ち入り出来ないようになっていました。そして「お客様各位」と在り、「5月24日から5月26日の期間は酒類の販売を致しません」として、末尾に「店長」と書いた掲示物が在ったのです。

「5月24日から5月26日の期間は酒類の販売を致しません」と“店内”に掲出され、その向こうに「色とりどりな形も様々な容器で、数も潤沢な酒類」が並んでいる感じは、非常に“非現実的”な感じがしました。スーパーの店内のような場所は「御遠慮願います」なので、敢えて写真は撮っていません。

それにしても「5月24日から5月26日の期間は酒類の販売を致しません」と、「モノは、文字どおりに“売る程”に在るのに“販売致しません”という状態」は、率直に言って理解に苦しむ感じがします。

先週、「来週、“酒を売れない”という期間が在りますから、飲まれるならその分は週末にでも用意しておいた方が好いですよ」と言う方が在りました。「信じられない!?」と、他の方達に「本当なのでしょうか?」と尋ねれば、異口同音に「本当だ!!」ということでした。

これは州法なのだそうです。

5月24日から5月26日の期間は、サハリン州内の学校で<パスレードヌィー・ズヴァノク>(「最後のベル」)と呼ばれる、卒業式・終業式が行われる期間に相当します。学校毎に何れかの日に催行するので3日間が設定されています。この期間は「青少年の飲酒」が「目に余る」というのです。そこで「期間中は販売そのものを禁じる」ということになったというのです。

この話題で話しをした或る方は「“あそこの学校の○○君だ”とか、“そこの学校の生徒”と店員が知らない、少し離れた場所に買い出しに出るとか…一寸悪い先輩に“お願いします”と頼んで手に入れるとか…そうやって酒を入手する未成年が出て来るからと“禁止!”になってしまった」と言っていました。

別な方は「どうでもいいけど…結局、呑む気が“満々”な生徒は“事前仕入れ”をするだけだと思うけど…禁止前の日には、何時ものように売っているのだから…」と言っていました。

ロシアでは酒類を求めて構わないのは「18歳以上」とのことです。11年制の普通の学校を卒業と言う場合、「17歳」が普通ですから、飲酒をするというのが問題視される訳です。

この<酒類販売の禁止>(Запрет на продажу алкогольных напитков)(ザプリェット ナ プラダージュ アルコゴリヌィフ ナピートコフ)というルールに関しては、どうやら相対的に新しいルールであるらしく、実施初日の様子について今朝の地元テレビの情報番組でも取り上げられていました。

酒類販売が営業の中心であるような小さな商店が、シャッターを下ろして完全に休業してしまっている映像が挟まれながら、「酒類そのものを善いモノだとは思っていないので、販売禁止に賛成!」とか、「未成年の酒は問題かもしれないが、全面的に販売を禁止する必要まで在るのか?」とか、「毎日必ず呑むのでもないから、売っていないなら呑まないだけ…」というような、色々な街の声がテレビニュースでは紹介されていました。

何れにしても<アンチアルコール>というような運動は在るようで、こういう“禁止”の日を広げて行く動きも見受けられるそうです。

色々な酒を求められる店で、酒の販売が禁じられて購入が出来ないという日でも、「酒類を提供する飲食店」で酒を呑むことは出来ます。昨日は、時々酒類を求める店で酒類を買うことは「本当に」出来ませんでしたが、時々寄るサンドイッチを頂くカフェで「飲物は例の…」と顔馴染みになっている店員さんに言えば、気に入っている黒ビールが何時ものように出て来ました。

因みに、以前から「酒類販売に関する規制」で「深夜早朝の販売は原則禁止」となっていて、深夜や早朝に営業しているスーパーに入って「ビールの1本でも…」と思うと求められなかったという事例は聞いたものです。「5月24日から5月26日の期間」というように“終日禁止”は初めて見聞しました。
posted by 稚内市サハリン事務所 at 09:16Comment(0)話題

「キムチ豚」?そして「付け合せの“米”」?(2017.05.21)

「休日の気軽な日帰り遠足」でホルムスクを訪ねてみた時でした。

サハリンでの一般的な昼食時間帯には早い感じの11時台に、一度立ち寄った経過も在る、昼食を摂ることも出来る店の傍に至り、店が既に営業していたので寄ってみました。無事に「遅い朝食+早い昼食」を愉しむことが出来ました。

その店は、入口のレジでオーダーをして精算し、コップのような型で番号が書かれた“目印”にレシートが入って、ホールで席に着いてそれをテーブルに置いておくと、ホール係が料理や飲み物を席に届けてくれる仕組みです。サハリンの街では時々視掛ける方式でもあります。

入口のレジで多少順番待ちで、「さて、何を頂こうか?」と思って「今日のお料理」という具合に書き出されていたモノを視た時に目に留めたのが「Кимча жар. со свининой」という文字でした。

「Кимча」(キムチャ)はキムチのことで、サハリンの食品加工会社でも作っている例が在ることも承知しています。「свинина」(スヴィニーナ)は豚肉です。「“キムチ豚”とはどういうモノか??」と思いました。

↓出て来たのはこういうモノでした。
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↑これは「所謂“豚キムチ”そのものではないか?!」と思わず、皿を眺めて写真を撮ってしまいました。

「キムチを使用」が「少し特徴的」なので“キムチ豚”なのでしょうか?或いは「キムチの方が多い」ということなのでしょうか?

「“キムチ豚”とはどういうモノか??」と思っていたのですが、結局「所謂“豚キムチ”そのもの」でした。キムチの辛味も好適で、辛味が利いた豚肉も悪くない感じで美味しく頂きました。

特段に指定をしなかったのですが、付け合せとして“米”が盛り付けられていました。何か「インディカ米?」とも思えるような、と言って形状を視てハッキリとそういうように断言もし難いような、何か微妙な感じの米でした。が、豚肉の油とキムチの辛味というコッテリした感じの料理に、この「アッサリした付け合せの“米”」はマッチしていました。

サハリンで「米を頂く」ということなら、最も頻繁に出くわすのは、こういうような「付け合せの“米”」です。

“豚キムチ”を“キムチ豚”と呼ぶ?「主食扱い」の米が「付け合せ」という扱い?正しく「所変われば…」という感じです。ホルムスクで頂いた「“キムチ豚”に“米”の付け合せ」は225ルーブルでした。

<第18回 日本語弁論大会>(2017.05.24)

「よりよい日本語の知識に関するコンクール」というロシア語の催事名が在るのですが、これの日本語の呼称が「日本語弁論大会」です。

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サハリンで日本語を学んでいる人達が日本語でスピーチを行うというこの「日本語弁論大会」は回を重ねており、今年が18回目です。これは北海道とサハリン州とによる「友好・経済協力提携」を契機に始められたものであるとのことです。

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ユジノサハリンスクでは、2つの大学で常時日本語を学ぶ学生が在って、毎年日本語を学んだ卒業生を送り出すようになっている他、市内の学校で日本語を学ぶことが可能な場を設けている例も在り、更に<日本センター>で日本語を学ぶ社会人も見受けられます。

この<日本語弁論大会>は「18回」と回を重ねて既に累計で100名以上が出場しているそうですが、今回は<児童・生徒の部>で7名、<大学生以上の部>で11名の参加が在りました。

7名参加の<児童・生徒の部>ですが、これは3分間以内で各々のスピーチを行い、5人の審査員が審査を行い順位や特別賞を決めます。

11名参加の<大学生以上の部>ですが、これは5分間以内で各々のスピーチを行った後、2人の質問者の問いに回答し、5人の審査員がスピーチと質疑応答を総合して審査し、順位や特別賞を決めます。

特段に「学習している外国語で話す」ということではなくても、何十人もの人達を収容する、少し大きな規模の講義や講演会を行う大学内の部屋で、大勢の人達を前に話す場合には緊張する方が多いと思われます。様子を視ていると、登壇していた時と終わった後の雰囲気が全然違う出場者の皆さんが非常に目立ちました。

このコンクールは、特段に「課題」が設定されているでもなく、「話してみたい事柄」を随意に整理して原稿とし、規定された時間内で話す訳です。それを“外国語”で行おうとする場合、学習歴が浅めな方には、なかなかに「ハードルが高い」のかもしれません。何か「制約が少ない故の難しさ」というものも在るように見受けられます。

他方、殊に<児童・生徒の部>に出場していた、日本で言えば中学生に相当するような子ども達や、<大学生以上の部>の20歳前後の学生さん達を視ていて感じるのは、「伝えてみたいことを、とりあえず口にして伝えようとする」ことに「慣れている?」ように見える面も在りました。或いは「あなたの考えは?」と問われて、「僕はこうだと思います」とか「私はこういうように考えました」と応じることを求められる場面が多いのかもしれません。

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<児童・生徒の部>は、最年少が小学2年生相当で、最年長が中学3年生か高校1年生位に相当するので年齢層が広く―小柄な日本の同年代でも視掛けるような感じの児童も在れば、「バレーボールの選手」を想起するような大柄な生徒も在って、実に広い年齢層を思わせました。―、選ばれたテーマも様々でした。初めて東京を訪ねた思い出、一族に永住帰国した日本人が居るという背景で日本語を学び始めたというようなこと、自然環境の大切さに思いを巡らせている他方で災害のニュースが多いことに気持ちを曇らせるというようなこと、憧れていたギターを演奏してみる機会が漸く得られて楽器も入手したので一生懸命練習していること、3年間勉強してみている割に日本語が話せないが何とかしてみたいこと等、話題は非常に多彩でした。

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<児童・生徒の部>と<大学生以上の部>との間に、幼稚園の子ども達が“日本語劇”を披露してくれました。場内がかなり盛り上がりました。

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“日本語劇”の演目は『チェレモク』という幼児向けの童話です。森の小さな家に動物達が集まって来て、みんなで暮らし始めたのは善かったのですが、大きな熊がやって来たので家が壊れてしまい、皆で力を合わせて家を建て直したというような話しです。「ねずみさんがやって来ました」というようなナレーションを担当する子―この子が妙に堂に行っていて、驚くような、笑ってしまうような感じでした。―が居て、動物役の子ども達が順次登場します。動物役の子ども達は「こんにちは。ここに一緒に居ていいですか?」、「いいですよ」とか「誰ですか?」、「カエルさんです」というようなセリフを確りとした口調で話していました。

<大学生以上の部>では、日本語等を専攻している学生達と、日本語を学ぶことに挑戦中の社会人達が混在しており、こちらもなかなかに多彩な内容でした。

合気道や音楽や、「花見」というような風習、少し話題の“おもてなし”というような日本の文物に関して、自身との出会いや考えを述べたという話題が見受けられました。漢字や同音異義語や、その他色々な難しさが在る日本語学習についてや、日本語や日本への旅行へ自身を誘うに至った俳句というようなテーマも見受けられました。

そういう他方で、自尊心を持って人前で堂々と出来るようにというようなこと、各々の趣味を大切にしてみることなど、「人生のテーマ」というような話題が見受けられました。「人生のテーマ」としては、日本のアニメ―かの『セーラームーン』が人気なようですし、『千と千尋の神隠し』も話題になっていました。―に親しんだことが切っ掛けで日本語を学んでみるようになって色々な出会いが在ったというようなこと、或いは大学での学業とアルバイト等との両立に悩んで学業優先の方針としたというような「若者らしい」話題も在りました。

優勝をした方はなかなかにユニークで、“市長”にでもなって、地域の様々な課題をどんどん解決し、誰もが快適に暮らせる故郷の街を築くのだと、「志溢れる青年の主張」を展開していました。こういう方が将来、本当にそういうような仕事をされるようになれば、北海道とサハリンとの地域間交流は大きく躍進することになるでしょう。

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<大学生以上の部>に関しては、スピーチ後の質疑応答に関して「これは意外に難しいのではないか?」というように見受けられました。或いは、上位に入賞された皆さんは、その質疑応答に関して巧くこなした感じがしました。

この大会を視る限り「20万人規模の人口を擁するユジノサハリンスク」だけでも、「存外に多い日本語学習者?」ということを伺わせました。

こういう「隣国への理解を深める」という趣旨の催しが長く続いているということは、もっと積極的に御紹介すべきであるとも思いました。
posted by 稚内市サハリン事務所 at 16:22Comment(0)カルチャー

碧海に浮かぶような…(2017.05.16)

ホルムスクは「少し小高い丘陵」が拡がっているので「眼下に海と街」という、なかなかに好い風景を愉しめる場所に事欠きません。

↓よく整備された、海に突き出るようになった場所の都市緑地が眼下に視えましたが、何か「浮かぶような…」という感じでした。
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↑眼下の日本海と青空が融け合うような美しい色彩でした。

画の右寄り、少し背が高い集合住宅風な建物の1階部分が黄色に塗られていて、赤い文字とアクセントが在ります。これは家電量販店で、ユジノサハリンスクに“本店”というのか、“地域旗艦店”と見受けられるかなり大きな店が在ります。これは恐らく“ホルムスク店”なのでしょう。ユジノサハリンスクの店では、各種家電の他に玩具や衣類やキャンプ用品も売られていましたが、ここもそういう品揃えなのでしょう。

日本海と青空が融け合うような美しい色彩を眺め、「この海が、利尻富士を望む稚内の海岸へ連なっている」という想いが沸き起こりましたが、同時に戦後の混乱期等には複雑な想いでこれを眺めた方達も在ったのであろうと考えてしまいました。

丘陵の上から写真を撮ろうというような場合、存外に“電線”も多いので、多少「望遠寄り」でカメラを使うと好いかもしれません。

チェーホフ像と桜(2017.05.23)

嘗ては銀行の支店だった建物を利用した美術館の傍に州立図書館が在り、その図書館の斜め前に作家のチェーホフの像が在ります。

↓「旅の途中の作家」という風情が漂う像で、視る都度に「チェーホフさん、御旅行は如何ですか?」とでも声を掛けてみたいような気分になります。
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↑チェーホフ像の脇に桜が植えられています。ここの花も、何時の間にか咲いて、直ぐに葉が目立つようになり、早くも散りかけな感じです。

チェーホフと言えば『桜の園』という作品が在って、代表作と評される“四大戯曲”の一つにも上がっています。

博物館前の噴水(2017.05.20)

積雪寒冷地では、冬季間に噴水の水が停まるのは普通だと筆者は思っていますが、サハリンもそういう例に漏れません。(日本国内で、雪に縁が薄い地域へ冬季に訪ねると噴水の水が妙に「新鮮」に見えるものです。が、雪に円が薄い地域の皆さんにとっては「冬季に水を停める」ということの方が「信じ難い?」ようです。)

ユジノサハリンスクでも、5月9日の祝日を挟む辺りから、徐々に方々で停まっていた噴水に水が入り始めました。

↓博物館前の噴水にも水が入り始めています。
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↑この噴水は、桜の花のように“期間限定”ということでもなく、冬を前に停めてしまうまでの長い期間に亘って愉しむことが出来ます。