“スボートニク”?(2017.04.29)

土曜日の朝、「多少の小雨?」と思いながらもガガーリン公園まで歩き、有名なガガーリンの像が在る辺りのベンチに腰を下ろして一息入れていました。

そうしていると、何やら大勢の人達が三々五々集まり始め、幹事役らしき人が「始めましょう!」というようなことを言い出すかと思えば…

↓こういう様子になりました。
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道具が用意され、大勢の人達が集まって「落葉やゴミを片付ける作業」をしているのです。揃いの作業服を身に着けた作業を請け負う人達というのでもなく、各々に普段着の普通の人達が集まっている様子を思わず眺めてしまいました。

↓見覚えが在る人達にも出くわしました。「意外な場所で会えて善かった!」と声を掛けてくれました。
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↑稚内では御馴染な<ルースキー・テーレム>の皆さんです。ペラゲイヤさん、リュドミーラさん、ワレーリアさんが元気に参加していました。後からイリーナさんにも出くわしました。

↓<テーレム>の皆さんも、一生懸命に作業をしていました。
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これは“スボートニク”と呼ばれる、一般市民による公共作業への参加という活動なのだそうです。

休日である土曜日(субботу=スボータ)に集まることから、「土曜日に集まる人」というようなことで“スボートニク”(субботник)と呼び習わされるようになったそうです。

ユジノサハリンスクでは、この種の作業は春季や秋季のものを行う場合が多いそうです。

↓この種の作業は、結局は「人手の寡多」が決め手なのでしょうか。あっという間に落葉等が集まり、ゴミ袋が一杯になって行きます。
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話しとしては耳にしたことが在りましたが、“スボートニク”と呼ばれる活動の様子を初めて実際に目にしました。

因みに、時には「日曜日」や「休日の月曜日」や「他の曜日」にこういう活動が行われる場合も在るそうですが、そういう場合も“スボートニク”という「土曜日」に由来する呼び方は変わらないそうです。
posted by 稚内市サハリン事務所 at 08:33Comment(0)話題

韓国によるサハリンでの旅客誘致活動(2017.04.28-29)

好天な金曜日の昼休み、レーニン通で何気なく見上げた大型広告看板に「瓦屋根」らしきものを認め、足を停めて一寸見てみました。

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看板に在ったのは<В Корею без визы>(ヴ カレーユ ビェス ヴィーズィ)という文字で「韓国へビザなしで」という意味です。

ロシアと韓国とは、両国政府の申合せで、“短期滞在”というような範疇になる観光旅行等で、事前に査証取得を求めないようにしたといいます。そういう制度を利用し、サハリンの皆さんに向けて「是非来て下さい」と韓国の機関が広告を出したという訳です。

サハリンでは、殊にユジノサハリンスクでは交通量が多目な箇所等に立てられている看板は「有効な広告媒体」と看做されているようなのですが、そういう中にロシア以外の国や地域で、旅客誘致活動を展開しようという国や地域の関係機関が広告を展開しています。逆に言えば、「サハリンは誘客広告を展開するに値する地域」であるということでしょう。

そう思っていると、翌日の土曜日に商業施設<シティーモール>に立寄ったところ、催事に使われる会場で看板を見付けました。

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「韓国観光見本市―“健康と休暇”」という催しです。幾つもテーブルが在って、関係の会社の皆さんが来場者とお話しをするというような催しになっていました。

この場では、様々な分野の医療系統のサービスを受けるという旅行等が提案されていて、ユジノサハリンスク市内で韓国への送客に実績が在る旅行会社の方等がテーブルを出していました。顔見知りの方も在って、一寸お話しを伺いましたが、最近は事前手続が求められない韓国への旅行の人気は高まっているようです。レーニン通の看板は、この催事を意識して掲出されたようです。

サハリンは「物凄く大きな人口」を擁しているのでもありませんが、一定以上に「国外も含めた旅行に出る需要」を持っている地域であると言えます。
posted by 稚内市サハリン事務所 at 08:30Comment(0)話題

「ルーブル」=ロシアの通貨

サハリンで、或いはロシアで使うお金は「ルーブル」と言います。

「ルーブル」という言葉は、相当に古い言葉に起源が在るらしく、昔は商取引に用いる銀の塊のことを「ルーブル」と呼んだそうです。16世紀頃の史料に「ルーブル」という呼称は登場するようですが、ロマノフ王朝の時代になって以降、1654年―日本では徳川家綱が江戸幕府の4代将軍で、由井正雪や丸橋忠弥らによる討幕未遂事件(慶安の変)が起こっていたような時代です。時代劇の『水戸黄門』の設定時代よりも以前です。―にロマノフ王朝の2代目の皇帝であるアレクセイ帝が「ルーブル」の硬貨を造ったのが、確認出来る最古の“ルーブル硬貨”であるようです。

サハリンで動き回る現金のルーブルを得るには「銀行で両替」ということになります。

個人が動き回る場合に使うような、「多くても数万円」という範囲の現金であれば、特別な手続等も無く、銀行の窓口で簡単に両替は出来ます。銀行の営業時間は、銀行毎、更に支店毎に違っているようです。概ね「平日の9時から17時」という程度に思っておけば“ハズレ”は無いのですが、一部に「8時から20時」という感じで営業時間が長い場所や、「土曜日も営業」という場所も見受けられます。

↓サハリンでは外貨レートがこういう具合に表示されます。銀行の辺りを通り掛かると、この種の外貨レートが、比較的見付け易い辺りに掲出されている場合が多いように思えます。

Курсы валют на Сахалине

↑左に米国ドル、右に日本円のレートが表示されています。

右側の“JPY”が日本円ですが、下の数字は「“100円”がXルーブル」ということです。例えばここに「50」とでも出ていれば、「100円が50ルーブル」なので「1ルーブル=2円」ということになります。

3行の数字が在りますが、1行目の「ЦБ РФ」はロシア中央銀行が示す目安です。2行目の「ПРОД.」は「売り」で、金融機関で「ルーブルを日本円に替える」場面での平均的なレート、「ПОК.」は「買い」で、金融機関で「日本円をルーブルに替える」場面での平均的なレートです。こういうような事柄の基本的な仕組みは、何処の国でも然程大きく変わるものでもありません。

当然ですが、このレートは毎日のように変わります。

実際に銀行に立ち寄って両替をしましたが、例えば4月18日は1ルーブルが2円4銭、4月20日は1ルーブルが2円2銭、4月27日は1ルーブルが2円5銭という具合に変化しています。

↓出くわす機会が多いロシアの紙幣と10ルーブル硬貨です。
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↑50ルーブル、100ルーブル、500ルーブルの出番が少し多く、1000ルーブルは少々出番が少ないかもしれません。

この1000ルーブル紙幣ですが、稚内市内でも市内に在る2行の支店で両替をやっていて、入手出来ます。正しくは「外貨両替の取り扱いにロシアルーブルも在る」と言うべきなのでしょうが、金種として1000ルーブルの用意が在るのみなのです。ですから、稚内市内の銀行支店で両替をお願いする場合には、例えば「1万円をお願いします」とではなく「5千ルーブルを希望しますが、幾らですか?」とでも尋ねなければなりません。

交通の都合で夕方や夜にサハリンへ到着するのであれば、銀行での両替が行い悪い場合も考えられます。「一寸、飲物位は求めたい…」―ユジノサハリンスクでは、夜は22時や23時頃も営業しているスーパー等が多く、「飲物位…」という買物には事欠きません。―と思っても、現地通貨のルーブルが全く無いのでは不自由です。そうした意味で、「出発前に両替」というのも好いかもしれません。

↓今般、これまで余り見た事が無かった5000ルーブル紙幣を手にする機会も在りました。
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↑この5000ルーブル紙幣で少額の買物をしようとすれば、「出来れば、もう少し細かいお金で…」というお店の方の反応が在る場合も見受けられます。

日本でも「円」に対して「銭」という「円の1/100」の単位が在ります。ロシアでも「ルーブル」に対して「コペイカ」という「ルーブルの1/100」の単位が在ります。実際のお金のやり取りの中で、「コペイカ」は殆ど顧みられていませんが、外貨両替等の場合には確りとカウントされています。

<生け花―サハリンでの道程>:草月流の展覧会 オープニング (2017.04.28)

出掛けるために車を待って、待ち合わせ場所辺りに立っていた10分間程の間に、近くに用事が在って通り掛かった知人に出くわすという「凄い偶然」に驚いたということが在ったのですが、更に驚いたのはその知人から、なかなかに興味深い催しの開催に関して聴いたということでした。

サハリン州美術館は、樺太時代の北海道拓殖銀行豊原支店の建物を殆どそのまま利用した建物で知られています。そこで「生け花の展覧会のオープニング」と聞き、サハリン事務所から歩いて3分掛かるか、掛からないかの場所なので寄ってみました。

サハリンで草月流の生け花の普及を始めた方は、造園家として活躍した経過が知られるアレクサンドラ・クドリャショーワさんです。今般、サハリンでの草月流の活動が15年になり、活動の端緒を拓いたクドリャショーワさんが70歳の誕生日を迎える年であるというので、記念行事として<生け花―サハリンでの道程>が企画され、開催に至ったのです。

↓展覧会の期間は4月29日から5月2日です。美術館の入口に催事案内が掲出されています。
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↓来賓や草月流の生け花の活動に携わる関係者、その友人や知人、こうしたものに関心を寄せる人達で場内は賑わいました。
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↑1930年頃の銀行支店の建物という雰囲気がよく判るように、バルコニー状になった2階の側から会場を見てみました。

↓草月流の生け花の活動をしている皆さんの、色々な作品が寄せられ、展示されていました。
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↑こちらの作品は、日本国内でも視掛けそうな感じで纏まっていると思いました。

↓こちらは華やかな色彩を好むような、ロシアの方の作品らしいと思いながら拝見しました。
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↓アヴァンギャルド(前衛芸術)と言うのか、何やら金属の針金を駆使した作品も登場していました。
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↓多くの来賓の方達からの挨拶の後、クドリャショーワさんが大きな生け花をその場で創るデモンストレーションが在りました。
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↑中央の方がアレクサンドラ・クドリャショーワさんです。

サハリンで造園家として多くの事績を残している他方、生け花の研修に励んで指導普及に努めて今日に至っています。そういう通って来た経過を振り返り、更に先を目指すという意味で、展覧会は「サハリンでの道程」と命名されたのでしょう。

↓デモンストレーションで創られた生け花が仕上がりました。
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多くの国や地域で各々に「花を愛でる」という感覚が在る中、「日本の生け花」も方々で各々に受け入れられて普及しているようです。サハリンでは、「街の一寸知られた文化人」とでも呼ぶべき、造園家のアレクサンドラ・クドリャショーワさんが種を蒔き、生け花の文化という花が開いています。
posted by 稚内市サハリン事務所 at 07:08Comment(0)カルチャー

スープは「食べる」モノ(2017.04.27)

ユジノサハリンスクでは「БИЗНЕС-ЛАНЧ」(ビズネス・ランチ)という言葉が書き込まれた掲出物を視掛ける機会が多くなったように思います。

何か「ビジネスランチ」とでも言えば、「仕事関係での少し堅いミーティングを昼食時にでも催す」というような感じがしないでもないのですが、ユジノサハリンスクで「БИЗНЕС-ЛАНЧ」(ビズネス・ランチ)という掲出が在るのは様々な飲食店で、要するに「ランチタイムサービス」ということになります。

「明らかに、夜にビールを飲む店だよな?」という場所に至るまで、ランチタイムに食事を供する営業を行っている例が見受けられます。これは、日本国内の飲食店でも夜の営業に対して“ランチタイム”という営業が在って、「気軽に、手軽な価格帯で愉しむ食事」を供するような例が多く在ると思いますが、少し雰囲気が似ているのかもしれません。

ユジノサハリンスクの「БИЗНЕС-ЛАНЧ」(ビズネス・ランチ)ですが、やっているのは「月曜日から金曜日=平日」の昼間です。店によって時間帯が多少前後しますが、概ね12時から15時位なようです。因みに一般的な昼食休憩は、サハリンでは13時から14時です。

その「БИЗНЕС-ЛАНЧ」(ビズネス・ランチ)をやっている店で、昼食時にスープを頂きました。立寄ったのは、看板も内装も「明らかに…夜にビールを飲む店…」という雰囲気の場所でした。(画の「照明の加減」で、想像して頂けると思います。)

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「サリャンカ」と呼ばれる種類のスープですが、ジャガイモやタマネギやピクルス等の野菜や細かい肉も入っていて、多少の香草を散らし、サワークリームを入れて頂きます。個人的にはこの「サリャンカ」と呼ばれる種類のスープが気に入っています。

スープに関して、日本語では「椀に入った汁物を飲む」というイメージになると思いますが、ロシア語では「スープを飲む」とは言わず、「スープを食べる」と言います。

今般のランチで頂いたスープですが、スプーンで具材を掬いながら液体のスープも頂くという具合で、何か「煮物系統の料理を頂いている」ような感じがしました。正しく「スープを食べる」という具合でした。

因みに、今般のスープは110ルーブルでした。かなり「手軽」と言える価格帯です。他のモノと併せて400ルーブルでお釣りが来ました。

「電動靴ブラシ」?(2017.04.21)

ユジノサハリンスクのホテルの玄関等でよく視掛けるモノです。

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随分以前に初めて視た時には「何か奇妙な機器が?」と思ったのですが、どうということもありません。回転するブラシが着いていて、履いたままの靴を近付けて汚れを落とす訳です。

日本国内の宿泊施設等でも置いている場所が在るのかもしれませんが、気付いたことが在りません。対して、ユジノサハリンスクでは何箇所もこういうモノを視ているので、これを視ると「ユジノサハリンスクに来た…」と感じてしまいます。

ユジノサハリンスクへやって来て、時々思うのは、履物の汚れや、着衣の皺や、髪型が乱れること等に関して、こちらの皆さんは非常に気を遣っているように見受けられるということです。そういう傾向と、「存外に埃っぽい」感じの街なので、こういう「電動靴ブラシ」的なモノが重宝するのかもしれません。

何度か実際に利用してみましたが、思う以上にレザーのシューズはピカピカになります。
posted by 稚内市サハリン事務所 at 07:39Comment(0)モノ

歯ブラシが「大きい」??(2017.04.27)

到着当初に滞在した宿から、長期滞在に用いるアパートに移ってみて「そう言えば歯ブラシ?」と思い出し、近所の店で求めてみました。

稚内のアパートでも使用している歯ブラシに似たような外観のモノを眼に留めて、「これが好い!」と求めてみました。279ルーブルでした。

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「さて、これを使って…」と思って眺めていたのですが、何か「微妙な違和感?」が在ります。

当初滞在した宿で、持って来た歯ブラシ―ユジノサハリンスクの宿では、歯ブラシや剃刀は置いていない例が殆どですから、旅行の際は用意して持参した方が便利です。―は捨ててしまってはいたのですが、「そう言えば、珍しく“予備”も用意して在った!」(※筆者は「何も持たない」も同然で、ふらりと度に出てしまうような性分で、旅行に際して歯ブラシを、更に予備まで用意というのは稀なのです。)と思い出し、引っ張り出してみました。

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並べてみて、「微妙な違和感?」の正体がハッキリしました。ユジノサハリンスクで求めたモノは、稚内で求めたモノと比べると、明らかにブラシ部分が大きいのです。

こういう差異は、どういう経過で生じるものなのかは判りませんが、気付くと妙に面白いものです。

そう言えば、幼少の頃に両親が愛用していた歯ブラシは、ユジノサハリンスクで求めたモノのようなサイズだったような気がしないでもないのですが。

因みに、今般求めた歯ブラシは、稚内で求めて持参したモノに比べると、少しソフトな感触でした。
posted by 稚内市サハリン事務所 at 07:21Comment(0)モノ

<モビーリナヤ・カフェーイニャ>(мобильная кофейня)(2017.04.27)

稚内市サハリン事務所はユジノサハリンスクのアムールスカヤ通に在ります。直ぐ傍でコムニスチ―チェスキー通と交差していて、交差点を渡った辺りもアムールスカヤ通という住所が続きます。

稚内市サハリン事務所はアムールスカヤ通の「62」という住所で、交差しているコムニスチ―チェスキー通を渡った辺りは、アムールスカヤ通の「61」という住所です。

このアムールスカヤ通の「お隣」で、何時も不思議な車輛を視掛けるので気になっていました。

↓こういう車輛です。銀行の支店が入っている建物の前に何時も停まっていて、後部の扉を開けた状態で、脇にパラソルまで立っています。
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↑何度か視掛けて、様子を観察していると、これは「コーヒーを売る、“移動カフェ”」ということに気付きました。“店”を営む青年が開いている後部扉の辺りで飲物を準備し、代金を払った人達がカップを手に各々歩き去って行きます。

“店”には<モビーリナヤ・カフェーイニャ>(мобильная кофейня)という名が付いています。「モビーリナヤ」(мобильная)は「移動可能」という「モバイル」から来ている形容詞です。「カフェーイニャ」(кофейня)は「珈琲店」とか「喫茶店」という意味で用いられている語です。

先客が切れた頃を見計らい、「おはようございます」と話し掛け、珈琲を求めてみました。

こちらでコーヒーを求めようとすれば、色々な種類が在って戸惑う場合が在ります。「普通のブラックコーヒー」という希望の場合は「アメリカーノ ビェス サーハラ」(американо без сахара)と言うべきでしょう。そして「大小」とサイズが在る場合も在ります。「ボリショイ」(большой)と「大」をお願いしました。

「何時も、ここでコーヒーを売っていますよね?」と青年に話し掛けてみました。何度か視掛けて興味を持ったので、今朝は一寸試してみようと、コーヒーをお願いしたと言えば、青年は「平日はここで、休日はガガーリン公園等に行ってコーヒーを売っている」と言っていました。

「毎日、何杯位のコーヒーを用意しているのですか?」と尋ねれば、「うーん…考えたことがないけれど…お天気次第で、道行く人達の気分次第だから…」ということでした。

↓稚内市サハリン事務所に持ち帰った、<モビーリナヤ・カフェーイニャ>のコーヒー(「アメリカーノ ビェス サーハラ、ボリショイ」)です。
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↑“おまけ”にチョコレート菓子が添えられました。これで160ルーブルでした。因みに、こうやって温かい飲物と一緒にチョコレート菓子を持ち歩いていて、菓子の方が少しだけ融けました。

「お天気次第で、道行く人達の気分次第…」という<モビーリナヤ・カフェーイニャ>(мобильная кофейня)ですが、他にもこの種の車輛を幾分視掛けました。

巨大なレーニン像(2017.04.26)

ソ連時代には、ソ連を構成していた15もの共和国の隅々に至るまで、何処の街にも“レーニン像”が建立されたといいます。サハリン州でもそうした例に漏れず、方々の街に“レーニン像”が在り、今でも残っています。

ソ連時代の末期、「連邦からの離脱」を唱えて実現したバルト三国では、「ソ連支配のシンボル」であった“レーニン像”が撤去されました。そういう例の他方、サハリンでは今でも残っています。中には街の整備計画が進む中で場所が遷った例も在りますが。

↓ユジノサハリンスクのレーニン像は、「とにかく大きい!」もので、少し驚きます。
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↑高さが9mと聞きます。3階建てや4階建ての建物にも比肩する高さです。随分以前にどなたかが「“ガンダム”の半分?」と仰っていた―あのアニメに登場する“モビルスーツ”と呼んでいる人型のメカは18m位という設定―ことが在りましたが、「アニメに登場するメカ」でも引き合いに出したくなるような、現実感が乏しくなってしまう程度に巨大な像です。

午後8時前というような時間帯ですが、レーニン像の「背中」側が西寄りなので、「背後から光を受ける」ような感じでレーニンが佇んでいます。

“春”に向けて(2017.04.26)

巨大なレーニン像が佇む広場の辺りで、何やら「白い服の一団」が動き回っていました。

「何をやっている人達なのか?」と思うと、“塗装作業”をしている人達でした。

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揃いの白い作業服の皆さんが、都市緑地的に整備された辺りのフェンス等、積雪期に塗装が傷んだような箇所に刷毛で塗装を施していました。

北海道内の様な積雪地域でも、春にこうした公共空間の設備のメンテナンスを行っている様子を視掛ける場合が在りますが、ユジノサハリンスクでも同様なようです。

前の週は雪が交って驚きましたが、漸く「北の国の遅い春」という雰囲気が濃くなって来ました。