旧 王子製紙眞岡工場(2017.10.28)

樺太時代には「眞岡」(まおか)と呼ばれていたホルムスクには、樺太時代に建てられ、ソ連時代にも長く稼働していたた製紙工場の跡が見受けられます。

丘陵が入り組む地形の中で階段状に市街が拓かれ「独特な表情の景色が視られる」感のホルムスクに在って、「際立って独特な」と形容したくなるのが、「製紙工場の跡が見える様子」です。

↓5月の休日に訪ねてみた経過が在りました。
>>旧 王子製紙眞岡工場(2017.05.21)

こうした特徴的な景観というものは、季節や時間帯が変わると表情が変わり、なかなかに興味深いものです。10月の催事が続いた感じが落ち着き、天候の好い土曜日となっていたことから、「手軽な遠足」でホルムスクを訪ねてみました。

ホルムスクの街を散策して、特徴的な景観を一寸愉しむという程度であれば「午後2時のバスでユジノサハリンスクを出発」で、ホルムスク到着直後に復路の乗車券を確保して「午後6時出発、最終のユジノサハリンスク行で引揚げる」という程度でも、存外に楽しく過ごせる感じでした。全くの「休日の徒然に思い付いたこと」でした。

或いは「好天で風が弱め」な日だったので好かったのかもしれません。これからの時季は、もっと短めな散策時間でも悪くないのかもしれません。秋が深まって「殆ど初冬」という状況下、5月に訪ねた際の午前とは様子が異なる「西日がかなり傾いている時間帯」の様子は興味が湧きます。

↓5月に見付けていた、集合住宅の集まった辺りの広場周辺からの眺望です。
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↑丘陵部の植物の様子が“晩秋”という感じです。

↓やや角度を変えると、工場跡が少し立体的に視えます。
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↑工場の「古いコンクリート」が、傾いた西日からの光線で“秋色”を帯びたように視えました。

この場所は久し振りでしたが、更に季節を変えて立寄ってみたい感です。
posted by 稚内市サハリン事務所 at 07:00Comment(0)訪ねる

多分「今季初」の平地(ユジノサハリンスク市街地)での積雪(2017.10.31)

早い時間帯に眠気を覚え、抗わずに眠ってしまい、日付が改まってから眼を開けると「住まいの窓から視える様子」が少し変わっていました。

↓こういうような様子でした。
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↑集合住宅の間の広場的な土の地面が白くなっています。

日中に断続していた雨は夕刻に上がっていましたが、夜に入ってまた降水が在った際、気温が下がっていたので雪になったということなのでしょう。駐車中の車輛は冷え易い金属製であるため、少し白くなっています。画では視え悪いのですが、舗装が施された箇所は黒く湿っている感じです。

こういう状態になり、何時の間にか雪の部分が融け、少し経ってまたこういう状態になり、そのうちにドンドン雪が積もって辺りの様子が一変してしまうことでしょう。積雪地域では「毎年の経過」というものです。

早朝の噴水(2017.10.28)

「土曜日の朝6時前」と言えば、終夜営業の飲食店では「未だ呑んでいる」方も見受けられるような雰囲気も在るのですが、今の時季はとにかくも「暗く、寒い」感じです。

↓レーニン広場の様子です。流石に人通りは殆ど見受けられません。
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↑噴水が豪快に水を噴き上げています。

噴水のライトアップは点いていませんが、未だ暗い街に残る街灯の灯りで水が色を帯びて見えています。

巨大なレーニン像は特段にライトアップは施されていませんが、街灯の灯りにコート姿の大きな背中が浮かび上がります。そしてユジノサハリンスク市行政府本庁舎の外壁は、早朝6時に至っても青紫のライトアップが灯ったままです。

朝6時頃と言えば「何時の時季でも静かな感じ」ですが、こうしてこの時間帯が「マダマダ夜」という雰囲気である季節には殊更に静かな感じがします。

もう少しで、水を出していると凍る場合が在る関係で噴水の水は停まる筈です。「何日頃まで噴水は出しているのだろうか?」と思いながら眺めました。街では、一年草を植えて造るような型の花壇は、既に花が片付けられてしまっている個所も目立つようになっています。この噴水も「今季最後?」と力を振り絞っているのかもしれません。

アニワ:海岸の朝陽(2017.10.28)

アニワの街の中心街、地区行政府庁舎等の傍に“アフトスタンツィヤ”と呼ばれるバスステーションが在ります。広い駐車場か何かのようになっている場所です。そこでユジノサハリンスクとの間を往来するバスが発着しています。

そのバスステーションに到着したバスから降りて、バスが走って来た道を少し引き返します。ロータリーが設けられた交差点が在り、右側に消防署が在るのですが、それと反対の左側に進むと海岸へ真直ぐ延びている道が在ります。その道を真直ぐ進み、途中にガソリンスタンドが在り辺りを越え、更に進むと海岸に至ります。海岸までバスステーションから歩いて20分余りです。

早朝のマダマダ暗い時間に着き、海岸まで歩くと、海と空が少しずつ明るくなります。朝陽の光で、静かな海と空が美しい様相を呈します。

アニワは“U”の字の型で深いアニワ湾の最奥部、真ん中より少し西に位置します。バスステーション側から海岸に出ると、やや左寄りが東寄りに相当し、そちらの側の空が朝陽の光で染まります。

↓そして午前8時頃から朝陽が高くなり、やがて海面に“光の路”のようなモノが視えるようになります。
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↑寄せては返す浪で湿った海岸の砂に、朝陽の光が映り込みます。

海岸部に街が拡がる稚内では「海と朝陽」というような光景を眼にし易いのですが、ユジノサハリンスクは海辺でもないので、手軽にそういう光景を視るとすれば、多分アニワ辺りに行くのが手っ取り早いでしょう。

最近になって、日出が午前8時頃というような次元になって来ましたから、「時間が在る好天な朝に出てみる」ということを試してみ易くなったように思います。ただ…存外に冷えているので防寒具は確り身に着けて出掛けるべきです。今般、美しい光景に心動かされた反面、指がおかしくなるような気がする程度に冷たくなり、手袋を持参せずに出たことを悔やむ羽目になりました。

“アフトスタンツィヤ”=バスステーション:アニワ(2017.10.28)

↓右側奥にロシア正教の教会が視えるので、何か「ロシアの地方都市の街角」という雰囲気が濃いように思えます。
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↑ユジノサハリンスクの西の隣で、やや南寄りになるアニワの都心部です。朝7時10分を少し過ぎた辺りです。

手前の下側が青系の塗装になっているバスは、朝6時20分にユジノサハリンスク鉄道駅の前を出発した始発のバスでした。奥の白いバスはユジノサハリンスクの方向に向かおうとしているバスです。

アニワ・ユジノサハリンスク間の路線は「運行系統#111」です。始発から終点まで、両市の間を乗車した場合、運賃は片道135ルーブルです。これはコルサコフ・ユジノサハリンスク間と同じです。概ね「20分に1本」というような頻度で、朝から夜まで盛んにバスが運行されています。

この時季、始発延ばすが出るのは暗く寒い時間帯で、到着しても未だそういう感じが続いています。「早朝の光景」というよりも「深夜の光景」のようにも視えます。

木曜日の晩にジャズの生演奏(2017.10.26)

ユジノサハリンスク市内の飲食店では、生の歌や楽器演奏を聴くことも出来る場所というのが存外に多く在ります。

「生の歌や楽器演奏を聴く」という状況ですが、「貸切かそれに近い状態の中で歌舞音曲」ということでもなく、「普通に飲食店に立寄る」という状況下で、何処かのプロ、またはプロ級の技術を持つ方が歌や演奏を披露しているという場面に出くわします。更に、少し名前が通ったプロやかなり巧い愛好家のグループが登場することが店の広告ということで告知される場合も在ります。

「少し名前が通ったプロやかなり巧い愛好家のグループが登場することが店の広告ということで告知」ということの他、登場するグループの関係者、「友達の友達は皆が仲間」というような“人伝”でそういう歌や演奏が聴ける機会という情報は或る程度広まります。そういうことのお蔭で、ユジノサハリンスクに滞在していれば、存外に多く「生演奏!」を愉しむ機会に恵まれます。

軽い食事や各種のビール、ワイン、或いはウィスキー等も愉しむことが出来る、米国調な内装の店で<カウボーイ>という場所が在ります。平日は「軽食を摂って、気が向けば呑む」という感じの店ですが、週末を中心に「少し名前が通ったプロやかなり巧い愛好家のグループが登場」で音楽が楽しめます。金曜日、土曜日がそうした催しの日ですが、木曜日に催行される場合も在ります。

↓こういう場所です。日本からサハリンを訪ねて、ユジノサハリンスク市内で滞在する場合に利用される例も多いホテルや、<チェーホフセンター>等にも近いエリアです。
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↑ビルの脇に入口が設けられていて、ビルの地階がお店です。

10月26日はその音楽演奏の「木曜日催行」の日でした。

ユジノサハリンスクで活動しているグループに<アブソリュート・ジャズ・カルテット>というグループが在ります。

「アブソリュート・ジャズ」(=絶対にジャズ)というグループ名を名乗っていますが、彼らは“ジャズ”という括りの楽曲、そういう色彩の濃い音創りに拘っていて、各パートの即興演奏の掛け合いのような「うゎっ!“ジャズ”だ!」というような演奏までも披露してくれます。

「カルテット」(=4人編成バンド)ということで、ベース、ギター、ドラムス、キーボードというのが「何時もの編成」です。今回、ここにサックス奏者が加わったセッションが行われるという情報が伝わって来ました。

こういうことになれば…「<アブソリュート・ジャズ・カルテット>フューチャリング 〇〇」とか、<アブソリュート・ジャズ・カルテット+1>ということにでもなりそうですが、一寸違いました。リーダーのベース奏者、ヴィターリー・ブィチコフは言いました。「今日は“クインテット”さ…5人で演奏するから…」とです。

「新たな編成による初のライブ!<アブソリュート・ジャズ・クインテット>!」というような具合に、彼らはステージに登場しました。

↓登場した“カルテット”改め“クインテット”です。
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↑ベース、キーボード、サックス、ドラムス、ギターの5人編成になりました。サックスは華やかな感じの女性演奏者でした。

<アブソリュート・ジャズ・カルテット>の演奏も聴いたことが在りますが、<アブソリュート・ジャズ・クインテット>は一味違いました。華やぎの在るメロディーを奏でるソロパートに、サックスとギターの掛け合いのような演奏が入るので、選曲が従前とは変わり、聴いた印象も随分と変わりました。

現時点では“臨時編成”で、リハーサル時間も然程多くは無いようですが、そこは“即興”も在りの演奏をやっているグループの“技”というもので、素晴らしい演奏でした。

時間の経過を忘れて聴き入っていました。演奏が全て終わった後にメンバーが、木曜日なのでやや少な目であることが否定出来なかった感の聴衆に向かって「愉しく演奏した!ありがとう!」と一言発した辺りに、この日の雰囲気が集約出来るかもしれません。

今回も、特段にチャージが発生するのでもなく、店内で普通に飲物をオーダーして、それを頂きながら演奏を楽しんでいました。今回は250ルーブルの黒ビールを1本と、やってくれる店員さんとその限りでもない店員さんも居る“裏メニュー”のアイリッシュコーヒーを頂きました。

音楽を聴いて愉しむには色々な手段が在りますが、何といっても“生演奏”は素晴らしいものです。
posted by 稚内市サハリン事務所 at 07:56Comment(0)カルチャー

冬へ向かう感…:サハリン州郷土博物館(2017.10.26)

1937(昭和12)年に竣工した“帝冠様式”と呼ばれる「建物そのもの」が「重要な展示品」という感も受けるサハリン州郷土博物館ですが、季節や時間帯が変わると建物の見え方も変わり、少し興味深いと思います。

↓最近の早朝の様子です。未だ午前7時半になる前です。
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↑この角度であれば「フェンス越し」に建物が覗く感じです。が、木の葉が多い時季には「木の葉ばかりが視える」感じで建物は視えません。秋が深まり、木の葉が落ちてしまったので、奥に建物が覗くようになりました。

屋外展示の大砲、その奥に博物館の建物ですが、建物の背後の空が東寄りに相当し、朝の光で独特な色合いになっています。

↓正面入口側に廻って建物を眺めました。
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↑開館していない時間帯で、時々黒いジャンパーを着込んだ警備員さんが巡回している様子が視えることも在りますが、無人です。

建物に照明を当てるライトアップは消灯していますが、敷地内の街灯が灯っているので「早朝に至っても建物や庭をライトアップ?」という不思議な感じで、庭の造形や独特な形状の建物が「丁寧に描き込んだ画」でもあるかのように視えます。

早朝の7時半頃は“夜明け前”で、少し寒い感じです。前日に多少気温が上がったので油断していましたが、この時の気温は0℃を少し割り込んでいたようです。特段に帽子は被っていなかったのですが、寒く感じたので、急な雨に備えてバッグに入れていた帽子を慌てて取り出しました。

ロシア製の防寒ジャケット(2017.10.24)

「寒くなる」方向への季節の変化は急速な感がします。多少の「揺り戻し」は見受けられるものの、最低気温が「0℃を割り込む?」という日も珍しくない感じになっています。

こういう様子になると、ユジノサハリンスクで街行く人達の服装も「冬向け」という雰囲気が濃くなって来ます。

街行く人達を戸外で視れば、裏地が入ったダウンジャケット風な上着や、厚そうな生地の上着という方が非常に目立ちます。が、ユジノサハリンスク市内では何処でも屋内は暖房が効いていることから、「分厚い上着の下は存外に軽装」という事例が多く見受けられます。

「分厚い上着の下は存外に軽装」というのは、外で来ている上着を脱ぐことになる屋内で気付くのです。上着の下に「薄い長袖シャツ」というような感じも在るのですが、半袖のシャツや、Tシャツのようなモノ、ポロシャツのようなモノという例も存外に多く視掛けます。暖房が効いた屋内は、半袖でも差支えないような感もする他方、外は風が冷たく、気温も下がっているので確りした上着を着用するという訳なのです。外がもっともっと寒くなれば、流石に上着の下にももう少し何かを着るようになって行くような気もしますが。

実は、筆者は戸外用の上着に関して「裏地が無い上着」しか持っていませんでした。4月にユジノサハリンスクへ来て以来、戸外用には寧ろ「風雨を避ける」という感じで上着を着ていましたが、流石に「0℃を割り込む?」ような最低気温になると「防寒」という見地の上着が欲しくなります。

↓時々Tシャツ等の衣類を求めている店で、こういう上着を見付けて3000ルーブルで求めました。
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↑本来は襟にボアが付いていて、雨や雪の時に被るフードも付くのですが現在は外してあります。裏地も入って、確りと温かく、軽いモノです。

この防寒ジャケットは、ロシア国内で製造されているモノとのことで、警察等の機関でも採用されているタイプということです。実際、シンプルな黒いモノの他にも、幾つかの機関で採用している迷彩柄のモノも在ります。

実を言えば、何年か前の1月末にユジノサハリンスクを訪れた際、この種の警察等の機関でも採用されているタイプの防寒ジャケットを入手し、稚内でも毎冬愛用していた経過が在ります。それ故に今般のユジノサハリンスク滞在に際しては「必要な時季になれば、アレを入手してみるか」と、何となく思っていました。

最低気温が「0℃を割り込む?」ようになったと、こういう上着を入手してみると、「揺り戻し」というもので、ユジノサハリンスクの最低気温はプラス4℃程度に俄かに上昇しました。そういう訳で、現地の人達の例に倣い、薄めなシャツの上にこういう上着を引掛けて戸外に出るようにしてみています。意外に悪くない感じです。
posted by 稚内市サハリン事務所 at 14:01Comment(0)モノ

「午前7時半」が「暗い」…(2017.10.23)

今年4月以来のユジノサハリンスク滞在を振り返ると、「午前6時台に何となく眼が開く」という朝が多いような気がしています。

暫らくは眼が開いてみると「既に明るかった」とか「既に少し明るくなっていた」という感じでした。それが「明るくなり始める」というようになり、「未だ暗い」というようになって、最近では「マダマダ“夜の残滓”」という按配です。

これから一年の中で最も日が短い時季に向かって行く訳ですが、「明るくなる時間帯」がドンドン遅くなって行く感じです。

↓これは午前7時半頃の、近所の<旭川広場>です。“夜”のような風情です。
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見事に黄葉していた様子や、かなり葉が落ちてしまって、落葉が半ば凍るようになっていた様子等を見ていた木ですが、既に葉が落ちて“冬”な状態になってしまいました。

この辺りの街灯等ですが、7時半頃には未だ点いていて、7時40分頃に消灯になるのが最近の状態です。

多少気になって、このブログの右端に入れた気象情報のリンクで調べると、10月24日の状況で「日出 7:59 日没 18:26」となっていました。

アニワ地区トロイツコエ:<アレクサンドル・ネフスキー寺院>(2017.10.22)

嘗ての豊原であるユジノサハリンスクや、嘗ての大泊であるコルサコフ、或いは嘗ての眞岡であるホルムスクのようなサハリンの都市は、日本の人達の間でも一定程度は知名度が高いように見受けられます。が、現在の名称を挙げても、「それは何処?」というサハリンの街も多く在ります。

実際に最近、他所の方に「それは何処?」とお尋ね頂いた場所にアニワが在ります。

アニワ地区というのは、アニワ市を中心としているのですが「ユジノサハリンスクの南西の隣り」という位置を占めています。

アニワ市の場所は、帝政ロシアの統治下であった1886年にリュトガという村が起こった場所に相当します。日本統治下で留多加(るうたか)と呼ばれるようになります。そして1946年にソ連化された際にアニワと改名されています。

このアニワ市を中心とするアニワ地区に、ユジノサハリンスク市の直ぐ西隣りに相当するトロイツコエが在ります。樺太時代には豊原市の管轄で並川と呼ばれていたようです。

↓このトロイツコエに入ると、こういう建物が在って非常に目立ちます。
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↑古くからの様式を採り入れた木造という風な建物で、白く塗装が施されています。

↓ロシア正教の寺院で、<アレクサンドル・ネフスキー寺院>と名付けられています。
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↑2009年に計画が持ち上がって2010年に完成した建物であるということでした。

↓中は幾つかの窓から光が射し込んで、厳かな雰囲気が醸し出されています。
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↓未だ10年に満たない建物ということも在るでしょうが、堂内のピカピカな床にイコン等が映り込み、神秘的に感じられる空間が創られていました。
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↓建物の脇の方ですが、短い柱廊風に設えられていました。
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この<アレクサンドル・ネフスキー寺院>は、「トロイツコエ “マステルスキエ”」(Троицкое "Мастерские")というバス停の傍に在ります。ユジノサハリンスク市内側から向かうなら、この寺院の目立つ建物が進行方向右手に視えて、それを少し過ぎた辺りにバス停が在ります。

ユジノサハリンスク市内とこの<アレクサンドル・ネフスキー寺院>辺りを往来するとすれば、ユジノサハリンスクの市内線の路線バスで運行系統#256を利用するか、市外路線ということになるアニワ・ユジノサハリンスク間の運行系統#111を利用することになるでしょう。

実はユジノサハリンスク市内のバス停で、トロイツコエへ向かう#256がやって来たのを視掛けて、不意に「あそこに立派な教会が在った筈…」とバスに飛び乗ってこの場所に至ってしまいました。運賃は「市内均一」が適用されて20ルーブルでした。

復路に関しては、「そのうちバスが…」とバス停で待っていて、「多少、寒い…」と思いながら、現れた#111のアニワ・ユジノサハリンスク線のバスに飛び乗りました。こちらは市外路線の扱いで、運賃は50ルーブルでした。

↓それにしても、辺りにそれ程目立つモノが無い中、複雑に屋根が組み合わさった、なかなかに大きな教会が威容を見せている様子は、少し見応えが在ります。
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思い付いて路線バスで訪ねることも出来ますが、車でユジノサハリンスク辺りを巡ろうという場合に、行程にここを加えてみるのも一興かもしれません。
posted by 稚内市サハリン事務所 at 07:00Comment(0)訪ねる