ユジノサハリンスク最大のヨールカ?!=テレビ電波塔(2017.12.30)

↓朝の未だ暗い時間帯(と言って、午前8時前ですが)のパベーダ通です。
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↑画の右側、高く聳え立つ輝くモノが目立ちます。これはテレビ電波塔です。

ユジノサハリンスクでは、放送の電波関係に利用する塔のようなモノが幾つか利用されているようですが、このパベーダ通から視える電波塔は非常に目立ちます。高さは182mにもなるそうです。

こういう背が高い構造物については、航空関係の規則で暗い時間帯に先端部にランプを点けることになっているので、その種のランプはずうっと前から点いていますが、こうやってライトアップというのは極最近になって始まったようです。

↓ライトの色が随時、ゆっくりと切り替わります。
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↓こうやって視ると、街を睥睨する巨大なヨールカのようです。実際、幾つか見受けられる巨大なヨールカは20m前後と見受けられますから、180m程度の塔はそれらを遥かに超える大きさということになります。
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暗い時間帯にはヨールカが輝く中、ユジノサハリンスクでは静かに12月最後の日に入っています。

歩道の「氷割」(2017.12.29)

「マイナス(氷点下)4℃」というような日中の気温は、早朝の「マイナス(氷点下)10℃」という程度より高い気温であることは間違いありませんが、「温かい」とは言い難い気温です。それでも、穏やかで陽射しも射し込むような天候が続くと積雪は少々融けます。そして、その融けた箇所が多少の気温の低下で凍り、凍る箇所は何時の間にか拡がっていたり、厚く硬くなっていたりします。

少しばかり雪が降り、それが積もって不便になってしまうと除雪作業が行われますが、除雪作業の御蔭で車輛も歩行者も往来し易くなっても、ことに歩行する分には凍結箇所が厄介です。

↓画は、サハリン州政府の旧庁舎―便宜的に「旧庁舎」と勝手に呼んでいますが、場所を特定しようとするような場合に「あの古い方の建物」というような表現をする方も見受けられる建物です。―の辺りの早朝です。
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↑ライトアップされた建物と玄関前のヨールカの感じが好いと足を停めたのでしたが、画の中央下、やや左寄りにオレンジのベストを着用した人が視えます。

このオレンジのベストの方は、サハリン州政府の旧庁舎の玄関へ通じる辺りで、氷を割るような感じで除雪作業を行っていました。

現在の時季のユジノサハリンスクの街では、この「オレンジのベスト」の皆さんを存外に高い頻度で視掛けます。上の画の右側を視れば判り易いように、広い歩道を車輛等を駆使して確り除雪している訳ですが、そういう他方で道路や施設を管理している機関等から委託を受けていると見受けられる大勢の人達が、滑り易い危険個所を少しでも減らそうと努力をしています。

冬季には専ら除雪系統の作業で「オレンジのベスト」の皆さんを視掛けますが、他のシーズンには清掃作業をしている人達が「オレンジのベスト」で登場します。「オレンジのベスト」そのものは、道路での何かの工事に従事している人達も着用していますから、「道路で作業をする場合は、作業内容等を問わずに原則的に着用」というルールでも在るのかもしれません。

大切なのは、「道路の安全」にこういう多くの労力も割かれているという様子です。「安全」に目を向けるということは、「誰もが暮らし易い」に通じる訳です。

街を歩き、この「オレンジのベスト」の皆さんを視ると、「何時もありがとうございます。凍った場所は慎重に歩きますよ…」というようなことが意識の中に湧き上がります。

<2018МАРТА>という看板(2017.12.26)

「2017年」も本当に残り少なくなって来ました。

ユジノサハリンスクでは、「新年を迎える飾り」である「ロシア流なクリスマスツリーの“ヨールカ”」が華々しく輝いていますが、恐らく日本国内では大きなクリスマスツリー―11月下旬から12月初めに一時帰国した際、移動の途中に通った札幌で非常に大きなクリスマスツリーを久し振りに視ました。―が既に片付けられ、同じ場所に“迎春”とか“賀正”というような文字の入った「お正月の飾り」が出ていることでしょう。或いは門松を準備してある場所も在るかもしれません。稚内でも、市役所から近い辺りで毎年のように門松を一生懸命に準備している場所が在ったのが思い出されます。

例年、1月に何かで日付を書こうとすれば、「前の年の“年”を書いてしまう」というのを筆者はよくやってしまいます。週明けからは「2017年」ではなく「2018年」なのだと、頭の隅に置いておくようにしているつもりですが、今の時点から「うっかり間違えそう…」な気がしてしまっています。(書き間違えたとして、何か深刻な事態になるのでもないかもしれませんが。)

↓そんなどうでもいいようなことを想う年末、ユジノサハリンスクでは不思議な看板を視掛けるようになりました。
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↑ユジノサハリンスクでは御馴染な、通の脇に在る看板に<2018МАРТА>(2018年3月)というロゴマークが現れました。同じマークが、街を行き交う路線バスに広告として貼り付けられているというのも頻繁に視るようになりました。

<2018МАРТА>のロゴですが、「18」の色を変えています。これは本来「18МАРТА2018」と書くべきものです。ロシア語での日付の書き方として、一般的な書き方は「日/月/年」で、「18МАРТА2018」は「2018年3月18日」ということです。

この「2018年3月18日」は「ロシア連邦大統領選挙」の日であるとのことです。<2018МАРТА>のロゴの下にもその旨が記され、ロシア国旗の色のリボンのようなデザインが在ります。そして看板の左下に<ЦИК России>と在りますが、これはロシアの「中央選管」のことです。

↓ロシア語のウェブサイトが在って、写真の看板と同様の「大統領選挙のマーク」も載っていました。
>>Центральная избирательная комиссия Российской Федерации

大統領制の国での大統領選挙というのは「国で最大の選挙」であることは間違い在りません。「外国のニュース」ということになりますが、日本国内でさえも話題が伝わる場合も在ります。ロシアに関して、余りそういうような話題―有力候補の活動、情勢分析、有力候補の過去の言行のこと等々―は聞こえません。

ロシアの大統領選挙を巡っては、「“結果”は想定済み」という雰囲気で、「選挙と言えば、毎回出ている御馴染な人達の名前と顔を久し振りに視るという話し…」と“盛り上がり”というようなものは感じられません。

他方、「大統領の新たな任期のスタート」という状況で、連邦政府や各地の地方の行政府で「人事が色々と…」という観方、漠然とした期待や不安のようなモノは「何処となく漂っている?」ような感は少しだけします。

いずれにしても「2018」と大きく書かれた看板が目立つようになっても、違和感が少ない程度に、2017年の日々も残り少なくなりました。そして考えてみると、曜日の関係で「2017年に稚内市サハリン事務所のオフィスを開ける日」としては、12月29日が最後となっていました。序でに、4月下旬からリニューアルということにした稚内市サハリン事務所のブログですが、この記事が「400本目」です。
posted by 稚内市サハリン事務所 at 07:40Comment(0)話題

スキー場<ゴールヌィー・ヴォーズドゥフ>(山の空気)の灯り(2017.12.27)

ユジノサハリンスクの街の東側、丘陵の上が整備されていて、<ゴールヌィー・ヴォーズドゥフ>(山の空気)という大きなスキー場になっています。

このスキー場のゴンドラは、オフシーズンも動いていて、丘陵の上は「大展望台」という趣きで、その様子は何度かこのブログでも御紹介しました。

>>オフシーズンは大展望台:ユジノサハリンスクの<ゴールヌィー・ヴォーズドゥフ>(2017.05.14)

>>ユジノサハリンスクの<ゴールヌィー・ヴォーズドゥフ>(2017.07.08)

>>夕陽の光を受ける街:ユジノサハリンスクの<ゴールヌィー・ヴォーズドゥフ>(2017.10.07)

このスキー場に関して、「12月23日オープン」という話しが流れていました。今季は11月から存外に雪が降り、「降っては融けて」が何度か繰り返された中、12月には「少し驚く程度」な降雪も在りました。「スキー場の経営に携わる皆さんは安堵?」等と思っていましたが、予定どおり12月23日にオープン出来たようです。

そういうことになると、「冬のスキー場の様子」が少し気にはなりますが、特段にスキーをする意図も無く訪ねるのも憚られます。しかし、スキー場は暗くなると灯りを点けて、暗い時間帯にも滑走出来るようになっています。そう思うと「スキー場がどういうように視えるのか?」が気になり始めます。

スキー場の入口に近く、スキー場がよく視えるとなるとパベーダ広場です。稚内市サハリン事務所に近い、コムニスチ―チェスキー通のバス停から路線バスに乗ると、渋滞に嵌らなければ10分から15分程度で着く場所です。雪や氷が無い時季なら、歩いて30分位だと思います。

↓パベーダ広場のバス停辺りからスキー場を見上げました。
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↑何度もこの位置でスキー場を見上げたことは在りますが、スキーのコースが明るい照明で浮かび上がっているので、一味違って視えます。

夕刻の交通量が増えている街の道路から「こんなに近い!!」場所にゴンドラを備えたスキー場が在るという状況に、改めて驚きながら様子を視ました。

↓横断歩道を渡って、広場の<戦史博物館>の辺りに近付いてスキー場を見上げました。
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<戦史博物館>で「サーチライト」のようなライトアップをやっていて、スキー場の照明と組み合わさって凄くドラマチックな感じに視えました。

↓少しだけ南側の<大祖国戦争勝利70年並びにキリスト生誕記念主教座大聖堂>の傍へ行ってみました。
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↑ロシア正教の独特な様式である巨大な建物の背景に、照明に浮かび上がるスキーコースです。独特な情緒が在ります。

↓大聖堂前で通を渡り、街の東西に延びるパベーダ通を西側へ歩道を進んで、一寸振り返って眺めてみました。
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↑パベーダ通の凝ったデザインの街灯が連なって、広場にヨールカ<戦史博物館>が在って、その背後にスキーコースです。

近年、ユジノサハリンスクでは「スキー場<ゴールヌィー・ヴォーズドゥフ>(山の空気)を核とした地域の観光振興」というテーマを掲げています。「非常に街に近い場所に立派なスキーコース」というのは、他所にはなかなか無い特長であることは間違いなく、期待も高いようです。

それにしても、スキーコースが照明に浮かび上がっている様子は、「暗い夜空に輝く路」というような趣で、非常に美しく視えました。
posted by 稚内市サハリン事務所 at 06:57Comment(0)訪ねる

除雪が行き届いた広々とした歩道:コムニスチ―チェスキー通(2017.12.27)

稚内市サハリン事務所にも近いコムニスチ―チェスキー通は、街を東西に横切る通で、官公署やオフィス、劇場や博物館が在る場所でもあります。

このコムニスチ―チェスキー通の殆どの部分は、広々とした歩道が設えられています。適当に街路樹も在り、ベンチまで据えられた箇所も見受けられます。そんな訳で、「一般道路の広い歩道」でありながら、歩いていると「都市緑地、或いは公園の中に居る」ように錯覚する場合さえ在ります。

↓そのコムニスチ―チェスキー通の広々とした歩道の「現在の様子」です。
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↑とりあえず冬至は過ぎていますが、午前8時台に暗い状態は未だ変わりません。街路樹などに施されたイルミネーションも、街灯も未だ点いています。前々日から前日の降雪もスッカリ落ち着いた中、確りと車輛が入って除雪を行ったように見受けられる状態で、朝から出掛ける人達が行き交い始めています。

このまま真っ直ぐ進んで、右側に入った辺りに稚内市サハリン事務所が在るので、かなり頻繁に歩く場所ですが、何となく立ち止まって様子を視てしまいました。これは「歩道部分」です。精確に測った訳でもありませんが、何となく稚内市役所の庁舎の直ぐ北側に在る<山下通>とか、そこから少し東に寄った辺りの<仲通>、或いは<山下通>から延びて<仲通>と交差して10階建てのホテルの前を抜けて海辺の12階建てのホテル辺りに通じる道路というような、「自動車が擦違って通行している道路の幅」と然程変わらないように思えたのです。「非常に大胆に広い歩道を設えた…」と、感心しながら眺めてしまったのでした。

コムニスチ―チェスキー通の基礎となっているのは、豊原時代の通で、“豊原駅”(現在のユジノサハリンスク駅)辺りで“大通”(現在のレーニン通)と交差する道で、街の東側の神社の方へ延びた繁華な通であったようです。そして1946年以降にソ連化された頃は「スターリン通」と呼ばれた時期が在って、改名されています。「スターリン通」と呼ばれた時期の古写真を何となく視る分には、現在のような「大胆なまでに広々とした歩道」という設えでもないように視えました。そういう訳で、何時、どうやって現状になったのかは判り悪いのですが、驚くべき状況のように思います。

「同じような幅?」と思い浮かべた稚内市内の道路は、歩いていると車輛がやって来て、積雪時季には「按配が悪い…」場合も在る端に追いやられるような場面も交えながら歩きます。他方、この広々としたコムニスチ―チェスキー通の歩道は、他の通と交差している横断歩道で車輛に注意するという以外は、歩き易いと思う部分を遠慮なく歩くだけなので、かなり心地は好いものです。

広い歩道は安心して歩くことが出来て非常に好いのですが、足元が凍っている場合も在るので、慎重に歩かなければならないということは何ら変わりは在りません。

除雪の車輛(2017.12.26)

事務所の室内に居ると、何やら賑やかな音が外から聞こえていました。

↓窓辺に寄れば、こんな様子でした。
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↑車輛が動いて、窓から見える裏の小路で除雪作業が進められていました。

ユジノサハリンスク市内では、雪が降り積もった後には色々な除雪作業の車輛が出動しています。加えて、作業員が出て交差点等で歩道の通行を確保すべく作業に勤しんでいる様子も見受けられます。

北海道内の街と然程変わらず、または「それ以上?」とも思える程度に、頻繁にこういう作業は行われています。

除雪作業に登場する車輛ですが、日本の車輛と見受けられるモノも視ますが、韓国製と見受けられる車輛や、ロシア製と見受けられる車輛等、色々なモノが在るので何となく注目してしまいます。

勿論、車輛が面白いと言っても、迂闊に近くでぼんやり視ていたり、写真を撮るのは危険ですから絶対にしません。事務所の中に随分と音が聞こえて「何事!?」と窓を視ると、目の前で車輛が動いていたので、安全な窓越しに写真を撮ってみたまでです。

それにしても、この12月は「“12月”というのは、こんなに雪が多かっただろうか?」と訝しんでしまう感じです。

吹雪とヨールカ(2017.12.25)

ユジノサハリンスク市内は、地形の関係で「風が強い…」というように感じる場合は少な目ですが、昨日は少し違って「やや風が…」というように感じられました。そして降雪でした。

降雪時に風が吹けば、ことに気温が氷点下5℃程度、或いはそれ以下になって「雪の粒子が細かい」感じになると「視界が悪い吹雪」になります。昨日はそういう「視界が悪い吹雪」が断続するような天候でした。

稚内市サハリン事務所の屋内に居て、窓の外が「視界が悪い吹雪」になっているのを視ると、短い距離の移動ながらも住まいへ引揚げる際に「道を見失って迷子に?」と妙に不安を覚えてしまいます。

こういうようなことの「感じ方」には個人差が大きいと思うのですが、「視界が悪い吹雪」に関して、筆者は「日中の方が動き難い?」と思っています。日中の吹雪は「“真っ白”で訳が判らん…」となる確率が高いような気がしています。そして厄介なのは、降雪に加えて、粒子が細かい積雪が風に待って、より一層視界が悪くなる場合も在ります。

そんな日中に対し、少し日が傾いた時間帯の方が、街灯や電飾看板、行き交う車輛のライト等々の光が色々と在るので、それを頼りに方向を掴んだり、街灯の光で足下の凹凸を把握し易くなると思っています。

そういうことを頭の隅で思いながら一日を過ごし、夕刻に事務所から住まいへ引揚げることにしました。

事務所の近辺であれば、ユジノサハリンスク市行政府本庁舎が在るような辺りに相当する「レーニン通の都心部分」というのが、多分「街で最も明るく広い通」の一つであるように思います。車道も広い他方で、歩く歩道も広く、除雪も比較的早く入ります。「少々の吹雪」という夕刻、この「街で最も明るく広い通」の一つと思っている経路をゆっくりと進みました。

↓出くわしたのはこういう様子です。
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↑日没辺りの暗い空が若干の吹雪模様というのを写真に収めると、空の感じが独特な色合いになります。

思わず足を停めて、持っていたカメラを使いましたが、「視界が悪い吹雪」が交じっているにも拘らず、ヨールカは煌々と輝き、歩き悪そうに通り過ぎる歩行者や、慎重な運転で行き交っている車輛を見守っています。

こういう様子を視て、「ヨールカが煌々と灯っている限り、街は“正常”なので、雪に負けずに慎重に動けば、何処へでも無事に行けるであろう」というような考えが頭を過りました。

このヨールカが視える辺りから更に進み、「視界が好くない…」とは思いながらも、無事に引揚げました。

吹雪模様は深夜には小康状態になっていたようで、朝になっても少し前に在ったように「驚き呆れる程に積もる」という状態は免れています。そして、気温が氷点下10℃程度へと「一段」下がった感じになっています。

「ドライビング・スポーツ」とは??(2017.12.24)

日曜日の日中に、「ездовой спорт」(イェズドヴォイ・スポルト)なるものの大会が在ると知りました。

直ぐに「あれ!」と思い浮かぶスポーツでもなく、上記の表現は直訳すれば「ドライビング・スポーツ」というようなことで、益々何のことなのか判りません。

会場となっているのは、コムニスチ―チェスキー通が東側に行き当たった辺りから、山林が在るような場所の住所で、「距離スキー(クロスカントリー)をやる場所」でした。

こういう時は、時間が許すのであれば、「視に行く」のが最も確実に事情が判る方法ということになります。

現場に着いてみると、何やら屈強そうな犬を連れた人達が集まっていました。「犬橇大会に違いない!」と様子を少し観てみることにしました。

得ていた情報の時刻になってもなかなか始まらず、後から「会場の諸事情で1時間遅れる」と直前に発表されていたことを知ったのですが、最近の低温を想えば然程の寒さでもなかったのでとりあえず待ちました。

↓やがて、こういうことが始まりました。少し驚きました。
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↑距離スキーの支度をした人が、1頭の犬に牽引される、または犬に牽引させてコースを疾走するのです。

「行くぞ!」というような掛け声で勢いよく犬とスキーの人のペアが疾駆する組も在ったのですが、犬がなかなか動かなかないのでスタートをやり直している組や、係の人が犬を先導して動きが軌道に乗るという組も見受けられました。

「愛犬と共にスキーでコースを疾走」というのが楽しそうにも見える反面、「意外にキツい?」ようにも見える、何か不思議な雰囲気でした。

↓スキーの組の後、今度は2頭の犬達が橇を曳く「犬橇」の部が始まりました。
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↑猛然と駆ける犬達も在れば、少しゆっくりした感じの犬達も在りました。

快調にコースを行く組も在れば、何やら犬達がコースを外れた場所に突っ込んで、苦戦していた組も見受けられました。

↓競技団体が在って、或る程度盛んにこうした競技が行われている様子が伺えます。(ロシア語のウェブサイト)
>>РОО "ФЕС Сахалин"=Региональная общественноя организация "Федерация ездового спорта Сахалинской области"

競技団体が公表した情報では、「スキー+犬1頭」の部と「犬2頭曳の橇」の部で併せて22組が参加したようです。何れの部も3㎞のコースを疾走しました。

優勝タイムを視ると、「スキー+犬1頭」の部は「10分19秒29」(平均速度 時速17.51km)、「犬2頭曳の橇」の部は「9分38秒37」(平均速度 時速18.75km)でした。

登場していた犬の種類ですが、シベリアンハスキーが主体で、雑種ということになる犬も交じっていたようでした。

最近の酷い低温傾向を想うと、然程でもない気温ではありましたが、少し長く戸外に居たので、催しが段落すると急に「酷く冷えて来た」と思えたので、素早く引揚げました。殊に「スキー+犬1頭」の部は、「全く初めて視た」という競技でした。
posted by 稚内市サハリン事務所 at 08:18Comment(0)スポーツ

ユジノサハリンスク市第1番児童生徒音楽学校 <クリスマスコンサート>(2017.12.23)

稚内市サハリン事務所の近所でも、リュックサックを背負って学校に通う子ども達の姿を視掛けます。

最近では、そういう子ども達は除雪して隅に雪を寄せて在って、雪が堆く丘のようになっている場所によじ登って、何やら遊んでいたりします。そんな様子を視掛けては、「北海道内の子ども達と、やる事は然程変わらない…」と思っていたりします。かく言う筆者も、既に半ば忘れてしまっているような子ども時代に、似たようなことをしていた記憶もあります。

そんな子ども達が学ぶ学校では「国語、算数、理科、社会…」のような一般的な学科を扱う他方、「芸術科目」、「体育科目」等は殆ど扱わないそうです。その種のモノは、学校の他に“音楽学校”、“芸術学校”、“体育学校”というような機関に入って学ぶ、或いは“スポーツクラブ”に参加して活動するということになるようです。音楽やスポーツなどは、クラブ活動や「○○教室に通う」というようなことで学ぶ訳です。

近年の稚内では、そういう子ども達が学ぶネベリスクの“芸術学校”から音楽等のグループを招いて演奏会を催した経過が在りますが、ユジノサハリンスクにも子ども達が学ぶ“音楽学校”等が在ります。

その“音楽学校”の一つに「ユジノサハリンスク市第1番児童生徒音楽学校」が在ります。

「ユジノサハリンスク市第1番児童生徒音楽学校」はユジノサハリンスク市街のやや北側、ルガヴォエに所在しています。1989年開設で概ね30年間の歴史を有していますが、現在まで成功裏に運営されています。現在は175名程度の児童生徒、50名程度の就学前児童が、学校の教員達の指導下で楽器演奏、歌唱、舞踊等の活動を行っているということです。卒業生の中には、音楽界で活躍している者も見受けられるそうです。在校生は各種のフェスティバルに出演、或いは方々のコンクールに参加して好成績を挙げている事例も在るといいます。

「ユジノサハリンスク市第1番児童生徒音楽学校」で、<クリスマスコンサート>を催すということで御招きを頂きました。土曜日の午後のことで、訪ね易い時間帯であったので、路線バスに乗ってルガヴォエの学校を訪ねてみました。

稚内市サハリン事務所が在るような辺りからルガヴォエに向かうには、レーニン通を北上するバスに乗り、「レーニン通 1」という住所が表示されている通の北端部を通り越し、周囲に畑が拡がる辺りを抜け、その先に在る集合住宅が多く視える辺りへ進むことになります。路線バスは「市内線」のエリアで、稚内市サハリン事務所も近いような場所から20分間程度の乗車時間となりますが、料金は片道20ルーブルです。

ルガヴォエはユジノサハリンスク市の管轄区域に入っています。辺りの住所は「ユジノサハリンスク市ルガヴォエ ○○通X」というようになっています。樺太時代には豊原市ではなく、隣の豊北村の管轄で「草野」と呼ばれていた辺りがルガヴォエに相当するそうです。

「ユジノサハリンスク市第1番児童生徒音楽学校」での<クリスマスコンサート>は、児童生徒の皆さんの御家族を中心に大勢の皆さんが集まり、大き目な教室を利用したコンサートホールは熱気に満ちていました。

↓色々な楽器の児童生徒に講師も加わった大編成での合奏でコンサートが幕を開けました。
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↓ヴァイオリンの演奏が在りました。
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↓クラシックギターの演奏が在りました。
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↓“師弟コンビ”でのバヤンの演奏が在りました。
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↓幅広い年代の児童生徒による合唱が在りました。
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↓講師によるバラライカのデュオ演奏は、意外に聴き応えが在りました。
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こういうように続々と色々なモノが登場し、この「ユジノサハリンスク市第1番児童生徒音楽学校」での「なかなかに幅広い活動」を伺わせました。

↓締め括りには、上級生のグループがしっとりとした歌を聴かせてくれました。
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少し前に<サハリンアートカレッジ>での催しを観ましたが、あそこに入学するような若者の多くは、この「ユジノサハリンスク市第1番児童生徒音楽学校」のような場所で音楽を始めていると見受けられる訳で、今般の<クリスマスコンサート>を介して「文化活動の広い裾野」を拝見したような気がします。

歳末の週末の一時を、お陰様で楽しく過ごすことが叶いました。
posted by 稚内市サハリン事務所 at 07:00Comment(0)カルチャー

街路樹に広告?!(2017.12.22)

ユジノサハリンスクの都心部に居れば、「コーヒーでも飲みたい…」と何となく思った場面で、美味いコーヒーを売っている場所には朝から晩まで事欠きません。

↓平日の朝は、8時頃から美味いコーヒーを売る場所が開いているので、稚内市サハリン事務所の極近所のそういう場所に時々寄ります。
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↑何気なく立寄って、画の右側の街路樹に目を留め、足を停めて見入ってしまいました。

街路樹に、蒼系の小さな看板が取り付けられています。

色々と飾りが登場している年末なので、そういうモノとも思って視ましたが、少し違いました。「広告看板」だったのです。内容は「荷物を運ぶ用や雪を捨てる作業を請け負う」ということで、連絡先の電話番号が書かれています。

こういう「街路樹に広告」というのに驚きました。何処にでも在るというのでもありません。この場所は足を停める人もそれなりに居る、バス停の傍で人気が在るカフェの手前なので、「一定程度は人の眼に留まる」という計算で掲出しているのでしょう。

「様々なサービスを行う」という営業が色々と在る中、「少しでも営業していることを伝えるための広告」という工夫、工夫を競い合うような雰囲気がユジノサハリンスクには在るのかもしれません。

そんなことの他方、「街路樹に広告?こういうのが認められる?好いのか?好くないのか?」というようなことも、何となく考えてしまいました。

勿論、この看板に驚いた後、奥のカフェで美味しいカプチーノの「お持ち帰り」は確りと求めました。