冷えた空に輝く月(2018.01.31)

夜に眠って、朝に目を覚ましても「未だ夜のように暗い」という状態に馴染みきってしまっています。

「未だ夜のように暗い」という朝、寝ていても差支えが無いような時間帯なのか、起き出した方が好い時間帯なのか時計を確認し、その後は気象情報で気温を視ます。普通のアンダーシャツで差支えないのか、温かめなモノにした方が好いのかを確かめるのです。それをするのを失念してしまった日、普通のアンダーシャツで戸外に出て、酷く寒かったので後悔したことが在りました。以降、気を付けています。

1月最後の日の朝、気温は氷点下21℃程度ということでした。これは「温かいアンダーシャツ」が必須な状況です。

そういうことを思いながら、少しだけぼんやりしたのですが、窓辺が「不自然に明るい?」という気がしました。暗い時間帯に戸外を窓から視るには、室内の灯りを消して視た方が視易いので、とりあえず消灯して窓辺を視ました。

↓こういう様子が視えました。
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↑月がかなり明るく、空も「夜空なりの明るい状態」になって、雲の形や質感が何となく判るように視えます。

「力強く輝く…」と暫し“月見”をしてしまいました。1月31日が満月ということですが、1月31日の早朝に視えている月は「満月の前夜」ということに多分なるのでしょう。

1月31日は「1ヶ月の中に、満月が2回訪れること。その2回目の満月」という、やや珍しい<ブルームーン>という現象が起こり、月の色が赤味を帯びるという<月食>が在ると聞きました。夜にも、空を見上げてみると好いかもしれない等と思いました。

更に、地元を離れた場所で月や、然程多くもないものの覚えている星座が夜空に輝いている様子を何となく見ると、何時も「空に“境界”は無い…」というようなことを考えたくなります。

夕刻のレーニン広場(2018.01.30)

「明るい時間帯」と「暗い時間帯」というものは、日々変わっている筈ですが、変化に気付くまでには少し時間が掛かり、その変化後の状態に馴染むまでにも多少の時間を要します。

ユジノサハリンスクで「午後6時台が未だ明るい」という状態になって少し経ちました。午後6時台に戸外に出れば“夜景”という状況に馴染んでいたので、「多少の違和感」が否めない状態が少し続きましたが、このところはそれに馴染んで来ました。

ユジノサハリンスクの都心部は、降雪の後にはドンドン除雪作業や排雪作業が行われ、酷く多い感じに見えた雪もグングンと嵩を減らします。歩道は「歩き易い」とも言える他方、「しつこく歩道の路面に貼り付いた雪が、硬く凍っている」状態や、「むき出しになった歩道の路面の一部が凍っている」状態も在るので注意が必要です。この「注意する」ということに関しては、北海道内の街もユジノサハリンスクも差は無いと思います。

↓午後6時を少し過ぎた辺りの様子です。ユジノサハリンスク市行政府本庁舎前辺りの歩道で足を停めました。
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↑面白い形の雲が、沈みかけの夕陽の光を跳ね返し、不思議な色合いを見せています。何か「遠い異世界から飛来した謎の飛行物体」のようでもあります。

こういう程度に「午後6時台が未だ明るい」という状態になっているユジノサハリンスクです。

足下が悪い場合が在るので、何時も慎重に足下を視ながら辺りを歩きます。そういうことをしていると、変に気が張ってしまうので、何となく立止ってみたくもなるのですが、立止る時には、進もうとする方向の「凍り具合」を見詰めていたりします。

そんな事情も在るのですが、時には一寸だけ立止って、空の雲を見上げてみるような「気持ちのゆとり」、または“間合い”というようなものを持ってみたいと考えることが多く在ります。

ヨールカの撤去完了:サハリン州政府本庁舎前(2018.01.30)

↓漸く、1月28日(日)頃に最後まで残っていた巨大なヨールカの骨組みの一部も撤去されたようです。
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↑一部にイルミネーションのモノが残っています。長く、朝の暗い時間帯に灯りが点いていましたが、既に点きません。

ヨールカの時季が終わり、次第に明るい時間帯は長くなっていますが、それでも「1月第3旬頃」はサハリンでは「最も寒い?」と見做されているようです。

実は今朝も「氷点下20℃」という次元の気温でした。既に「今季何回目?」という感です。日本国内でも「“冬将軍”の大攻勢」という様子と聞きますが、ユジノサハリンスクでも“冬将軍”は元気です。

ところで“冬将軍”という表現ですが、これの由来は「ロシアの歴史」に在ると言われています。1812年にモスクワへ遠征した常勝のナポレオンが、冬の寒さや雪に行く手を阻まれて敗北を喫した故事に因み、「冬の厳しい寒さ」や「寒くて厳しい冬」を“冬将軍”と呼ぶようになったと言われているそうです。

もう少しばかり、“冬将軍”の勢いは留まらないのかもしれません。

ポポーヴィチ通の古くからのアパート(2018.01.28)

ユジノサハリンスクでは、週の半ばに少し多めに雪が降りましたが、週の後半は纏まった量の降雪を免れ、穏やかな週末を迎えました。

↓日曜日の午前9時台です。ポポーヴィチ通がレーニン通と交差する辺りに建つ、古くからのアパートです。
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↑宇宙飛行士に因む名の通なので、アパートが建った頃に施されたと見受けられるロケットのモザイクが壁面に残っています。そして近所の店が出していると見受けられる広告も掲出されています。

通のアパートと反対側の車線に街路樹が見受けられ、枝の間に重そうに雪が積もっています。何か「画になる感じ」と暫し足を停めて眺めました。

土曜日も日曜日も、朝早くから夜遅くまで、方々で除雪作業が、更に一部では排雪作業も盛んに行われていました。積雪が多い箇所が「切り拓かれ」たようになった他、堆くなっていた雪がダンプカーに積まれて運び出されていました。

<大祖国戦争勝利70年並びにキリスト生誕記念主教座大聖堂>(2018.01.27)

↓穏やかな天候となった土曜日の朝、朝陽に染まる東の空を背景に大聖堂が佇んでいます。午前9時頃の様子です。
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↑辺りは深めな雪が覆っている他方、スキー場の利用者などが通る箇所は除雪が施されています。

この直ぐ傍に据えられていた、かなり大きなヨールカは既に撤去されていました。
posted by 稚内市サハリン事務所 at 07:00Comment(0)訪ねる

パベーダ通から視えるテレビ電波塔(2018.01.28)

最近のユジノサハリンスクでは、夕刻の暗くなる時間帯は午後6時半近くになっています。朝の明るくなる時間帯は、相変わらず遅めに思えたのですが、最近になって午後8時半過ぎという感じになって来ました。

↓パベーダ通の街灯は、東寄りの空が少し明るい感じになっても未だ点っていました。
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↑右寄りの少し奥に視えるテレビ電波塔も、未だライトアップが点いたままです。

この様子を「独特な風情…」と思いながら眺め、少し歩きました。この時の気温が氷点下9℃程度であったようですが、最近は氷点下20℃近い日が多かったことから「マイルドな寒さ…」と考えていて、そういうことに思い至ると苦笑いしてしまいました。

この街灯やテレビ電波塔のライトアップですが、午前8時50分頃に消灯しました。

イルミネーションが消えている…:コムニスチ―チェスキー通(2018.01.26)

↓左側に雪が堆く積上げられたようになっています。これは広めに設えられた歩道です。
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↑何か、歩道と車道との間に大型のフェンスでも設けたかのようです。

こんな様子に「何かが変わった?」と足を停めました。直ぐに気付いたのですが、さり気なく辺りのイルミネーションが消えていました。

この画のような感じが「冬の朝8時台」の普通な様子で、少し前のイルミネーションは「やや特殊?」だったのかもしれません。

チラチラと雪が降っていますが、「荒れている」というような状況でもありません。「普通な冬の天気」という按配です。

除雪の「積み残し」??:チェーホフ通(2018.01.26)

日本国内のニュースをネットで視れば、日本中が強力な寒気に覆われて、例年は雪に縁が薄いような地域までもが存外な量の雪に見舞われてしまっている状況に驚かされます。

ユジノサハリンスクでも今季は「少し雪が多いのではないか?」という感じではあるようです。それでも、想像以上に除雪体制も充実しており、「荒天の割には街が動いている」ようにも感じられます。

1月24日には酷く吹雪きましたが、1月25日までに一定程度の除雪が行われていました。そして1月25日は夕方頃から何となく雪が降り、朝まで降雪が続きました。

↓1月26日朝のチェーホフ通です。画の右側奥に視える建物は、サハリン州議会が使っているビルです。
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↑車道も歩道も除雪が入っています。

「随分と一生懸命に除雪をしている。お蔭でとりあえず安心して歩くことが出来る。感謝!」と思っていたのですが、画の真中辺りに「不自然な雪の塊」が見受けられます。

この「不自然な雪の塊」は、路肩に少し長く駐車したままになっている乗用車のようです。雪国では時々見受けられる様子だと思うのですが、ユジノサハリンスクにもこういうのが在ります。

街灯の灯りに降っている雪の形も浮かんで視えますが、画の左側の奥に歩行者が視えます。平日である金曜日の朝で、歩行者は存外に多く居ます。

骨組みだけになったヨールカ:サハリン州政府本庁舎前(2018.01.25)

↓朝早くの様子です。
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↑とんでもなく目立っていた巨大なヨールカが消えてしまいました。そう思うと、画のやや左寄りに骨組みだけ残っています。よく視ると「名残」のように“マローズじいさん”と“スネグーロチカ(雪娘)”とが佇んでいます。

このヨールカですが、前々日には「解体作業の途中」という様子が判り易かったのですが、とうとう鉄骨の骨組みだけになってしまいました。

吹溜りを除雪した痕:ポポーヴィチ通(2018.01.25)

雪深い山の道路について、冬季は通行止めで、春になって除雪を施して車輛の通行が可能になるというような場所が在って、そういう場所の様子が伝えられることが在ります。

↓手近な歩道なのですが、前日の夕方には吹溜りで塞がっていた箇所が「切り拓かれた」かのように除雪されていて、上述の「冬季は通行止めの山道が春を迎える」ような様子を想像しました。
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↑降雪や地吹雪は、前日の夕方には穏やかな感じになっていました。前日と似たような「氷点下10℃をやや下回る」という気温帯であったようですが、風が微弱になっているので、「前日よりやや温かい?」と錯覚しました。が、直ぐに手が冷たくなり、「多分、前日と似たような気温」と思った訳です。

ユジノサハリンスクの「ポポーヴィチ通」とは、往年の宇宙飛行士パーヴェル・ポポーヴィチ(1930-2009)に因む名称とのことです。西寄りのレーニン通と、やや東寄りのミール通を結ぶような感じで東西に延びていて、集合住宅や商店等が見受けられます。路線バスは通っていませんが、レーニン通やミール通で交通規制が発生しているような時、「迂回路」になって路線バスが現れることが稀に在る場所です。

前日、画の歩道は「膝まで埋まってしまう?」程度の吹溜りで、とりあえず通行出来た反対車線側の歩道に廻るか、車道の隅を歩かざるを得ない状態でしたが、夜遅くから早朝に除雪作業が行われたと見受けられます。ユジノサハリンスク市内の除雪対応は、存外に速い感じです。