「休日が多い時季」の早朝:レーニン通とプルカエフ通の交差点(2018.04.29)

「判り易い理由」が在るでもない、「偶然」という以上でも以下でもないと思うのですが、日本もロシアも「4月末から5月初め」というのは祝日等で休日が多くなる時季です。

ロシアでは、5月1日の「メーデー」が在って、曜日の状況で年によって多少違いますが、その前後が政令で休日に指定されます。そして5月9日の「独ソ戦終戦」の日が在り、その日の前後も休日が指定されます。

「暦どおり」であれば、例えば5月3日や5月4日は平日なのですが、祝日等に挟まれた期間なので「通しで休んでしまうようにする」という方も多く在るような感です。

↓その「休日が多い時季」に突入した4月29日の早朝です。
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↑交通量が非常に多い感の場所ですが、早朝6時頃という時間帯の早さに加え、「休日の期間の真只中」で非常に静かです。

ロータリーの巨大なオベリスクの、夜間に施されるライトアップが未だ消灯になる前ですが、空が明るくなり始めています。「西寄りな側から東寄りな側を視る」ような画です。

何か「道路に車輛が溢れている」というように感じることが多いユジノサハリンスクですが、休日は相対的にかなり静かに時間が過ぎる感です。

<ХИЩНЫЙ АНГЕЛ>(獰猛な天使) / ウラジーミル・チュイコ氏提供写真

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(ウラジーミル・チュイコ氏提供写真)(<秋>より)

※ タカやワシの仲間、猛禽類も多く見受けられるサハリンです。「天使の翼」を想起させる、形が美しい大きな翼を持っているというのが、猛禽類の特徴の一つであるように見受けられます。

午後8時半頃…:レーニン広場 (2018.04.21)

4月に入って「日が長い感じ」が「加速的?」になっているような気がします。

↓午後8時半頃の様子です。
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↑雲の位置等、空の条件が好ければ、当然ながら時間帯は変わるものの、美しい夕空は視られます。が、4月に入ると夕空を背景に「遊んでいる子ども達」が少し目に留まるようになりました。

これから6月下旬の夏至まで、ドンドン日が長くなり、それ以降は少しずつ日が短くなる訳です。

「午後8時台に明るい」というようになると、日によって「未だ室内の照明を点けていないような状況で、何となく居眠りしてしまい、気付いた時に真っ暗で多少驚く」という、少し妙な状態が時々発生してしまうようになります。

最近のユジノサハリンスクは、好天の日中に「軽い服装」でも差支えないように感じる日も見受けられます。が、「もう一枚…」と思える程度に風が冷たく気温が上がり悪い状態や、「えっ?1℃?」という朝も在るので、防寒服を仕舞い込むことも憚られます。

昨年は4月18日に存外な量の雪で、4月末近くにも雪が視える場所が多い感でした。そういう意味で、今年は昨年より「春らしい」感のこの時季です。

サハリン州立美術館=旧 北海道拓殖銀行豊原支店(2018.04.21)

図書館での夜の催しが終わって、ゆっくりと引揚げようとしていた時、直ぐ近くの趣が在る建物が眼に留まりました。

↓警察本部の辺りから望んだサハリン州立美術館の建物です。建物自体が「或る種の美術品」というように思えないでもないのですが、嘗ては「 北海道拓殖銀行豊原支店」であった建物です。
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↑出入口は反対側になっているのですが、嘗てはこちら側が出入口であったと想像出来ます。

午後11時を過ぎると、流石に左側のレーニン通も車輛が殆ど通らない感じになります。因みにレーニン通は、樺太時代には「大通」と呼ばれていて、辺りは繁華な一帯であったようです。

道路が湿っていますが、雨ではありません。ユジノサハリンスク市内では、夜遅くに散水車が出ていることが多く、春になって散水車が戻って来ました。

<自由港 コルサコフ>の広告看板(2018.04.22)

気持ちが好い青空が広がる日曜日の午後でした。

屋内スケートリンクを擁する<クリスタル>は、車輛の通行量が多いプルカエフ通とゴーリキー通とが交差する、ユジノサハリンスク市街南東の丘陵部の麓に在ります。その辺りを歩くと、ユジノサハリンスク等で「有力な広告媒体」と考えられているらしい、大きな広告看板が幾分眼に留まります。

その種の広告看板は、時々掲出される内容が変わっているので何となく眼が向くのですが、「海?港?」という空撮写真らしきモノが入った看板を眼に留め、近付いて視てみました。

↓こういう看板が在りました。
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↑「自由港 コルサコフ」と在って、問い合わせの電話やウェブサイトが紹介され、「誰でも“レジデント”に」というコピーが末尾に在ります。

“レジデント”(резидент)というのが、多少「耳新しい?」という語であるような感もします。日本語で、「外国語を“カタカナ表現”で採り入れてしまう」というのが在りますが、それに似ているかもしれません。この“レジデント”という語について、「自由港」というようなことに関連する話題以外で、正直、耳にしたことが在りません。“レジデント”という語は、英語であれば「居住者」という意味になります。

「自由港」というのは、「指定された地域内で、申請を経て“レジデント”の地位を得た企業や団体が、一定の優遇措置を受けながら申請した事業等を推進することを通じて地域の発展を目指す」というもののようです。元々は「居住者」という意味の“レジデント”ですが、ここでは「公認を受けた指定地域に立地して活動する企業や団体」を指し示す用語になります。

正式には「ウラジオストク自由港」と言い、「ウラジオストク」がその対象なのですが、ウラジオストクから離れた極東各地の港等についても「適用」の指定を行っていて、「“レジデント”の地位を得た企業や団体が、一定の優遇措置を受けながら申請した事業等を推進」することが目指されています。サハリン州では、コルサコフやウグレゴルスクがこの指定を受けており、ユジノサハリンスクで視掛けた看板にはコルサコフ港のことが取上げられていた訳です。

ロシアでは「極東」は「発展の余地が大いに在る」と捉えられているようで、その発展を促す方策が色々と考えられているのですが、この「ウラジオストク自由港」もそうした方策の一つということになります。

この「自由港」の肝となる考え方は「500万ルーブル以上を3年間投資」という事業計画を保護し、促すというものです。コルサコフでは、制度の導入から1年余りを経て幾つかの事案の話しが持ち上がっていると聞きますが、こうした広告を出して更に投資を募ろうとしていることになります。

何気なく眺めた広告看板でしたが、少し興味深いモノでした。
posted by 稚内市サハリン事務所 at 07:00Comment(0)話題

旧 王子製紙眞岡工場(2018.04.24)

ホルムスクに立寄る機会が在りました。

樺太時代には「眞岡」(まおか)と呼ばれていたホルムスクには、樺太時代に建てられ、ソ連時代にも長く稼働していたた製紙工場の跡が見受けられます。

↓多少、御無沙汰していたので一寸だけ、この工場の跡を眺めました。
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↑集合住宅が建っている、少し高い辺りから、日本海を背景にした概ね全体の様子が視えます。

↓少し角度を変えると、「街中に巨大な廃工場?」というようにも視えます。が、街の中心のように見受けられる辺りから少しだけ離れた辺りにこの工場跡は在ります。
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↑未だ辺りの草が伸びておらず、何か「早春らしい感じ」もしました。

樺太時代、「摂政宮殿下の樺太行啓」の少し後、1925(大正14)年8月に樺太旅行をした北原白秋は、旅行のことを綴った『フレップ・トリップ』の中で、眞岡のこの工場を訪ねたことを綴っています。

フレップ・トリップ (岩波文庫)




背後の海を視ると、廃工場となっている現在も、北原白秋が見学したというような現役の工場であった頃も、「きっと同じように、穏やかな日には碧く輝いていた?」というような感慨も湧き起こります。
posted by 稚内市サハリン事務所 at 08:18Comment(0)訪ねる

<フィギュアスケート選手権>(2018.04.22)

2018年は「冬季五輪の年」ということでしたが、方々で冬季五輪が催される時、開催地毎に人気競技が多少違うにしても、大概「真っ先にチケットが売り切れる」のはフィギュアスケートであると聞いたことが在ります。外で観戦する競技ではなく、普通に屋内のアリーナで席に着いて観戦する競技の方が人気が高いのは何処でも一定程度共通するようですが、そういう中でもフィギュアスケートは「冬季競技の華」という存在感が在ります。

「冬季競技の華」という感のフィギュアスケートですが、ロシアは「伝統的に多くのメダリストを輩出」という感で、「なかなかに盛ん」というイメージが在ります。ユジノサハリンスクでも市内にアイスアリーナが在って、<アジアリーグアイスホッケー>の試合が催される他方に少年チームや愛好者チームの活動が見受けられるのですが、「フィギュアスケートの活動」というモノも耳にします。実際、華やかにショーアップされる<アジアリーグアイスホッケー>の試合開始前に「国旗を手にした少女がリンクを滑走」というような演出が在るのですが、その役目を担っているのが、フィギュアスケートの活動をしている少女達だと聞いたことが在ります。

そんなことを思い出していたのですが、ユジノサハリンスクで<フィギュアスケート選手権>という、6歳から16歳までの選手が出場するフィギュアスケートの大会が催されています。日曜日の午後からスタートで、出掛け易い時間帯なので、会場となった<クリスタル>に足を運んでみました。

<クリスタル>は<アジアリーグアイスホッケー>の試合や、少年アイスホッケーの大会を観に出掛けたことが何度も在る場所です。

↓アイスホッケーの場合は、得点を挙げた選手の紹介が出るような、或いは広告が流れている場所に<フィギュアスケート選手権>の看板が大きく掲出されています。
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「6歳から16歳までの選手が出場するフィギュアスケートの大会」ということですが、概ね生年毎にグループ分けが為されていて、各グループは8人から9人の出場者が入っています。8人から9人のグループに関して、前半の4人から5人、後半の4人から5人という具合にリンクに出て、1人ずつ順番に滑走、演技を行うようになります。

↓「次の出番」ということになる4人から5人がリンクに現れ、ウォーミングアップを行います。
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↑各々に身体を動かし、「間も無く練習時間が終了です」、「練習時間終了です」とアナウンスが入り、各出場者はアイスホッケーの試合で各チームのベンチになる場所に設けられた待機場所に入ります。

出場者が待機場所に入り、滑走、演技を行う出場者一人だけがリンクに出ます。そして「○○・△△…ユジノサハリンスク」という具合に出場選手がコールされ、用意の音楽が鳴って、滑走、演技が行われます。

出場者の御家族等が主体だと見受けられますが、客席は半分弱が埋まっていました。そして「…ユジノサハリンスク」というようにコールされる、地元選手の場合は「家の○○ちゃん!」と御家族が応援に来ている様子が伺え、少し大きな拍手が聞こえます。この場面で驚くのは、ユジノサハリンスクだけではなく、アルチョムやウラジオストク等の沿海地方や、ハバロフスクというような、遠くからの出場者も在ったということです。

↓足を運んで観戦していた時は、11歳位のグループ、10歳位のグループということで、「各出場者間の技術の差、パワーの差が存外に大きいのか?」と思いながら視ていました。が、他方で「なかなか様になっている!」と驚く出場者も見受けられました。
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↑特にアナウンスも無く、また測っていた訳でもないのですが、1人あたりの滑走、演技時間は概ね2分以内かそれより短いように見受けられました。優雅に滑走、演技をしているように見えるフィギュアスケートですが、かなり体力が要るものでもあります。

滑走、演技の際に使われていた音楽ですが、聞き覚えの在るクラシック作品の他、「何処の音楽?」という感じのジャズボーカルのようなモノも在って、少し面白いと思いました。こういうのは、本人の好みやコーチの薦めや、色々な事で決めるものなのであろうと想像していました。

次々と出場者がリンクに出て滑走、演技をしていましたが、場内では出番を待っている多くの出場者の様子が見受けられました。観ていた11歳、10歳のグループよりも年下と見受けられる、髪を綺麗に結って化粧をした女の子達が大勢居ました。リンクと控室との通路に相当するような場所や、客席を出た辺りのホール等で、身体を動かしてリンクでの動きをチェックするようなことをしている子ども達も多く見受けられました。

些か驚いたのは、「何となく思った以上に、出場者が多い」ということです。「6歳から16歳までの選手」というので年代が少し広く、更にユジノサハリンスク等のサハリン以外の沿海地方やハバロフスク地方の出場者が加わってはいるものの、「100人前後?それ以上?」というエントリーが在りそうです。大会も4月22日に開会し、最終日が4月25日とやや長い日程です。

こういう辺りに、「伝統的に多くのメダリストを輩出」という感である「ロシアのフィギュアスケートの広い裾野」というようなことを思いました。場内で視掛けた出場者と見受けられる子ども達は、圧倒的多数が女の子でしたが。

もしかすると、この<クリスタル>での大会に参加していた中から、「近未来の有名選手」が出て来るかもしれません。
posted by 稚内市サハリン事務所 at 07:00Comment(0)スポーツ

「図書館で午後10時開演?」:<ビブリオノーチ2018>(Библионочь2018)のジャズライヴ(2018.04.21)

ユジノサハリンスクでは、色々な場面で音楽演奏を聴く機会が在りますが、「図書館で午後10時開演のライヴ」と言われると「?!」という感じがしてしまいます。

図書館に関しては、利用し易いように「少し遅めの時間帯まで開ける場合」が考えられるにしても、「午後10時」というのは「やや考え悪い?」ように思える時間帯です。

ユジノサハリンスクの、嘗ての<北海道拓殖銀行>の建物を活かした美術館の隣りに在る州立図書館には、催しを行うホールが在って、一度「落語の公演」を観に行ったことも在りましたが、音楽演奏にも利用されている場所です。が、「午後10時開演」というのは不思議です。

4月21日、ロシア全土で催される催事だったということですが、<ビブリオノーチ2018>というモノが催されました。「ビブリオノーチ」というのは造語で「図書館ナイト」という程の意味合いだと思われます。夕方から深夜まで図書館を開けて、講演会、展示会、その他の催しを行おうという文化行事なのです。

サハリンでも、ユジノサハリンスク市内の稚内市サハリン事務所近隣に在る州立図書館で<ビブリオノーチ2018>が催されていましたが、他の街の図書館でも催されていたようです。ネベリスク市の図書館では、サハリンで<草月流生け花>の活動をされている方を招いて、生け花教室を催したというような話しが聞こえて来ました。

「図書館で午後10時開演のライヴ」という話しですが、出演するのが、筆者が気に入っている<Absolute Jazz Quartet>(アブソリュート・ジャズ・カルテット)であるということで情報が流れて来て、「これは!?」と思って足を運んだのでした。

↓スッカリ暗い時間帯ですが、なるほど図書館の中は煌々と灯りが点いています。
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↓図書館に入ってみれば、<ビブリオノーチ2018>の様々な催事の案内が掲出されていました。
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↑「17:00 - 01:00」と、夕方から深夜までの日程がギッシリと記載されています。

↓本当に午後10時前にメンバーがステージで準備をしていて、一旦退いて、開演時刻になれば図書館の職員の方らしい司会が登場して開演を告げると、4人のメンバーがステージに現れました。
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↑ギター、ドラムス、ベース、そして供えられた大きなピアノの陰で演奏者が見え難いのですがピアノと、“カルテット”が演奏を披露します。

彼らは新旧の様々な曲を、彼らなりのアレンジで楽しそうに演奏していました。かなり派手なドラムソロが入ったり、「ノリノリ!!」というギター演奏が非常に愉しめました。

1時間程の演奏をしていましたが、「えっ?1時間も経った?」という感でした。場内に居た多くの人達がそういう感だったようです。アンコールを求める拍手が鳴り止まず、グループのリーダーでギターのドミトリー・カプスチュークさんは「何方も…お帰りにならない?!では…」とアンコール演奏を始めました。

アンコール演奏は2曲で、ライヴの終了は午後11時15分頃でした。

文化活動の場、文化発信の場としても図書館を盛り立てるというこの<ビブリオノーチ>は、近年、毎年のように行われているようです。
posted by 稚内市サハリン事務所 at 08:00Comment(0)カルチャー

<ЛЕТАЮЩИЕ СЛОНЫ>(飛んでいる象) / ウラジーミル・チュイコ氏提供写真

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(ウラジーミル・チュイコ氏提供写真)(<秋>より)

※ 雲の形が、少し長い鼻を突き出した象のようにも視えます。「海の上を像が飛んで行く」というような、ファンタジックな光景です。

上空から望むコルサコフ港(2018.04.16)

飛行機の窓から、「あそこだ!!」と判る場所の様子が視えると、何か凄く嬉しいような気がすることが在ります。

↓コルサコフ港が視えました。
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↑画のやや右側に、クレーンが林立する2本の桟橋が突き出していますが、そこがコルサコフ港です。より右側が南埠頭で、稚内・コルサコフ航路の船が利用する場所で、左側はコンテナ船等が見受けられる北埠頭です。

こういう様子は、筆者の個人的経験に照らすと「最後列の窓側」というような座席に着くと、視て写真を撮るのに都合が好い感じです。

ウラジオストクからユジノサハリンスクへ向かう早朝のフライトを利用しました。ウラジオストクから大陸の上空を北上する飛行機は日本海洋上に出た後、サハリン島の南西側が視える辺りを抜けて、アニワ湾上空で機首を少し北のユジノサハリンスクへ向けているようです。そのアニワ湾上空でコルサコフ港がハッキリ視えました。

船で海側から望む、コルサコフの高台で陸から望むということでコルサコフ港は何度となく視ていますが、「上空からハッキリ判る具合」で視たのは初めてでした。大変に幸運なフライトでした。