Вперёд Россия!(フピェリョド ラッシーヤ)=進めロシア! (2018.06.29)

↓食事に立ち寄った店に飾られていた旗です。
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↑白、青、赤の3色によるロシアの国旗に、「ロシアのシンボル」のように考えられているらしい熊のキャラクターが描かれ、「Вперёд Россия!」(フピェリョド ラッシーヤ)という言葉が在ります。書かれている言葉は「進めロシア!」という意味で、スポーツの国際試合でロシアのチームに声援を贈る応援団が掲げるような旗です。

現在、ロシア国内ではサッカーのW杯が開催中です。ユジノサハリンスクは試合開催会場からは遠く離れてはいますが、サッカーは人気スポーツでもあり注目はされていて、「静かな盛り上がり」のようなものは感じられます。立ち寄った店に、応援グッズが飾られていましたが、こういうのも何ヶ所かで見掛けています。

最近、何処かのメディアが「方々の色々な人達のロシア代表チームへの応援メッセージ」というようなビデオを撮っている場面を御近所の消防署辺りで見掛けました。制服姿の消防署員が何人か居て、ビデオを撮っている人が居るという視たことの無いような状況で「何事か?」と訝しく思えば、消防署員はサッカーボールを持っていました。辺りの関係者が「代表チームへの応援メッセージだよ」と言っていたのを聞き、得心しました。

そういう次元のことに限らず、色々な人達がそれぞれにW杯サッカーを話題にしていますし、方々の方と話す中でサッカーの話題は時々登場します。以前からスポーツ観戦談議をしたことも在って、如何にもサッカー観戦の話題が好きそうであるという方に限らず、話した時にスポーツ観戦のことを話題にした記憶が無い方に至るまで「自国で開催の、自国チームも参加している、世界最大級で大注目な大会」は関心を寄せる対象であるようです。

ロシアのチームに関しては、W杯サッカー開幕の前までは「然程の高い評価でもない」という状況だったかもしれません。が、そういう“低評価”を跳ね返して、予選リーグ突破を決めて、決勝トーナメントにコマを進めました。

こういうような経過が話題になっていますが、この決勝トーナメントにコマを進めた後の、対戦相手がスペインのチームということになり、これに関して「ロシアのチームにとっての大会は“次”まで…」という見方が支配的であるようです。

スペインは、各々が出身国の代表チームに選出されるようなクラスの、世界中のスター選手が犇めく有力なリーグを有する、サッカーの世界では非常に大きな存在の国で、そのスペインのリーグで活躍している“オールスター”のようなチームがW杯にやって来ています。これに比べると、ロシアのチームは地味な印象は免れ悪いのかもしれません。

そういう状況ではありますが、サッカーの試合では、ドンドン攻めて優勢に視えるチームが巧く得点出来ず、守勢に回っていたチームが漸く試みた反撃が成功して1得点し、その1点がそのまま決勝点になるような場合が意外に多いようにも視えます。「ロシアのチームにとっての大会は“次”まで…」という見方が支配的ではあるようですが、こういう勝負事は「蓋を開けてみなければ?」というものだとも思えます。

御紹介した応援グッズに書かれた「Вперёд」(フピェリョド)という語は、「前方へ」というような意味で、乗物などを出発させる時の合図や号令のようにも使いますが「行けぇ!!」という感じで、スポーツの応援で頻繁に飛び出す語です。
posted by 稚内市サハリン事務所 at 10:00Comment(0)スポーツ

ミール通のプランター(2018.06.27)

暑いと思えば「もう少し涼しく…」と願う他方、暑くならない中で「もう少し何とか…」と思っていることに気付くことが多々在り、何か「人間は身勝手だ…」と苦笑いしてしまいます。

ユジノサハリンスクは「流石に一寸オカシイのではないか?」という話しになる程度に肌寒い状態になってしまっています。他方で、緑が濃くなっていて、方々に花が据えられているので「とりあえず“鮮やかな季節”に入ってはいる」というようには思えます。

↓少なくとも昨年には在ったものですが、少し賑やかな通の横断歩道辺りにこういう具合にプランターが設置されています。
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↑画は「渋滞が頻発?」という感も在るミール通がコムニスチ―チェスキー通と交差する辺りの横断歩道です。車輛が多くなる少し前、朝7時台の様子です。

横断歩道周辺に、車輛と歩道の歩行者を隔てる柵が設けられている例が見受けられますが、その柵にプランターが「貼り付くように載っている」感です。

初めてプランターに気付いた時、「どのような仕掛け?」と思いましたが、意外に簡単なことでした。

↓「凹凸」(おうとつ)と言う場合の「凹」の字を引っ繰り返したような形状のプランターなのでした。へこんでいる部分を柵に載せるだけのことです。
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↑何となく「双胴船」の型を思い浮かべました。花を据えるために中に入れた土の重さが在り、歩道の路面に確り据えられた柵に載っているので、プランターは動いてしまったり、強風に飛ばされる危惧が極少ないという訳です。

「なかなかに面白いアイディアのプランター…」と時々感心しながら、「とりあえず“鮮やかな季節”…」と据えられた花を眺めています。

ユジノサハリンスクは、暑くなる場合には、地形の関係で稚内よりも気温が高くなるのですが、プランターの花は「稚内でやっているプランターでも視掛けるような種類?」という感です。

車輛の通行を停めて工事(2018.06.27)

昨年のユジノサハリンスクは、道路の舗装の補修や地下埋設物の交換等、随分と方々で「車輛の通行を停めて工事」という状況が見受けられました。序でに、方々の緑地の補修のような工事も多く見受けられ、夏季は「工事中だらけの街」という感でした。

それに対して、今年のユジノサハリンスクは昨年程多くその種の工事が見受けられるのでもありません。それでも6月頃から、「車輛の通行を停めて工事」という状況を少し視掛けるようになりました。

↓チェーホフ通です。一部区間の舗装の改修を行っている様子です。
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↑「通行止め」のマークが車道の真中に置かれています。工事が動いていない、同時に車輛の通行が少ない朝に様子を視て写真を撮りました。

工事中な区間の空模様は曇天でスッキリとしないものですが、よく視ると上空を燕が舞っている様子が見受けられます。その「燕」だけが「辛うじて時季らしい」ように見受けられます。

雨上がりのライラック(2018.06.27)

最近は他所の機関の方等と通信のやり取りをする場合、「ハッキリしない天候が続いていますが…」というような言葉が出る場合が多々在ります。

6月前半には俄かに暑くなったユジノサハリンスクですが、そういう状態から気温が下がってしまって以降、「曇りがちで雨が交じることも多い」ように推移しています。そういう状態なので、「北国の空の素晴らしい蒼」というような色合いが遠ざかってしまっているように感じます。

夕刻から夜に雨が断続したような翌朝、「雨上がり!」という感じに「雲の切れ間の青空に光が溢れる…」という具合にならない場合の方が多いような昨今です。相変わらずの冴えない曇天で、「昨日の雨は?上がっている…降っていないから、濡れずに済んで好いかもしれない」という具合に過ぎません。

↓そういう、濡れずに済むのが好いという以上でも以下でもない状態の雨上がりの朝、劇場の<チェーホフセンター>に近い緑地を通り抜けようとして足を停めました。
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↑ライラックの花に、雨の滴が付いていて、何かしっとりとした艶やかな雰囲気を醸し出しています。

こんな様子を視て、梅雨の時季に日本国内で注目される紫陽花を何となく思い浮かべました。勿論、全然種類が違う花ですし、趣も大きく異なるとは思うのですが。

紫陽花と言えば、「欧州で恐らく初めて、間宮林蔵の樺太探検に自著で言及」と考えられる、医師で博物学上の事績も残したかのシーボルトが愛した花であったと伝えられています。長崎に滞在したシーボルトは、お滝という日本女性との間に娘を設けますが、その愛した女性の「お滝さん」が転訛した「オタクサ」という名で紫陽花を欧州に紹介したそうです。

↓話しが逸れましたが、緑地のライラックは、花盛りを少し過ぎてしまった感です。「ハッキリしない天候」の下、少し濃い緑ばかりが目立つ感の緑地です。
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“ケーチュプ”(кетчуп)=ケチャップ(2018.06.22)

↓最近、立寄る機会が少し増えているユジノサハリンスク市内のハンバーガー等の店で視掛けたモノです。
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↑日本国内でも視掛ける場合が在る、米国発祥の有名メーカーの商品です。

ラベルを視れば、日本では英語のアルファベットが在って「トマトケチャップ」とカタカナが添えられているような場所に「ТОМАТНЫЙ КЕТЧУП」(トマートヌィー ケーチュプ)とロシア語が入っています。ロシア国内や旧ソ連諸国等のロシア語圏に向けた専用ラベルが用意されている訳です。

創業の歴史を紐解けば1869年に遡るという米国発祥の有名メーカーですが、世界中の様々な国々に進出して商品を売っています。ロシアに在っては、1993年頃に進出して、ロシア国内の食品工場で一部製品の製造も行いながら販売を続けているようです。何気なく点けるテレビで視る番組のコマーシャルに、この会社のモノを視掛ける場合も少なくありません。

サハリンの人達に限らず、ロシア国内での傾向かもしれませんが、ポテトフライのような揚げ物に関して「ケチャップを点ける」ことを好む方が多いように見受けられます。実際、稚内でサハリンの皆さんを御迎えしてファストフード店等に寄る場合、ポテトフライ等が在ると「ケチャップ?」というリクエストを頂くことが多く在るのが想い起されます。

この米国発祥の有名メーカーがロシアで活動を始めたとされる1990年代前半頃と言えば、「何処からどういう具合に入ったか判らない、外国メーカーのモノらしき商品が目立つ」という状態で、“ロシア語ラベル”は余り視掛けなかったものです。そこから年月を重ねる中で、様々な商品の流通の上でのルールも整い、現在では寧ろ“ロシア語ラベル”が付いたモノの方が多数派を占めているようにも視えます。そして、何か新たなモノを売り込むにしても、「現に在る様々なモノと比べて、妥当な販売価格の実現が可能か?際立った特徴が在るか?」というようなことを、より慎重に求められるような気がします。

日本国内のハンバーガー等の店で、この画のケチャップと「全く同じか、殆ど変らない」と思われるモノを視た記憶が在ります。が、ユジノサハリンスクの店に比べて「減り方」が少なかったような気がします。ユジノサハリンスクでは、揚げ物に点ける調味料等として、ケチャップの人気がより高いのかもしれない等と考えていました。
posted by 稚内市サハリン事務所 at 07:00Comment(0)モノ

「夕刻」?「夜」?:雲とレーニン像(2018.06.22)

「親しい友人」から「御近所の顔見知り」というようなことに至るまで、状況は様々でしょうが、とりあえず「知っている人」に出くわせば挨拶を交わします。

そういう「出会った時の挨拶」として、ロシア語では「Здравствуйте」(ズドラーストヴィーチェ)を覚えておけば、朝から夜まで何時でも使うことが出来ます。

これに対して、朝の「Доброе утро」(ドブラエ ウートラ)、日中の「Добрый день」(ドーブルィー ヂェーニ)、夕刻から夜の「Добрый вечер」(ドーブルィー ヴェーチェル)というのもあります。各々が「Good morning」、「Good day」、「Good evening」に相当する間です。

こういうようなものを挙げると、「3者の使い分け?」という疑問が直ぐに湧き起こります。「100%間違いない明確な回答」はなかなか見出せないのですが、「Доброе утро」(ドブラエ ウートラ)は午前10時台位まで、「Добрый день」(ドーブルィー ヂェーニ)、夕刻から夜の「Добрый вечер」(ドーブルィー ヴェーチェル)は午後4時台以降、「Добрый день」(ドーブルィー ヂェーニ)は両者の間の時間帯というのが、筆者の経験則に照らして申し上げることが出来る回答です。

先日、「午後4時半過ぎ」に御近所の方と出くわしました。先方は「Добрый вечер」(ドーブルィー ヴェーチェル)と声を掛けてくれました。こちらは「Здравствуйте」(ズドラーストヴィーチェ)で応じました。

ただそれだけのことなのですが、少し経ってから何気なく空を見上げました。ユジノサハリンスクの「午後4時半過ぎ」の空模様ですが、稚内の「午後2時半過ぎ」の様子と大差が無く、「午後の一時、如何お過ごしでしょうか?」とでも言いたくなるような様子で、「こんばんは」には結び付き悪いのです。

或いは「6月」というのは、そういう「不思議な時季」なのかもしれません。

↓そんな「午後4時半過ぎ」から少し経った「午後7時40分前後」のレーニン広場です。
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↑「午後7時40分前後」と言えば「夜」と表現したい感ですが、空の趣は「夕刻」と呼ぶにもやや抵抗が在るような様子になっています。雲の感じが面白く、思わず広場側に寄って眺めてしまいました。

方々に残る像の中では際立って大きく、何となく「スタイルが好い?」ように視えるレーニン像の周囲に居合わせた人達が画に写っています。何れも、各々に防寒の意図が在る上着を着込んでいるのが判ります。

明るい時間帯が、少々戸惑う程度に長く、緑も濃く花も咲いていますが、「何やら寒い…」というのが最近のユジノサハリンスクです。

「鮮やかな季節」とは言えるものの…(2018.06.17)

↓最近のユジノサハリンスクでは、こういうような美しい花壇が眼に留まるようになっています。
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↑早めな場所で5月後半頃に花を据えていて、最近まで続いていましたが、早めに花が据えられた箇所では、かなり見栄えが好い感じになっています。

こういう街角の花壇は、非常に心和んで好いものだと思います。殊に、「何となく気分がザラザラしている…」というような場面では、気分を取り直す切っ掛けにさえなってくれる場合も在ります。

こういうような花壇の花を視て「鮮やかな季節」に入ったとは思うのですが、ユジノサハリンスクは「なかなか温かくならない」という状態に陥っています。6月上旬には「プラス20℃超」が見受けられたのですが、気温が落ちてしまい、持ち直すかのような兆候も感じられたのでしたが、また気温が落ちています。日中で「10℃に届いたかどうか?」という具合で、朝早くは5℃を挟むような気温で、「何を着て外に出るべきか?」と考え込む日も在ります。

↓そんな状態ではあっても、花壇の花は美しく、辺りの緑も濃い感じになっています。
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↑5月後半頃から花が据えられた花壇は、コムニスチ―チェスキー通とコムソモリスカヤ通とが交差する辺りのロシ正教の教会、<復活主教座聖堂>の辺りに在ります。5月には背後の教会の壁が視え易かったのですが、1ヶ月程を経て木の葉に壁が隠れるようになっています。

最近は、余り着込んでも歩いて汗をかくのが好ましくなく、薄着過ぎても寒いという、少し嫌な感じです。結局、屋内向けに薄く軽い服装で、戸外用にやや確りした「晩秋頃に引掛けていたような上着」を引っ張り出すというようなことに落ち着いています。

<Выпускник 2018>(ヴィプスクニク 2018)―社会へ巣立つ若者を壮行する日(2018.06.23)

早朝の好天が午前中の間に下り坂となり、曇りがちでやや薄暗く、時々小雨が交じる土曜日でした。

その土曜日の夕刻になると、何やら「外で音が鳴っている」というのが住まい室内に居ても判る状態が生じていました。建物の出入口前の戸外で様子を伺いました。

「外で音が鳴っている」という状態で、少し距離が在る場合、「漠然とした音」というように聞こえるものだと思いますが、「“音楽”であることが判る」という聞こえ方でした。こう言うと、音を発しているのが100m以内位のような話しに思えるかもしれませんが、音が発せられている場所は400m位離れていると見受けられる場所です。

↓こういう状況が見受けられました。
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↑ユジノサハリンスク市行政府本庁舎の前にステージが設えられ、庁舎と向き合ったレーニン広場辺りのレーニン通が車輛通行禁止となり、「屋外ライブ」という状況になっています。

実は前々日の木曜日の夕方には既に「何かの機材が積まれている?」という状況が庁舎前に見受けられ、前日の金曜日には「ステージが?」という状態になっていました。土曜日に“本番”となった訳です。

↓「レーニン通の路上からユジノサハリンスク市行政府本庁舎を視る」という状況になっています。この状況自体が、「この場所で交通規制をして催す催事」という状況以外では、あまり考えられない状況です。
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↑小雨が交じるような状態で、「人々が溢れる」という程でもない感ではありました。路面が雨で湿り、ステージの照明が反射している感じです。

400m程度は離れた遠くに居ても「“音楽”であることが判る」という聞こえ方だった音ですが、近くへ行けば「重低音のリズムの“音”が胸や腹に“ぶつかる”」ように感じる程度な、然程頻繁には経験するとも思えないような大音量で驚きました。

↓とりあえず現場に着いて直ぐ、「何の催し?!」と思って見付けておいた看板です。
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↑<Выпускник 2018>(ヴィプスクニク 2018)と在ります。

「Выпускник」(ヴィプスクニク)は「学校の卒業生」というような意味で、催しの名を示す看板は「2018年の卒業生に贈る」という程の意味合いなのでしょう。

この種の催しは毎年在るようです。若者が学校を卒業することを祝い、社会へ巣立つ彼らを壮行する日という次第です。

こういうような催事を視ると、「若い世代を温かい目線で」というような、「社会の雰囲気」が何となく伝わるような気もします。同時に、会場は「交通量が多めな道路」に交通規制を行うような場所で、警備に一群の警察官が登場し、柵を設けて通行や出入を見守るような「少し大袈裟?」にも視える様子で、「酷く力が入っている?」と驚かされます。

午後から夕刻の時間帯に続いていた、様々な音楽が演奏され、歌われていたライブですが、午後10時頃にフィナーレに花火が上がって終了しました。
posted by 稚内市サハリン事務所 at 07:00Comment(0)カルチャー

<ガガーリン公園>として「50年」(2018.06.17)

ユジノサハリンスクの街の都心部で、北東寄りな辺りに「市民の憩いの場」として親しまれている<ガガーリン公園>が在ります。

街の少し東寄りを南北に延びているコムソモリスカヤ通を北寄り側へ進み、東西に延びるサハリンスカヤ通との交差点が視えるような辺りに公園の“メインゲート”が在ります。

↓<ガガーリン公園>という名前の由来になっている、「初めての有人宇宙飛行」を成し遂げたユーリー・ガガーリンの像が入口近くに設置されています。
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↑見上げるような感じになる、背が高い台座の上にガガーリン像が載っていますが、大きさが少し判り悪いように思います。ガガーリン御本人は小柄な方だったとは聞きますが、それでも等身大のようにも、等身大より一回り小さいようにも見える微妙な感じです。

↓普段から公園のイメージの看板、催事に因む飾りや御報せ、または広告らしきものが見受けられる場所ですが、ここに「公園の歴史」のような紹介が入った内容の看板が掲出されていました。
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↑画の左側、看板の一部にモノクロの人物写真が入っています。宇宙飛行士のユーリー・ガガーリンの肖像写真です。

「公園の歴史」の内容を読んでみました。

1906年、“豊原”の都市建設の中で現在地が「公園」ということになりました。1946年には、ユジノサハリンスク市における「公園」という指定を受けています。

1968年、「初めての有人宇宙飛行」を成し遂げたユーリー・ガガーリンが他界した際、「ガガーリンを記念した公共施設を」という市民の請願が起こり、この公園を<ガガーリン公園>と命名したということです。

2018年は、<ガガーリン公園>となってから50年、半世紀となった記念の年ということになります。

↓この日に初めて気付いたのですが、何時の間にか園内に在った看板です。未だ新しいモノのように見受けられました。
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↑「ハート」を「愛する」という意味の「リュブリュー(люблю)」と読ませ、「ヤー リュブリュー パルク」、「アイ ラブ パーク」ということにしている訳です。

この「ハート」を「愛する」という意味の語に読ませるという看板やイラストのようなモノは、方々で視掛けるような気がします。ロシアと言わず、日本国内でも少し前に視掛けました。

ユジノサハリンスク市内で、「公園」を意味する「парк」(パルク)という呼称を持つ場所は、この<ガガーリン公園>だけです。それ故に、地元の人達は<ガガーリン公園>を指し示して、漠然と「パルク」と表現する場合が多々在ります。

実際、昨年の4月、5月に筆者がユジノサハリンスクに来て、この漠然とした「パルク」を聞いて「何処の?」と思いました。ユジノサハリンスク市内には、日本国内の感覚で“公園”と呼びたくなる都市緑地が多く在ります。それらは「広場」を意味する“сквер”(スクヴェール)と呼ばれていたり、近くの目印になるモノを挙げてみる、「〇〇通と〇〇通との交差する辺り」という言い方をするなどして場所を特定しています。

<ガガーリン公園>で待ち合わせでもしようということになれば、「パルクで会おう!」ということになりますが、厄介なのは公園が広いことです。そういう場合には「パルクの〇〇の場所で会おう」と言います。そういう場合の「〇〇」の例として、ガガーリン像は御馴染な例の一つということになります。
posted by 稚内市サハリン事務所 at 07:00Comment(0)訪ねる

花束の出番が多い…(2018.06.20)

自身や所属先に関係することで「花束を贈る」というようなことになって、その準備に関わってみる、或いは用意した花束を何となく眺めるという場面が「年に何回位あるだろうか?」と不意に考えました。

稚内市役所では、或いは他所の職場でも同じような感じであると思いますが、例えば「定年退職を迎える先輩が最後に出勤した日に帰る場面」で花束を贈って多年に亘る功を労う気持ちを伝えようとする例が在ると思います。「花束を贈る」と言えば、思い浮かぶのはそういう事例で、毎年のように手近な部署でそういうことが在るのでもないので、これも毎年ではありません。

近年は、稚内市サハリン課が事務局を務める<稚内国際文化交流協議会>で、今や稚内の人気者でもあるユジノサハリンスクのグループ<ルースキー・テーレム>が稚内公演を行う場面で、「この日の、これの機会に花束を」という例が在るのが思い浮かびます。

そういうように、「花束を贈る」というようなことになって、その準備に関わってみる、或いは用意した花束を何となく眺めるという場面が意外に少ないことに思い至ります。

↓そういう妙なことを考えたのは、稚内市サハリン事務所のオフィスでこういうモノを眺める機会が在ったからです。
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↑慶事が在って、御招きを頂いたので足を運ぶこととなったのですが、慶事の主役に花束を贈ることになり、持って出る少し前に辺りに置いた花です。「凄く見栄えが好い」と思わず見入ってしまい、写真に収めました。

ユジノサハリンスクでは、「花束を贈る」というようなことになる場面が、稚内に居る時よりも格段に多いように見受けられます。

自身や所属先の関係で「花束」という話しにはならなくても、「慶事」と名が付く場面であれば、集まる人達の中の個人、または何処かの関係団体等による「花束」が「必ず」と言って差し支えない程度に登場しています。

これは「仕事上の」という交際に留まらず、個人間の交際、更には手近な家族関係の中でさえも「花束」は登場します。

家族間で、「これを!今日はあなたの誕生日だから…」と帰宅途中に求めた花束を贈るというような話しはありふれています。更に、家族間で言い争いのようになってしまった少し後、「俺も悪かった…」と花束が登場するというようなことも在るようです。

そして「花束」が「社会的な慣例」でもあるようになっている日も在ります。毎年3月8日の<国際女性デー>や、9月1日の学校の始業日がそういう例に相当します。

ユジノサハリンスクでは、「色々な意味」で花束の需要が高いと見受けられる状況なので、花を売る店が存外に眼に留まります。通常の商店のように、朝の9時や10時から午後7時頃という営業時間の場所も在る他方に、早朝から深夜まで営業している例や、「24時間営業」まで在ります。実際、早朝の時間帯に戸外に出て、その種の店を視掛けて何となく驚きます。序でに言えば、ユジノサハリンスクに留まらず、ロシア国内で或る程度の人口規模である都市へ行けば、高い確率で「24時間営業の花屋」に出くわすようです。

こうした花ですが、かなり遠い国々も含む様々な国からロシア国内へ輸入された花卉類がロシア国内流通ルートでサハリンに至っているというモノや、大きな温室で様々なモノを栽培している地元業者が栽培した花卉が混在しているようです。聞けば後者がやや少数派ながら、相対的に安価で良質であると、扱っている店の評判が高いようです。

この種の花を「慶事で贈る」場合ですが、ロシアの慣行では「必ず奇数」にしているようです。「3本、5本、7本…23本、25本…」というのは慶事の際には好い選択です。「2本、4本、6本…」という「偶数」は、「専ら弔事の際」に贈る花に限定されるということです。

よく知られる歌に『百万本のバラ』が在ります。「百万=1,000,000」は「偶数」となってしまいますが、この歌の歌詞の場合の「百万」は、「辺りが埋め尽くされる程な夥しい数のバラの花」という意味で、「具体的な本数」のことではないものと想像出来ます。

写真に収めた花は23本という「慶事」のためのモノですが、贈った際には先様に非常に喜んで頂けました。
posted by 稚内市サハリン事務所 at 07:00Comment(0)モノ