小さな変化…:灯りが入ったレーニン広場(2018.07.29)

日中に「25℃を超えた」というような日は、陽が傾いて、沈んで行くような頃合いになっても生温かく、戸外に少しだけ出てみるのが酷く心地好い場合が在ります。

↓最近になって、「灯りが点いて目立つようになる」という時間帯が概ね「午後9時半頃」になって来ました。少し前まで「概ね午後10時」という状況でしたから、随分と早めになった気がします。
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↑低めな空が「夕焼けの残り」のような色合いで、高い空の「ナイトブルー」に向かって、色彩豊かなグラデーションになっています。そして大きなレーニン像の在る広場が照明に浮かび上がる感じです。未だ通行人も途切れません。

この様子を視て「小さな変化…」に気付きました。

画の左側の辺りに、広告画像等を放映する大型のスクリーンが設置されていましたが、それが撤去されています。

「7月4日に撮影の画」を使った記事が在るのですが、そちらには画の左側に“スクリーン”が写り込んでいます。

レーニン像の左側の大きなスクリーンは、2000年代に入って暫らく経って、何時の間にか登場していました。最近は、機器の不具合なのか、他の事情なのか、左側のスクリーンは使われていない様子でした。7月半ば過ぎと思われますが、そのスクリーンが撤去されていました。

因みに画には写っていませんが、右側にもスクリーンが左側と同様に登場しましたが、こちらは未だ稼働中です。

レストラン内装(2018.07.28)

夕食を摂ろうと極近所の店に立ち寄ると、偶々着いた席の辺りが空いていました。

↓店内はこういうような内装です。
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↑他所の人が大勢いる場合には、撮影し悪い、また公開に供しにくい感じの画です。

「レストラン」としましたが、店は「カフェ」を名乗っています。そういう状況はユジノサハリンスクでは多く見掛けます。

ロシア料理を供する店です。ロシアの文物や文化人をテーマにした画をイメージしたモノが多々飾られ、何となく華やかな色も目に留まります。奥の壁には詩人のプーシキンと見受けられる肖像が見えます。通が見える窓側の一隅ですが、窓に小さな電球がイルミネーション的に飾られています。

こういう内装を御紹介すると、「で、ここで何を頂いたのか?」ということにもなると思います。

↓頂いたのは魚のスープ<ウハー>と<ビーフストロガノフ>です。この店を利用する場合に、よくお願いするモノです。
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↑通常、所謂“コース”のように順番に料理が登場するのですが、この時は空いていた関係なのか、両者が同時に運ばれて来ました。こうやって並べると、何となく贅沢な気分になりました。テーブルにも、何やら昔風な画が描かれています。

こういうような「店のインテリア」のようなモノも、眺めてみると色々と面白い場合が多く在るものです。

“太公望”の時季(2018.07.28)

何処かの地域に関して「〇〇らしい」というような様子を論じるのは、簡単なような、難しいような気がするものです。サハリンに関して「サハリンらしい」というような様子と言えば、どのようなモノが在るのか一寸考えてみました。

↓こういうのが酷く「サハリンらしい」と言えるかもしれません。
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↑一定以上の車輛の交通量が在るような道路の脇から見えるような辺りの川に、存外な数の釣り人が集まっています。

この日はネベリスクからユジノサハリンスクを目指して移動中でした。ユジノサハリンスクからアニワを経てホルムスクへ延びる道路が、南西のネベリスク方面への道路と分岐するオゴニキという場所が在ります。そこで道路脇の下側に川が見えます。「一寸、身体を伸ばして一息入れよう」と道路脇に車を停めて、何気なく見ると画のような様子です。

釣りを愉しむ人達の年代は幅広く、男性が多いようですが、女性も見受けられました。この時季に狙うモノとしては、マス類が人気が高いようです。

「川で釣り」と聞けば、極一部の例を除くと、「少し奥まったような場所に入り込んで行く」ような状態を思い浮かべるのですが、サハリンでは「もっと手軽にやっている」というように見えます。
posted by 稚内市サハリン事務所 at 15:05Comment(0)スポーツ

『第9回 国際陶器野焼きフェスティバル』:ネべリスク(2018.07.27)

ネべリスクでは、今や「夏の風物詩」、「街では最大級の催事」となっている<野焼き>の時季が巡って来ました。

この<野焼き>は、正式には『国際陶器野焼きフェスティバル』と呼ぶそうですが、今年で9回目ということです。7月27日に催された開会式に御招きを頂いたので、ネべリスクを訪ねてみました。

この日のネべリスクはよく晴れて、気温も少し上がり、日中には海霧が発生していましたが、夕刻に至っても好天が継続していた日でした。「絶好の催事日和」です。

↓<野焼き>の準備で、会場の一画に薪を積み上げた場所が設えられています。
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この薪の設えが落ち着いた辺りの午後6時頃から、会場がオープンする感です。ハッキリ「オープン」としないのは、午後7時台に様子を視ても、特設ステージで色々な準備も行われ、その脇で若干の出店が営業を始め、ポツポツと来場が見受けられる感で、「やっている?」という雰囲気も漂っていたからなのですが。

↓会場の一隅で、「陶器づくり体験教室」が催されていました。
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↑小さな子どもから大人まで、多くの人達が順番に指導を受けながら作品を形にしていました。

↓午後9時半予定の開会式が近付くと、次第に人が多くなり「オープン」というムードも高まります。
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↑小さな街の「サマーフェスティバル」という趣です。家族連れで、或いは親しい人同士で誘い合ってという感で、ドンドン人が増えていました。

↓予定の午後9時半を少し過ぎてもなかなか開会式が始まらず、少し不思議に思ったのでしたが、この日は好天で何時もより明るい感じが少し長く続き、「ステージの照明効果」を慮って、少し開始を遅らせたのだということでした。
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↑結局午後9時45分頃に開会式が始まりました。スクリーンに画を映しながら、照明や音楽でショーアップし、賑々しく開会式が始まりました。この種の催しを視ると、何時も「ロシアは舞台芸術が得意な…」というようなことを思います。

開会式の中で、この催事に長く携わっているサハリンの作陶家であるナターリャ・キリューヒナ氏が、経過を交えたコメントをステージ上でされていました。

キリューヒナ氏は日本の作陶家である岡井仁子氏と交流が在って、岡井氏が行っていた<野焼き>への参加、或いは合同展の開催ということをしていたそうです。そうした中、「友好の火、創作の火、平和の火」ということで、サハリンの地で<野焼き>を催すことを思い立ち、岡井氏の協力を得て催行したというのが、この<野焼き>の事始めということでした。

2010年からネべリスク市の「ノーヴァヤ・ゼムリャ」と呼ばれる場所を会場に、<野焼き>は続けられており、「独特な文化的な催事」として高く評価され、ネべリスク地区の皆さんばかりではなく、サハリン各地やロシア極東各地からの参加も見受けられるようになって来ているとのことです。

因みに「ノーヴァヤ・ゼムリャ」とは「新しい土地」という意味です。ネべリスクでは2007年に直下型地震が発生し、多くの建物が損なわれて街の再建に努力した経過が在りますが、この「ノーヴァヤ・ゼムリャ」は「地震で隆起した新しい地面」なのです。海側に突き出た広場のようになっています。

↓華やかなステージで始まりましたが、いよいよ薪に点火します。
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↑点火する役が割当たった皆さんが松明を手に薪の周りに集まります。

↓火が点くと喝采が沸き起こりました。
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↑この薪の中に、用意された陶器作品が入っていて、27日の夜から29日の朝に掛けて焼き上げるのです。

↓「火」という漢字は、「形を抽象して出来た」というような話しを聞いたような記憶も在るのですが、こういう炎を視てそんな話しを不意に思い出しました。
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↓薪に点火してから程なく、盛大に花火です。
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この催事の期間中、ネべリスクでは方々の作陶家が指導を行う「陶器づくり体験教室」が盛んに行われ、特設ステージで賑やかな音楽や踊りが繰り広げられます。

↓<野焼き>の炎を眺めながら、遅くまで『ミュージックマラソン』と銘打って、ステージで様々な歌や演奏や踊りが披露されていました。
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日ロ両国の作陶家による交流が切っ掛けで起こった催事が、「街を代表する催事」に育って根付いています。来年は「10回目」ということで、早くも「“記念”でもっと盛り上げよう!」という話しになっているそうです。
posted by 稚内市サハリン事務所 at 11:07Comment(0)カルチャー

Тельняшка(チェルニャーシカ)(2018.07.25)

「方々が酷く暑いようで…何やら本当にとんでもない気温になっている場所のニュースも視たが…対して当地は?或いはこの状況を善しとすべきか…」というようなことを話題にしているのが随分と聞こえるユジノサハリンスクの昨今です。

最近は天候が変わり易く、「冴えない天候」という感の時間帯と「爽やかな好天」という感の時間帯とが「1日の中に同居?」というような感じです。

7月前半頃までに頻発していた肌寒いような感じは免れ、日中の気温は「20℃を超えるか、超えないか?」という日が多くなりました。「暑い…」と感じるレベルの25℃辺りは未だ少ないのですが、何となく湿度が高いので、気温の数字以上に暑いような気がする場合も在ります。

更にユジノサハリンスクに関しては、気温が上がらない早朝から午前中の早めな時間帯と、日中から夕方までとの「温度差」が意外に大きく、多少戸惑う場合が無いでもありません。

こうした状況下、「汗をかいてしまって、着替える頻度」が少し高くなり、それに伴って「洗濯の頻度」もやや高まります。

↓そういう中で、「洗濯の頻度」が高くても、「草臥れた感じ」になり悪いロシア製の長袖Tシャツが在って、かなり気に入ってしまいました。
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↑水兵のシャツが起源であるというモノで、現在でもロシア海軍や他の機関で使用されている仕様のモノであるとのことです。

この「チェルニャーシカ」(Тельняшка)と呼ばれるモノには色々な仕様のモノが在ります。薄い生地で、表側にだけ横縞が入っているようなモノは、「洗濯の頻度」が高いと直ぐに草臥れた感じになってしまいます。写真のモノは、“二重”というのか、表も裏も横縞が入った少し生地が厚いモノです。このタイプは「洗濯の頻度」が高くても「草臥れた感じ」にはなり悪いです。

ユジノサハリンスク市内では、薄い生地のモノは400ルーブル位で、厚い生地のモノは600ルーブル位で売られています。

洗濯物も余り溜めると「手が施せない…」ということになるので、多少は気を遣って、頻度を高めています。そうなると、「洗って干している間に着る…」ということで、この「チェルニャーシカ」を買い足してしまいます。昨年は、薄い生地のモノを「夏季には好さそう」と求めていましたが、直ぐに「草臥れた感じ」になってしまいました。対して、厚い生地の方はそういうこともないので、最近は専ら厚い生地の方を使います。

25℃を超えようかという中、厚い生地の長袖Tシャツであるこの「チェルニャーシカ」は、少し汗を多くかいてしまうのですが、昨今のユジノサハリンスクの感じでは「丁度好い」ような場合が多いと思います。そして、長袖Tシャツは「肌に太陽光線が当たる部分が半袖より少ない」ので、それが意外に快適です。
posted by 稚内市サハリン事務所 at 07:00Comment(0)モノ

コルサコフ港に上陸し、ユジノサハリンスクへ路線バスで向かう?バス停は?

多少長い記事タイトルを出しました。

所謂「よくある質問」ということで「船でコルサコフ港に到着し、ユジノサハリンスク市内のホテルに泊まります。行き方は?」というお尋ねを耳にします。

「纏まった人数でサハリンを訪問する」というような場合については、「コルサコフ港とユジノサハリンスク市内のホテルとの間の送迎」を事前に手配しておくのが一般的であるように見受けられます。が、1人や2人というような次元になると「そこまで、どうしても事前手配しなければならないのか?」と考える方も多いと思われます。

「タクシーを使う」という手段も在り得ますが、「その辺で“客待ち”のタクシーの運転手さんに御願いして」というようなことにはなり悪く、「電話で呼ぶ。呼ぶ際に、何人で何処から何処までと申し出る」というようなやり方が一般的で、「とりあえずコルサコフ港に上陸した旅行者」の目線では少々面倒かもしれません。

「客船に乗降する場所」となれば、「直ぐ目の前でもなくても、何らかの公共輸送機関が動いているのでは?」と考えたくなります。実は、コルサコフ港の旅客施設に関しても、5分強も歩けば「ユジノサハリンスク市内へ向かう路線バス」に乗車可能なバス停留所が在ります。

2018年7月7日に現地に入って、場所を確かめました。

↓これはコルサコフ港の旅客施設の出入口です。7月撮影ですが、5月の催事のポスターがそのまま残っていました。
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↑少し「紛らわしい」のですが、画の左側、画が切れている辺りに「バス停」が在ります。しかし、その停留所はコルサコフ市内や近郊で運行されている路線のモノで、ユジノサハリンスクとの間を往来する路線バスが停車するのでもありません。

↓上記の旅客施設を背に立つと、こういう様子が視えます。右側に小さな建物の商店が在ります。
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↑足下の「白と黄色に塗り分けられた横断歩道」を渡ります。信号が設置されていない横断歩道は多く見受けられます。が、この画の左寄りの足下に視えるような「白と黄色に塗り分けられた横断歩道」の箇所では「歩行者優先」がかなり徹底しており、道路は渡り易いと思えます。

↓上記の横断歩道を渡った後、左側へ進みます。
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↑画の真中、少し大きな街路樹の方向へ真っ直ぐ進みます。

↓少し傾斜が在る通との交差点が近付きます。
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↑画の右側の少し大きな建物は税関の庁舎とのことです。

↓交差点の交通標識が少し特徴的で、「好い目印」になると思います。
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↑動く自動車が画に入っていますが、「芝生が盛上った箇所」がロータリー式交差点になっていて、標識はその旨を示しています。この標識の辺りから道なりに右へ進みます。

↓程無く、先程在った税関の庁舎の裏側の通と進んで来た通との交差点が在るのですが、そこに視える商店になっている黄色の建物の前がバスの停留所です。
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↑ここも、画の右端の足下に視える「白と黄色に塗り分けられた横断歩道」を渡ります。

↓バスの停留所です。
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↑正面に停車中のバスは「333」と赤い数字の運行系統番号を掲出しています。これがユジノサハリンスクへ向かう路線のバスです。

この辺りまで、コルサコフ港旅客施設前から歩いて5分か6分かという感じです。多少荷物が在って、ゆっくりした足取りであっても、10分以内と見受けられます。

このバス停留所ですが、コルサコフ市内や近郊で運行されている幾つかの運行系統の路線バスも発着しています。が、ユジノサハリンスクへ向かう路線バスは「見分け易い」と思えます。というのは、他の運行系統は一桁数字か二桁数字の運行系統番号を掲出しているのに対し、ユジノサハリンスクへ向かうバスは「115」または「333」と「三桁の運行系統番号」を掲出しているのです。

このバス停留所に限ったことでもないのですが、ユジノサハリンスクへ向かうバスの時刻表のようなモノが掲出されているのは見当たりません。が、コルサコフ・ユジノサハリンスク間については、日中は「概ね15分から30分に一本」、平均して「20分に一本位」で運行されていて、この停留所に関しては「大概は画のように1台停車して待機中」というように見受けられます。

バスに関しては幾つかのタイプが在りますが、視掛ける頻度が高いのは画のような「十数人が乗車定員の車輛」です。ユジノサハリンスク市内への運賃は、2018年7月現在で片道135ルーブルで、終着のユジノサハリンスク鉄道駅前までの所要時間は概ね1時間弱です。尚、支払は現金のみであるようです。

コルサコフからユジノサハリンスクへ北上する場合、コルサコフ市内の何箇所かで乗客を乗せてから、古くからの道路に入ります。コルサコフ市の市域を過ぎると、かのチェーホフの『サハリン島』にも出て来るような地名の場所を通り過ぎて行きます。やがてユジノサハリンスク市の市域に入り、空港に近いホムトヴォを抜け、商業施設<シティーモール>の巨大な建物が視え、その辺りに停留所も在ります。バスはそのままミール通を進み、パベーダ通との交差点で左折してレーニン通に出ます。レーニン通を少し北上し、巨大なレーニン像が在る辺りから駅前の停留所に入って終着です。

このコルサコフ・ユジノサハリンスク間の路線ですが、両市の間を往来する人達が存外に多いことから、バス車内は「何となく混んでいる」場合も多いように見受けられます。

<チキンビリヤニ>:ユジノサハリンスクのインド料理店(2018.07.08)

ユジノサハリンスク市内、それも住まいや稚内市サハリン事務所から然程遠くない辺りに「インド料理の店」が在ります。

聞けば、1990年代頃からの意外に長い経過を有する店で、開業当初は札幌に在るインド料理のチェーン店が少し関わったらしいのですが、現在では完全に関係は無いようです。

時々寄ってみるのですが、何となく混み合っている場合も在れば、比較的空いている場合も在るという感じです。

↓過日寄った際、こういうモノを頂きました。
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↑<チキンビリヤニ>というそうです。鶏肉やゆで卵が沢山入っていました。

“ビリヤニ”というのは、パキスタンや南インドで盛んな米を使うメニューで、手を掛けて作る本格派となると、酷く手間が掛かるメニューと聞きます。この店で出て来たのは「インディカ米を使った、スパイシーなピラフ」という趣きでした。

何となくこれをメニュー表で眼に留めて、「米飯?時には好いか…」と頼んで頂いたのでしたが、色々な種類の肉や野菜を使った様々な料理が出て来る店です。

ユジノサハリンスクは「人口20万人程度」ということになります。そういう規模の街で、「○○料理」と「少し変わったモノを供する」という店が見受けられるというのは、日本国内の感覚で言えば「在るような、無いような感じ」に思えました。

サハリンやロシア全般では、「ロシア以外に由来の料理」というモノが、或いは「入り易い」のかもしれません。旧ソ連の国々の名を冠して「○○料理」と謳っている事例が時々見受けられますし、「旧ソ連諸国に由来の料理」というようなモノがソ連時代に普及、一般化した例が幾分在り、そういうモノをさり気なく供する場所は然程珍しくもないのかもしれません。

そういう背景を想っても、「人口20万人のロシアの地方都市にインド料理店」というのは、「少し凄い」ような気はします。日本国内で「人口20万人程度の街」で、インド料理店が無いという例は幾らでも在ると思います。(逆に、もっと人口規模が小さな街にインド料理店が在るという事例も在るのかもしれませんが。)

こうした「一寸変わったモノを供する店」の存在が示すのは、「時々外食を楽しむ」という人達の割合が「実は意外に高い?」ということなのかと考えてしまいます。

夏の夕焼け:レーニン広場(2018.07.23)

朝は「やや気温が上がらない?」という感じでしたが、日中は天候が好転し、一日を通じて晴れている時間帯が多い月曜日でした。気温も20℃を超えました。陽射しがやや強く、用事を足そうと戸外を歩いた際には「クラり…」とするような感じもしないではありませんでした。

そういう一日を過ごし、夕食を摂って住まいに引揚げてゆっくりしていましたが、日中に差し込んでいた陽射しで屋内の空気が温くなっていて、多少居心地が好くなかったので戸外を少し散策しました。

↓午後9時台に差し掛かろうかという辺りです。
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↑レーニン像の背中側、西寄りな空の色が傾く陽の光で少し変わり始めています。

↓やがて複雑に拡がる雲が、西日に染まるような感じになります。
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↑辺りの「空気に色が着いた?」かのようになります。

↓複雑に拡がっていた雲が風に押し流されて、少し明るい空の部分が広くなりました。
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↑残照とでも言うのか、低い位置からの光を受けた雲が赤味を帯びて光っています。

↓概ね午後9時40分頃になると、レーニン広場周辺も灯りが点き始めます。
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↑この「灯りが点く時間帯」が、夏、秋、冬とドンドン早くなって行くのです。

こういう夕焼けは、冬季に比べると遅めな時間帯であり、夏季は然程頻繁に視るのでもないのですが、偶々視ると何か「心動かされる」ようなものも在ります。

夕立の後…:レーニン広場(2018.07.21)

休日の土曜日、雲が多く湿った感じで然程暑くもなかった朝だったのですが、日中は天候が好転して気温も25℃を超えました。

未だ明るい筈な夕方の時間帯に室内に居たのですが、何か窓辺が急に薄暗くなりました。雲が俄かに集まり始め、やがてなかなかの勢いで雨が降り始めました。「夏らしい」感じの夕立でした。

夕立は程無く上がったのですが、何か少し屋内が蒸しているような感じになり、少し戸外に出てみました。

↓短い時間に強めに雨が降ったので、道路が濡れていて、色々なモノが映り込んでいます。
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↓日が沈んで行くような時間帯に差し掛かっていて、空の感じが素早く変わり、辺りの「暗さ」が急速に増します。
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↓灯りが入り始めました。少し前まで「殆ど午後10時」というような時間帯に灯りが目立ち始めたのですが、極最近は15分、20分そういう時間帯が早まっているように見受けられます。
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↑広場の灯りが道路に映り込み、幻想的な雰囲気を醸し出しています。

日中に「25℃超」で、歩き回ると汗をかき、引揚げた住まいでシャツを替え、汗が着いてしまったシャツを置いておけば「湿った状態が少し続いてしまう」というような感じは、「今季初?」というような気がした土曜日でした。そして、そんな日に「夏らしい」感の夕立でした。

ユジノサハリンスクも「一応は夏」という感になっています。

25℃超の日…:<大祖国戦争勝利70年並びにキリスト生誕記念主教座大聖堂>(2018.07.21)

雲が多く、少し湿った空気という朝の気温は15℃を切っていたという土曜日でした。日が高くなって行く中で、雲が流れ去って青空が覗くとドンドン気温が上がりました。

↓こういう具合に、青空と陽射しが眩しいような状況で、気温が25℃を超えました。
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↑丸い独特な形の屋根“クーポル”が陽射しを跳ね返しているのが眩しいのですが、大聖堂を見上げると、青空に吸い込まれそうな感でした。

25℃を超えたのは「今季初めて?」というような気がしました。歩き回れば酷く汗をかきました。

こういう状況であった日中ですが、夕刻には雲が多くなって俄かに薄暗くなり、少し強めな夕立が見受けられました。

漸く“夏”という趣が強くなった感のユジノサハリンスクです。
posted by 稚内市サハリン事務所 at 07:00Comment(0)訪ねる