<ガガーリン公園>として「50年」(2018.06.17)

ユジノサハリンスクの街の都心部で、北東寄りな辺りに「市民の憩いの場」として親しまれている<ガガーリン公園>が在ります。

街の少し東寄りを南北に延びているコムソモリスカヤ通を北寄り側へ進み、東西に延びるサハリンスカヤ通との交差点が視えるような辺りに公園の“メインゲート”が在ります。

↓<ガガーリン公園>という名前の由来になっている、「初めての有人宇宙飛行」を成し遂げたユーリー・ガガーリンの像が入口近くに設置されています。
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↑見上げるような感じになる、背が高い台座の上にガガーリン像が載っていますが、大きさが少し判り悪いように思います。ガガーリン御本人は小柄な方だったとは聞きますが、それでも等身大のようにも、等身大より一回り小さいようにも見える微妙な感じです。

↓普段から公園のイメージの看板、催事に因む飾りや御報せ、または広告らしきものが見受けられる場所ですが、ここに「公園の歴史」のような紹介が入った内容の看板が掲出されていました。
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↑画の左側、看板の一部にモノクロの人物写真が入っています。宇宙飛行士のユーリー・ガガーリンの肖像写真です。

「公園の歴史」の内容を読んでみました。

1906年、“豊原”の都市建設の中で現在地が「公園」ということになりました。1946年には、ユジノサハリンスク市における「公園」という指定を受けています。

1968年、「初めての有人宇宙飛行」を成し遂げたユーリー・ガガーリンが他界した際、「ガガーリンを記念した公共施設を」という市民の請願が起こり、この公園を<ガガーリン公園>と命名したということです。

2018年は、<ガガーリン公園>となってから50年、半世紀となった記念の年ということになります。

↓この日に初めて気付いたのですが、何時の間にか園内に在った看板です。未だ新しいモノのように見受けられました。
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↑「ハート」を「愛する」という意味の「リュブリュー(люблю)」と読ませ、「ヤー リュブリュー パルク」、「アイ ラブ パーク」ということにしている訳です。

この「ハート」を「愛する」という意味の語に読ませるという看板やイラストのようなモノは、方々で視掛けるような気がします。ロシアと言わず、日本国内でも少し前に視掛けました。

ユジノサハリンスク市内で、「公園」を意味する「парк」(パルク)という呼称を持つ場所は、この<ガガーリン公園>だけです。それ故に、地元の人達は<ガガーリン公園>を指し示して、漠然と「パルク」と表現する場合が多々在ります。

実際、昨年の4月、5月に筆者がユジノサハリンスクに来て、この漠然とした「パルク」を聞いて「何処の?」と思いました。ユジノサハリンスク市内には、日本国内の感覚で“公園”と呼びたくなる都市緑地が多く在ります。それらは「広場」を意味する“сквер”(スクヴェール)と呼ばれていたり、近くの目印になるモノを挙げてみる、「〇〇通と〇〇通との交差する辺り」という言い方をするなどして場所を特定しています。

<ガガーリン公園>で待ち合わせでもしようということになれば、「パルクで会おう!」ということになりますが、厄介なのは公園が広いことです。そういう場合には「パルクの〇〇の場所で会おう」と言います。そういう場合の「〇〇」の例として、ガガーリン像は御馴染な例の一つということになります。

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