「2回目」(!?)な「新年」(??)(2019.01.14)

御近所の方が言いました。

「昨日のことだ。家の犬が、例によって散歩に出たがる。連れて出て、何時ものコースに進もうとするが、あの犬は直ぐに立止ってしまった。“行くぞ!”と促したが、動かない。帰りたがったんだよ。犬が…昨日は氷点下24℃だったかい?」とです。

戸外に出たがった犬を連れて出ると、望みが叶って元気な筈の犬が「退散」したがるような寒さが続くユジノサハリンスクです。

そういう中、少し「妙?」に感じる表現を耳にしていた昨今でした。

「Старый Новый год」(スタールィー ノーヴィー ゴード)という表現です。

「Старый」(スタールィー) は「古い」で、「Новый」 (ノーヴィー)は「新しい」です。「新しい」としているモノを「古い」というように形容している感じで、初めて聞いた頃や、余り慣れていなかった頃は「妙に落ち着かない…」と多少の違和感のようなものを覚えたのでした。

これは「Новый」 (ノーヴィー)だけに目が向くと感じてしまう違和感で、「Новый год」(ノーヴィー ゴード)の2語で「1つの固有名詞」と考えれば、それ程に違和感は在りません。「Новый год」(ノーヴィー ゴード)は「新年」です。

ということは「Старый Новый год」(スタールィー ノーヴィー ゴード)で「古い“新年”」ということで、「旧正月」という程度に表現すると抵抗感が少なくなると思います。

ロシア正教の教会では旧い暦を使っていて、「クリスマス」が「1月7日」ということになっています。そのまま日付が進んで行くと、年が改まるのは「1月14日」です。この「1月14日」が「Старый Новый год」(スタールィー ノーヴィー ゴード)と呼ばれています。「古い“新年”」で「旧正月」です。

ロシア正教の「クリスマス」である「1月7日」は明確に「祝日」ですが、「1月14日」は「平日」です。と言っても、「年末年始に休暇を取って時間を設け、何処かを訪ねる」というようなことをしようとする人達の中に、「12月下旬から年始休業の時期を休暇」というパターンの他に、「やや少数派?」という感ではあるものの「年始休業の時期から“旧正月”の辺りまで引き続きで休暇」というようにしている方も見受けられます。

結局、「1月14日」が「旧正月」ということも在って、ロシア流なクリスマスツリーの“ヨールカ”は1月半ば頃まで輝いた状態で飾られているのでしょう。

多数派とは言い悪いかもしれませんが、「1月14日」に関して、親しい人達で集まって愉しく過ごすというようなことをしようとする人達も見受けられるようです。実際、花火を上げている人達が在る音が聞こえていました。

何となく、「少しばかりの時間差」で「新年」の「2回目」が在るような、不思議な気分になります。が、「1月1日」に残ってしまったスパークリングワインを開けてみたのでした。

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“クリスマス”が“越年”する感…(2019.01.02)

或る程度の頻度で利用する飲食店の多くは、「12月31日に早めに閉店。1月1日に休業。1月2日以降は普通の休日のように営業」という具合でした。1月2日に、「今日はあそこが開いている筈だから…」とコーヒーを頂いて食事を摂ることも出来る店に立寄ってみました。

↓店内にこんな飾りを見付けました。
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↑可愛らしい“クリスマス”というイメージの「雪だるま君」です。

↓棚の上にこういう具合で飾られていました。「1月2日」の状況です。
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↑こうした飾りは12月下旬辺りまでに登場し、そのまま“越年”しています。

色々な国々で“クリスマス”は「12月25日」です。が、ロシアでは旧い暦をロシア正教で使い続けている関係で「1月7日」が“クリスマス”です。

ロシアの流儀としては、「1月1日の新年と1月7日のクリスマス」を「併せて祝う」という感じで「12月半ばを過ぎた頃から1月半ば頃」という時季に、「ロシア流のクリスマスツリー」ということになる“ヨールカ”等を飾る訳です。

立寄った店は、何処となく“ファミリーレストラン”という雰囲気の店で、親子連れから何人かのグループ、1人で飲物を頂くことや食事を摂ることをする人達まで、老若男女が幅広く集まっている感じの場所です。そういう場所柄、「季節の催し」というようなことで、店内に飾りを工夫しているように見受けられます。そういう流れで、この「雪だるま君」を含む、“クリスマス”的な飾りが登場したのでしょう。

↓とりあえずコーヒーを頂こうとした際、何か“クリスマス”的な設えの、大きなクッキーのようなお菓子を眼に留めて、一緒に求めて頂きました。甘過ぎない大きなクッキーに、甘いモノで“クリスマス”的な模様を入れています。
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↑“クリスマス”的な設えのお菓子ですが、これは年が改まって以降に新たに入荷したような気配は在りません。或いは、店にモノを卸す製菓工場が年始期間で休業していて、入荷が見受けられないということなのかもしれませんが。

日本国内の商業施設等では、“クリスマス”の12月25日が過ぎると「12月26日時点でクリスマスの飾りは原則撤去」という感じになっているように見受けられます。色々な国々で、必ずしもそういう具合でもないのですが、日本の場合は「古くからの新年の飾りをする習慣に、ずうっと後になって、クリスマスを“挿入”した」というような感で、そういう状況の故に「クリスマスが済んだら、速やかに新年の飾りを」ということになるのかもしれません。

現在、ロシアでは1月1日と「ロシア正教のクリスマス」である1月7日とが“祝日”です。この両者に挟まれた期間等が、政令で休日に指定されます。「1月1日から1月8日が休日」という感じが定着しています。

“ソ連時代”や1990年代には、現在のように「1月1日から1月8日が休日」という感じでもなく、個別に色々な状況は在ったものの、1月2日以降は「普通に活動」というような企業や機関が多かったようです。

ユジノサハリンスクの現状ですが、年末から穏やかな天候の日が多くなっています。晴天の日には気温が下がる傾向も在るのですが、1月に入って「氷点下20℃」という状況も在ったようです。何か「年始の休日が多い期間」を過ぎると、「厳冬期が待っている」という感じです。

年末年始の飲食店営業時間

ユジノサハリンスクでは「飲食店が多く集まっている」というような特定の地区は特段に無いのですが、方々に色々なタイプの店が見受けられます。

食事を摂ることが出来て、飲物にビールも在るというような感じの場所が、筆者は日常的に食事に利用するような場所になりますが、そうした店は「昼前の10時や11時に店が開いていて、閉めるのは夜10時や11時」という感じである場合が多いです。

そういうような利用頻度の多い場所に関して、年末年始の営業時間を一寸確かめました。

12月31日に関しては「午後5時まで」、「午後6時まで」と早めに閉店する例が多い感じです。

1月1日に関しては「休業」が目立ちます。

1月2日からは、休日の営業パターンで普通に営業という感じが目立ちます。

これは筆者の利用頻度が高い何軒かの様子を聞いた結果で、個々の店で対応は各々なようです。が、「12月31日は早めに閉めるか休業。1月1日は休業。1月2日以降は営業」というのが、何となく“公約数的”な飲食店の営業状況に見えます。中には「新年を迎えよう!」と12月31日に終夜営業という場合も在るようです。

とりあえず、「1月1日は食事に出るのでもなく、住まいで何かを頂く」ということを念頭に何かを用意しておき、それ以外は他の時期と同様に何処かの店で食事は摂れそうな感じです。

↓12月31日に、少々早めのランチを頂こうと出掛けましたが、立寄った店はとりあえず空いていました。
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年末年始の「ニューイヤーカード」を印刷…(2018.12.20)

日本の「年賀状」に少し似た慣例がロシアにも在ります。サハリンでも盛んに行われていますが、クリスマスから年始の時期を祝うカードを贈り合うという慣例です。

稚内市サハリン事務所でも、様々な機関の代表の方やお世話になっている方達等へそうしたカードを毎年贈っています。

↓昨年もそういうことをしていた旨を御紹介したところでした。
>>「ニューイヤーカード」(2017.12.14)

色々なデザインのカードが販売されていて、カードが綺麗に入るようになった、そのまま宛先を書き込んで郵送可能な封筒と併せて購入するように例年はしていました。そういう具合にすると、カードに添えるべきメッセージは別途紙に刷って、カードに切り貼りするようなことも必要で、存外に手間が要ります。

↓そこで思い出したのが、春に名刺の印刷を御願いしたお店でした。
>>ユジノサハリンスク市内でロシア語の名刺を作ってみた…(2018.04.06)

この名刺を御願いしたような印刷店では、年末年始の「ニューイヤーカード」のようなモノも制作が可能です。

「ニューイヤーカード」の雛形のようなモノに「御祝い申し上げます」というような字を添えて、中のメッセージも好みの写真等を加えて創ることが出来ます。加えて、リストアップした宛名を予め入れてしまうことさえ出来ます。

「カード+封筒+メッセージの用紙」を購入で、メッセージの用紙へプリントする場合のプリンタ用インクカートリッジも見え難い経費で、存外に手間も掛かります。対して、印刷を御願いしてしまえば、封筒に宛名を入れるだけのような感じです。「印刷」の代金に「封筒」の購入費が要ります。

両者を比較検討したところ、昨年より郵送料が少しだけ上った関係で「封筒」は昨年より少しだけ高いのですが、「印刷を御願いして封筒を求める」というやり方をしても、昨年までの方式と経費的には大差が在りません。スタッフとの相談で、新方式を試してみることにしました。

↓こういう感じになりました。
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↑左が表面で、二つ折りにします。開くと右側のようになります。

↓表面は「ニューイヤーカード」の雛形に「稚内市は2019年を御祝い申し上げます」と文字を添えました。
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↑この「稚内市」の箇所に、各々の機関や個人の名前を入れて刷ってもらう訳です。

↓開いた中には、筆者が持っている稚内の写真データからスタッフが選んでくれた画を添え、定型的なメッセージを添えています。「ニューイヤーカード」に関しては「冬をテーマにした画」というようなものが好まれるということで、スタッフは「贈る側の稚内市らしさ」という見地で稚内港北防波堤ドームの画の中から、積雪が在る時季の画を選んでくれました。
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↑写真は予備用の、宛名を手書きするようにしているモノですが、宛名箇所にリストアップした先様の宛名―ロシア語の場合、丁寧な呼び掛けの「名+父姓」を入れます―が刷り込まれるのです。

サハリンにも、こういう便利なサービスが色々と在るので、利用する機会が在れば御紹介してみたいと思います。

「ニューイヤーカード」に関しては、幾つか「届く時のパターン」が在ります。

郵便で普通に届くという場合の他、郵便局を介するのでもなく、誰かが所属先のカードを持って配って回るという形で届く場合が在ります。その他に「年末の御挨拶」というような具合に、直接に事務所を訪ねて来られて、そこで「ニューイヤーカード」を持参頂くというような場合も在ります。

稚内市サハリン事務所でも、上述のようなパターンで、準備したカードを関係先にお届けすることになります。週末までに準備し、一部はお届け出来ているのですが、週明けには「続き」に勤しみます。

ユジノサハリンスク空港=近い将来は「アントン・チェーホフ空港」という通称へ…

ユジノサハリンスク空港では、新しいターミナルビルの建設が進められています。

↓搭乗した飛行機の窓から見える、現在のビルです。
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↑現在は、搭乗する旅客のエリアの1階に集められ、そこからバスで飛行機の辺りに運ばれ、タラップで搭乗です。新しいビルが出来ると、少し様子も変わるのだと想像されます。

そういう新しいビルの建設ということも在って、新たな呼称を決めようというインターネット投票が行われていました。投票結果を参照して、「選考委員会」で決めるということだったようです。

最近、「公共施設に偉人の名前を」という動きが在るようです。直訳すると「〇〇・〇〇記念空港」というような呼び方にする訳です。こういうのは方々の街の文化センターや劇場や、その他の様々な施設に見受けられます。更に言えば、ソ連時代からの工場等にもそういうのが見受けられます。

ユジノサハリンスクの空港に関して、候補に挙がったのは、サハリンのことを広く紹介したとされるネヴェリスコイ、更に古い時代のクルーゼンシュテルン、そして1890年に実際にサハリンを訪れている作家のチェーホフということだったそうです。他の名前を出して投票したという事例も在ったのかもしれませんが、特段に伝わってはいません。

何となくネヴェリスコイかクルーゼンシュテルンが「本命?」というような雰囲気が感じられたのですが、伝えられた結果はチェーホフでした。ロシア国内に留まらない、より広い知名度の在る人名はチェーホフということになると思います。チェーホフの戯曲は各国の演劇界で取り上げられて上演されています。以前にコルサコフの方が「誰でも“とりあえず名前は知っている”という程度に、非常に有名なロシアの作家」と言ってコルサコフに彼が足跡を残していることを紹介して頂いたというのが忘れられないのですが、サハリンの施設に「〇〇記念」と名付ける場合には妥当な選択ということになるかもしれません。

近い将来、「アントン・チェーホフ記念ユジノサハリンスク国際空港」という正式名称になる訳ですが、航空便を利用する場合の行先表示は「ユジノサハリンスク」とか、3文字コードの「UUS」で変わらない筈です。

現在も色々な方面とを結ぶ便が発着していますが、新しいターミナルが出来ると、更に利便性が向上することが期待されているようです。
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学校の食堂:ネベリスク(2018.10.24)

<日本文化紹介事業>ということで、ネベリスクを訪ねて<第3番学校>に御邪魔しました。

<第3番学校>はネベリスク市内に2校在るという、1年生から11年生(6歳から17歳)の児童生徒が学ぶ学校で、在校生は約600名と聞きました。

<日本文化紹介事業>の催事は昼頃から始めることになっていたのですが、昼食が出ることになっていました。

↓校長先生に御案内頂いた場所がここでした。
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↑校舎内に食堂が設けられています。60名から70名が一度に食事を摂れそうなホールです。

こういう食堂は、ネベリスクの<第3番学校>に限らず、サハリン各地の、更にロシア国内の学校で一般的なものだと言います。

地域毎に多少の違いは在るのかもしれませんが、原則的には1年生から4年生は“無料給食”で、決められた時間に食堂へやって来て食事を摂ることが出来ます。それ以上の学年は、別な割り当てられた時間帯に、簡易なカフェテリアとして有料で食事を摂ることが出来るようになっています。また、4年生より上の学年であっても、家庭の事情等により給食ということになる児童生徒も在るといいます。

↓出て来た食事はこういう感じでした。
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↑サラダ、スープ、メインの料理で、画には入りませんでしたが脇にパンが添えられます。序でにジュースが出ました。

この日のメインの料理はイカにライスを詰めたもので、ジャガイモが付け合せでした。スープは野菜と肉団子が入ったものでした。

食堂で“給食”という体裁で食事という場合は、こういうようなサラダ、スープ、メインの料理が「セット」で出て来ます。簡易なカフェテリアとして有料で食事という児童生徒に関しては、「セット」の他に、例えば「サラダとパンだけで…」というように、好みのモノだけを求めるということも出来ます。

学校に通う児童生徒達が食事を摂る場所に関しては、こうした催事で学校を訪ねるということでもなければ視る機会も在りません。少し貴重な経験となりました。

コルサコフ港に上陸し、ユジノサハリンスクへ路線バスで向かう?バス停は?

多少長い記事タイトルを出しました。

所謂「よくある質問」ということで「船でコルサコフ港に到着し、ユジノサハリンスク市内のホテルに泊まります。行き方は?」というお尋ねを耳にします。

「纏まった人数でサハリンを訪問する」というような場合については、「コルサコフ港とユジノサハリンスク市内のホテルとの間の送迎」を事前に手配しておくのが一般的であるように見受けられます。が、1人や2人というような次元になると「そこまで、どうしても事前手配しなければならないのか?」と考える方も多いと思われます。

「タクシーを使う」という手段も在り得ますが、「その辺で“客待ち”のタクシーの運転手さんに御願いして」というようなことにはなり悪く、「電話で呼ぶ。呼ぶ際に、何人で何処から何処までと申し出る」というようなやり方が一般的で、「とりあえずコルサコフ港に上陸した旅行者」の目線では少々面倒かもしれません。

「客船に乗降する場所」となれば、「直ぐ目の前でもなくても、何らかの公共輸送機関が動いているのでは?」と考えたくなります。実は、コルサコフ港の旅客施設に関しても、5分強も歩けば「ユジノサハリンスク市内へ向かう路線バス」に乗車可能なバス停留所が在ります。

2018年7月7日に現地に入って、場所を確かめました。

↓これはコルサコフ港の旅客施設の出入口です。7月撮影ですが、5月の催事のポスターがそのまま残っていました。
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↑少し「紛らわしい」のですが、画の左側、画が切れている辺りに「バス停」が在ります。しかし、その停留所はコルサコフ市内や近郊で運行されている路線のモノで、ユジノサハリンスクとの間を往来する路線バスが停車するのでもありません。

↓上記の旅客施設を背に立つと、こういう様子が視えます。右側に小さな建物の商店が在ります。
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↑足下の「白と黄色に塗り分けられた横断歩道」を渡ります。信号が設置されていない横断歩道は多く見受けられます。が、この画の左寄りの足下に視えるような「白と黄色に塗り分けられた横断歩道」の箇所では「歩行者優先」がかなり徹底しており、道路は渡り易いと思えます。

↓上記の横断歩道を渡った後、左側へ進みます。
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↑画の真中、少し大きな街路樹の方向へ真っ直ぐ進みます。

↓少し傾斜が在る通との交差点が近付きます。
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↑画の右側の少し大きな建物は税関の庁舎とのことです。

↓交差点の交通標識が少し特徴的で、「好い目印」になると思います。
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↑動く自動車が画に入っていますが、「芝生が盛上った箇所」がロータリー式交差点になっていて、標識はその旨を示しています。この標識の辺りから道なりに右へ進みます。

↓程無く、先程在った税関の庁舎の裏側の通と進んで来た通との交差点が在るのですが、そこに視える商店になっている黄色の建物の前がバスの停留所です。
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↑ここも、画の右端の足下に視える「白と黄色に塗り分けられた横断歩道」を渡ります。

↓バスの停留所です。
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↑正面に停車中のバスは「333」と赤い数字の運行系統番号を掲出しています。これがユジノサハリンスクへ向かう路線のバスです。

この辺りまで、コルサコフ港旅客施設前から歩いて5分か6分かという感じです。多少荷物が在って、ゆっくりした足取りであっても、10分以内と見受けられます。

このバス停留所ですが、コルサコフ市内や近郊で運行されている幾つかの運行系統の路線バスも発着しています。が、ユジノサハリンスクへ向かう路線バスは「見分け易い」と思えます。というのは、他の運行系統は一桁数字か二桁数字の運行系統番号を掲出しているのに対し、ユジノサハリンスクへ向かうバスは「115」または「333」と「三桁の運行系統番号」を掲出しているのです。

このバス停留所に限ったことでもないのですが、ユジノサハリンスクへ向かうバスの時刻表のようなモノが掲出されているのは見当たりません。が、コルサコフ・ユジノサハリンスク間については、日中は「概ね15分から30分に一本」、平均して「20分に一本位」で運行されていて、この停留所に関しては「大概は画のように1台停車して待機中」というように見受けられます。

バスに関しては幾つかのタイプが在りますが、視掛ける頻度が高いのは画のような「十数人が乗車定員の車輛」です。ユジノサハリンスク市内への運賃は、2018年7月現在で片道135ルーブルで、終着のユジノサハリンスク鉄道駅前までの所要時間は概ね1時間弱です。尚、支払は現金のみであるようです。

コルサコフからユジノサハリンスクへ北上する場合、コルサコフ市内の何箇所かで乗客を乗せてから、古くからの道路に入ります。コルサコフ市の市域を過ぎると、かのチェーホフの『サハリン島』にも出て来るような地名の場所を通り過ぎて行きます。やがてユジノサハリンスク市の市域に入り、空港に近いホムトヴォを抜け、商業施設<シティーモール>の巨大な建物が視え、その辺りに停留所も在ります。バスはそのままミール通を進み、パベーダ通との交差点で左折してレーニン通に出ます。レーニン通を少し北上し、巨大なレーニン像が在る辺りから駅前の停留所に入って終着です。

このコルサコフ・ユジノサハリンスク間の路線ですが、両市の間を往来する人達が存外に多いことから、バス車内は「何となく混んでいる」場合も多いように見受けられます。

サッカーW杯の試合中継等:ユジノサハリンスクでのテレビ放送に関すること

ロシア国内でサッカーW杯が開催中です。

大会は、出場32ヶ国のチームを4チームずつ、8つのグループに分けて催した予選リーグが終わり、勝ち残った16チームによる決勝トーナメントが始まり、益々盛り上がっている感です。

開催国枠で出場し、事前の“低評価”を跳ね返して決勝トーナメントにコマを進めたロシアチームの母国ですから、ユジノサハリンスクでもロシアチームの各試合を含めたW杯サッカーの試合はテレビ中継が盛んに流れています。

こうした大きなスポーツイベントに関して、「国内開催」と言えば、人気が高い試合は「テレビを視易いような時間帯」と考えますが、ロシアでは、殊にユジノサハリンスクのような場所ではそういうことにはなりません。

ロシアは東西に大きく拡がる巨大な国土の国で、国内に大きな時差が在ります。モスクワ等の欧州部とサハリンとの時差は8時間です。

決勝トーナメントにコマを進めたロシアチームがスペインチームと対戦した試合は「7月1日 17時キックオフ」でしたが、ユジノサハリンスクでは「7月2日 午前1時キックオフ」です。“極東”の中でも時差が在って、ハバロフスク地方や沿海地方では「午前0時」で、カムチャッカ地方では「午前2時」です。

ロシア国内では、こういうのには「或る程度慣れている」ように見受けられます。ユジノサハリンスクでスポーツ観戦好きな皆さんは「あの試合は〇時だったか?ということは…当地は〇時だから、その頃に…」という具合に備えてテレビ中継を楽しむ訳です。他方、何かこういうのは「日本国内で欧州諸国や米国でのスポーツイベントをテレビ中継で視る」時の感覚を思い出さざるを得ません。

「7月1日 17時」、サハリン時間では「7月2日 午前1時」の試合ですが、“サッカー大国”に数えられるスペインのチームに対し、ロシアのチームが地味な印象も免れ得ず、「ロシアのチームにとっての大会は次の試合までか…」という観方が支配的であったと見受けられます。しかし、実際の試合では「1対1」で得点が動かず、「ずうっとボールを持っている?」というように視えたスペインの攻撃をロシアが凌ぎ続け、延長でも決着が着かず、PKになってロシアが勝ちました。

テレビの実況中継の後半の方から試合終了までを視ましたが、淡々と言葉少ない感で実況中継をしていたアナウンサーが、「勝った!勝った!スペインに勝った!史上初!史上初のベスト8!」と、スペインの5人目のキッカーが蹴った球をロシアのゴールキーパーが弾いて試合が決した瞬間は、「このアナウンサーは多分涙ぐんでいる?」と音声が震えるような、声が裏返るような感じで絶叫していました。

この試合が終わったような頃、ユジノサハリンスクは午前4時頃でした。外では、何処かに集まって試合をテレビ観戦していたらしい人達が戸外に出て来た様子が伺え、暗い街に「ロシア万歳!」というような叫び声や、スタジアムで応援に使うラッパを鳴らすような音が些か聞こえていました。こういう「熱さ」には少し驚かされますが、広大な国の隅々で応援する人達の想いが反映され、劇的な展開が在ったのかもしれません。

このW杯サッカーのような人気が高いモノは、「日本国内で欧州諸国や米国でのスポーツイベントをテレビ中継で視る」時の感覚に似ているかもしれない状況で、ユジノサハリンスクでは楽しまれています。が、こういう「少し特別なモノ」に限らず、普段から「(欧州部で使われている)モスクワ時間の時刻表示がされたままのコンテンツ」がユジノサハリンスクで観られるテレビ放送でそのまま流れている場合が在ります。

「(欧州部で使われている)モスクワ時間の時刻表示がされたままのコンテンツ」がテレビ画面で流れていて、日中に何となく眼に留める場合には然程気になりません。が、朝早くには戸惑うことが時々在ります。例えば「午前6時半」に起き出してテレビを視た時に、画面に「午後10時半」と出るのです。「前夜に眠ったのは?何時だった?あれ?」と訳が判らなくなります。ことに「午前6時半」が未だ暗い場合には、頭の中の混迷は膨らんでしまいます。納得するのに20分かそこらを要したことも在りました。

こういうのに対し、「もう少し細かい」感じの判り悪さも在ります。ロシア全土でテレビコンテンツを放映している局の一部に、全土を幾つかのゾーンに分け、ゾーン毎に「1日の予定コンテンツ」をゾーン毎の時間帯に合わせて流し、“生放送”のニュースのようなモノに限って「(欧州部で使われている)モスクワ時間の時刻表示」が入ったままで流すという方式を採っている例が在ります。

この“ゾーン”の方式の場合、不意に“生放送”に切り替わると「あれ?」と思いますが、何分も経ずに「“生”だから、モスクワ時間の表示が入り込んだ…」と気付きます。

より紛らわしいのは、“ゾーン”が正しくサハリンの時間帯に合わず、「極東」ということでハバロフスク地方や沿海地方の時間帯で放映されていることが在るという例です。例えば「好評な〇〇。本日18時30分放映」と画面で告知され、それを視てみようとユジノサハリンスクで18時30分にテレビを点けても視られないことがあります。放映スケジュールが、「マイナス1時間」なハバロフスク地方や沿海地方の時間帯で動いているので、19時半に至って漸く当該コンテンツが放映されるのです。

こういう紛らわしいのは色々と在りますが、サハリンの地元放送局で自社制作のコンテンツを中心に放送している時間帯では、時刻表示が出る場合には「サハリン時間」で普通に表示され、特段に問題は在りません。

とりあえず国内で1つの時間帯を採用し、テレビ放映等はその1つの時間帯で行われている日本国内と、国内に幾つもの時間帯が存在するロシアとでは勝手はやや違います。が、何れにしても国際的なスポーツイベントで自国チームに声援を贈り、素晴らしい試合に拍手を贈るということに大きな違いは在りません。

「釣銭」の中に「新しい紙幣」(2018.06.08)

ロシアでは昨年10月から新紙幣が流通しています。

ユジノサハリンスクでは12月辺りから出回って、視掛ける機会が生じるようになりました。

↓新しいモノなので、とりあえず写真に収めて、このブログでも御紹介した経過が在ります。
>>ロシアの新紙幣―200ルーブルと2000ルーブル(2017.12.22)

日本での新紙幣発行の様子を思い出すと、例えば「千円紙幣」であれば「伊藤博文の肖像画入り→夏目漱石の肖像画入り→野口英世の肖像画入り」と変遷している訳ですが、何れも「従前のモノを替える」ということになっていて、「少し前まで千円の札は?」という具合に、何時の間にか「新しい方の紙幣」ばかりを視掛けるようになっていました。

こういう例に対して、「二千円紙幣」のように「全く新しく登場」という例も在りましたが、こういう場合は「時々視掛けるようになった」という按配で、従前からの別な額面の紙幣が従前と同様に並行して使用され続けます。

ロシアでの「200ルーブル紙幣」や「2000ルーブル紙幣」は、日本の「二千円紙幣」のように「全く新しく登場」という感の存在です。従前からの紙幣はそのまま普通に使用され続けています。そういう訳で、存外に手にする機会が少ない感です。

↓先日、支払に「5000ルーブル紙幣」を使ったのですが、釣銭に「2000ルーブル紙幣」が入りました。「多分初めて…」と少々驚き、偶々「200ルーブル紙幣」まで在ったので、思わず財布の中身を引っ張り出して写真に収めてしまいました。
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↑「2000ルーブル紙幣」と「200ルーブル紙幣」の背後に在るのは、従前から在る「1000ルーブル紙幣」、「500ルーブル紙幣」、「100ルーブル紙幣」と硬貨です。

ロシアの紙幣には国内の様々な地域をテーマにした画が入っています。青い「2000ルーブル紙幣」は極東をテーマにしていて、ウラジオストクで見受けられる巨大な橋梁の画が入っています。

聞けば、ウラジオストクの名所となっている「橋梁が視える高台」に行くと、他地域から訪れた人等が「2000ルーブル紙幣」を取り出して、「橋梁の画が視えるように紙幣を持つ自身の背後に橋梁」という記念写真を撮っているような様子が見受けられるようです。

支払に「5000ルーブル紙幣」を使って、釣銭に「2000ルーブル紙幣」が入るという状況が「多分、初めて?」発生したのでしたが、ユジノサハリンスクの店で「5000ルーブル紙幣」を使おうとすると「もう少し細かいのが…」と言われてしまう場面が存外に多いと見受けられます。そういうことなので、「5000ルーブル紙幣」は「何となく財布に残ってしまい、“この店は大丈夫?”と遠慮しながら支払に使う」という感じになってしまいます。

日本国内でも「一万円紙幣」に関して、支払に用いようとすれば一部に「もう少し細かいのが…」という場合は在るかもしれません。が、ユジノサハリンスクでの「5000ルーブル紙幣」は、その発生頻度がより高いような気がします。

「2000ルーブル紙幣」を眼にする機会や手にする機会はやや少ない感ですが、「200ルーブル紙幣」の方は、雪が少なくなった4月以降に手にする機会が少し増えて来たように思えます。「1000ルーブル紙幣」や「500ルーブル紙幣」を支払いに用いた時の釣銭に、存外に高い確立で「やや見慣れない濃い緑の紙幣」が交ざります。

「200ルーブル紙幣」と言えば、現在となっては“蒐集用”(コレクターズアイテム)になってしまっていますが、通貨のデノミネーションが行われるずっと以前、<ロシア連邦>という国名を名乗って日が浅かった1990年代前半にも「200ルーブル紙幣」というモノが在りました。あの時代は「とんでもないインフレ」で、それを1枚持っていても、然程の使い道は在りませんでした。現在の「200ルーブル紙幣」であれば、店にもよりますが、カフェでコーヒーが頂けますし、買い求めることが出来る食べ物や飲物も色々と在ります。

日本では、モノの値段が余り変わらない状態が永く続いているような感で在るのに対し、ロシアでは「少しずつモノが値上がり」という状態が見受けられます。が、過去の「烈し過ぎる」ような状態を思えば「普通?」という感じで、手近な場所では余り「モノの値上がり?」を強く意識しない感でもあります。

広告入りの路線バス乗車券(2018.05.09)

ユジノサハリンスクで“市内線”の各運行系統の路線バスに乗る時、殆どの場合には乗車時に乗務員―運転士さんまたは車掌さん―に20ルーブルの一律運賃を支払い、乗車券を受け取ります。特段に県が渡されない場合も見受けられます。

↓ある日、何気なく市内線の路線バスを利用した際、20ルーブルを支払うとこんなモノが渡されました。
バス券 (1).jpg
↑「何だ?これは?」と開いていた座席に座って、何となく眺めてしまい、一寸面白いので写真に収めてしまいました。

左端に「普通の乗車券」が刷り込まれ、残った場所は広告になっています。概ね、日本国内で一般的な名刺より少し小さい位の大きさです。

運賃と引き換えにこれを渡してくれた運転士さんの様子を視ていると、この「広告入り」の券が刷られた用紙が、よく電話機の脇に置かれているメモ用紙か何かのような束になっていて、1枚ずつ千切って手渡し出来るようになっていました。

↓券が刷られている面の裏側にも確り広告が刷り込まれています。
バス券 (2).jpg
↑内容を視ると、古くからの電話会社の流れを汲む通信会社が提供している広告で、インターネット接続に関連するキャンペーンのようです。

日本国内で「乗車券そのものが広告入り」という事例は、余り思い当たりません。一寸、独特な工夫なように思いました。

↓因みに、より一般的な乗車券は下記で御紹介しました。
>>ユジノサハリンスク市内の路線バス乗車券(2018.05.01)