「24時間営業」!?(2019.02.22)

↓雪交じりだった夜です。午後10時15分頃のサハリンスカヤ通です。
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↑完全に閉店してしまって灯りも消えて中が暗いカフェの“硝子張り”な部分に、通の反対側の街並みが映り込んでいるのですが、角の店は煌々と灯りが灯っています。

↓廻り込んだ位置から視ると判り易いのですが、灯りが点いているのは「花屋」です。
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↑「FLOWERY 24」と英語のアルファベットの目立つ看板で、下の方にロシア語で「花の店」を意味する表現が書かれています。

何かの店で、英語のアルファベットの看板を掲げるというのは日本国内でも見受けられると思いますが、ユジノサハリンスクにも散見します。これもそういう例の一つということになるでしょう。

花を売る店で「24時間営業」を謳っています。筆者自身は余り視た記憶が無いのですが、日本国内では大きな街の明け方まで営業するような飲食店が軒を連ねているような、歓楽街というような地区に見受けられると聞きます。ユジノサハリンスクでは、「週末は早朝まで営業」というような飲食店も見受けられますが、そういう店が集まっているような地区は見受けられません。他方で、「24時間営業」という花屋は在って、これも方々に散在しているようです。

「花屋を24時間開けてどうするのか?」と素朴に思うのですが、「花を贈る」ということが気軽に頻繁に行われる中、色々な意味合いで人生を彩る花ですから、「人の数だけの様々な需要」が恐らく在るのでしょう。“噂”に聞くのは、例えば夕刻に夫婦で口論になり、夫がふらっと外に出てしまって、時々寄るカフェやバーで日付が変わるような頃まで過ごしていて、この種の店で夜中に花束を求めて帰宅し「ごめん…俺も言い過ぎた…悪かった…」という具合に妻に花を贈る、というような話しです。「実は一昨日…」という具合に、本当にそういうことをやったという話しは聞いたことはありませんが。

この記事に出した画の花屋の傍は数え切れない程に通り過ぎていますが、この画を撮ったよりも早めな時間帯に立寄って利用してみました。

筆者の私事で恐縮ですが、都合でユジノサハリンスクを離れていた友人が戻って来て、「筆者がユジノサハリンスクを暫し離れる前夜」という「絶妙なタイミング」で連絡を受け、弾む気持ちで会いに行くことにした際、通り道だったので何となく寄ってしまったという次第です。

とりあえず目に留めた花をお願いして、620ルーブルということだったのですが、“割引カード”というモノが在って、それが在ると割引価格が適用されるのだということでした。「お持ちですか?」と店員さんに尋ねられましたが、初めて立寄った訳で、筆者は持っていません。カードを作ると直ぐに割引が適用されるというので、御願いしてみました。

↓こういうカードが出て来て、「620ルーブル」が「595ルーブル」になりました。“率”ということでは、なかなかに大きい割引ということになります。(カードの写真は少し後で撮りました。)
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↑カードそのものに「30%までの割引」と書いてあります。

この種のモノですが、大概は店のコンピュータにカードを持つ人の氏名等を記録して発行します。カードをお願いした際、店員さんに「お名前は?」と尋ねられました。日本語の氏名を名乗れば、店員さんは「?!」という感じです。そこで「“ニコライ”の“Н”(エヌ)、“アレクサンドル”の“А”(アー)、“コンスタンチン”の“К”(カー)…」というような方式を駆使し、何とか日本語の氏名は伝えました。こういう「ポピュラーなファーストネームの頭文字である」という具合にアルファベットを指定するのは、方々の国でやっている方式です。随分以前にロシア以外の欧州諸国を訪ねた際にもよくやっていた記憶も在りますが、ロシアもこういう方式です。

ユジノサハリンスクの色々なお店で、こういう“割引カード”、“ポイントカード”というようなモノや、“スタンプカード”というようなモノを出している例は多々見受けられます。一定頻度で繰り返し来店する利用客を確保する戦術ということになるのだと思います。日本国内の色々な店でもやっていて、「“〇〇カード”が酷く溜まるじゃないか…」と苦笑いしてしまうこともないではないのですが、ユジノサハリンスクでも場合によってはそういうことになってしまうかもしれません。

午後10時を過ぎたような時間帯に、辺りの店等の灯りが消えている中で煌々と灯りを点して営業中の「24時間営業の花屋」が、多少の雪交じりな中で美しいと思って写真に収めてみた訳ですが、何人か店に出入りしている人達が見受けられました。夜遅くから日付が変わるような時間帯に、この店で求められた花が誰かの人生を彩っているという訳です。

西天の彼方に去ろうとする十三夜の月…:レーニン広場(2019.02.19)

ユジノサハリンスクでは、連日の「氷点下20℃台」という最低気温を免れ、朝早くに見受けられる最低気温が「氷点下10℃台」となっています。日中は「氷点下」という状況に変わりはないものの、「もう少しで0℃」という按配です。

気温が上がると凌ぎ易くはなるのですが、硬く凍っていた積雪の一部が陽射しを受けて融けてしまい、融けた水が気温低下で凍るという状況になり、「ガンガン冷えていた時よりも、足下に注意する必要があるかもしれない」というようにも思います。

降雪は余り無く、積雪も少ない状況が続く中、「テカテカに凍っている箇所が変に増えた…」とブツブツ言いながら朝に街へ出ました。

↓何か「不自然に空が明るい気がする」と何度か思ったのですが、大きな月が西の空に輝いていました。
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↑未だ街の灯りが消えていない午前8時前です。画の左寄りに視えているレーニン像の右に、月が輝いています。

西天の彼方へ去ろうとしているのは、十三夜の月でした。レーニン広場手前の道路であるレーニン通は、湿っているアスファルトが剥き出しです。

春が近付いているような気がしないでもない他方、未だ「雪や氷の季節」は続いているような感じもします。

白い歩道:レーニン通(2019.02.10)

日中、稚内市サハリン事務所が入っているビルの玄関辺りで、御近所の他所のオフィスに勤めている方と言葉を交わしました。

「少し…温かくなったかな?」と言い出すので、「そうですね」と相槌を打ちました。好天になって、陽射しが心地好く、強い風が吹いているのでもありません。が、気温は氷点下14℃程度でした。好天で陽射しが少し心地好いのは間違いありませんが、「氷点下14℃」と言えば稚内の市街では余り見受けられないレベルの「寒い!!」感じです。しかし、早朝の最低気温が氷点下25℃辺り、時々氷点下30℃を伺うというような中ですから、「氷点下14度の日中」は「相対的に温かい」というのも嘘ではありません。また「風が微弱」というのは、寒い時季には「ありがたい状況」です。その辺りは、稚内より低温でも風が弱いユジノサハリンスクの方が過ごし易い側面が在るかもしれません。

好天な傾向が続くと、高い上空の寒気がそのまま地上に降りて、気温が下がるのかもしれないなどと考えてしまっている昨今です。

↓休日の、「朝食にやや遅く、昼食にやや早い」というような時間帯にレーニン通を歩きました。レーニン通の車輛通行量も少な目でした。
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↑歩道の街灯の支柱に、開催中である児童生徒の冬季競技国際大会の<アジアの子ども達 サハリン2019>のバナーが飾られています。

歩道の脇を視ても、然程積雪が深くないことが判ると思います。若干の積雪が踏み固められ、硬く凍って歩道路面にこびり付いているような感じです。

こういう状況に関しては、中途半端に表面が湿っていたり、「テカテカな状態」ということではないので、歩き悪いという程ではありません。しかし「氷点下14℃」を捉まえて「温かく…」と言う場合さえある寒気の中ですから、少し歩調が早まって「速く目指す場所の屋内へ…」という感じにはなってしまいます。何でも、慌てるとロクなことにならない訳で、歩き悪くは無い中でも少し慎重に歩くようにはしています。

排雪作業(はいせつさぎょう)(2019.02.10)

日曜日の夜、多分午後11時が近付いていたような頃、眠気が強まった状況で、居室内で身体を横にしてぼんやりしていました。そうしていると「遠くから?不思議な音?」という具合に、何かが妙な音を発していることに気付きました。何かの車輛が走り続けているのか、何かの機械が動いているのか、「何だろう?」と思いました。眠気が強まっていたので、頭の中で不思議な夢でも始まっているのかとも感じられました。

↓何やら気になって窓から外を覗くと、「音」の招待が判明しました。
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↑ブルドーザーで雪をかき集めて、ダンプカーの荷台に積み込んで、何処かへ運び去ろうとしている訳です。

「排雪をやっている?」と納得して少し眺めましたが、程無くダンプカーは雪を満載した状態で走り去って行きました。こういう作業は、夜や休日の日中に時々視掛けます。

“排雪作業”(はいせつさぎょう)は北海道でも見受けられます。この時に視掛けたのと同じように、ブルドーザーでダンプカーに雪を積み込んで運ぶというのも在るのですが、北海道内のイメージでは「道路脇に堆くなった雪の辺りにロータリー車(前方のドラム状になった刃のようなモノが回転して雪を巻き込み、雪を飛ばしてしまう装置が付いた特殊な車輛)が現れ、脇に列になったダンプカーが待機し、次々とダンプカーの荷台に雪を飛ばして何処かへ運び去る」という様子を思い出します。

ところで、使用しているパソコンでテキストを入力する場合に「はいせつさぎょう」と入力しても「排雪作業」と正しい漢字に変換されませんでした。北海道等で使う“特殊用語”なのかもしれません。道路の安全を確保する上で、道路の脇等に堆く積もった雪は、行き交う歩行者や通行する車輛を運転する人達の視界を遮る場合が在るので、時々作業を行って排除する必要が生じる訳です。

一般的にはそういうことだと思いますが、今季のユジノサハリンスクに関しては「雪が堆くなった」という印象が希薄です。

↓これは昨年の1月25日の様子です。雪が多く降り積もり、風が吹いて吹溜りにもなっていた日で、歩く場所を確保した歩道脇に雪が相当に堆くなっています。
>>吹溜りを除雪した痕:ポポーヴィチ通(2018.01.25)
↑今シーズンは、昨シーズンのような状況が生じていません。

“冬将軍”等と呼ばれる寒気は存外に粘り強いもので、本格的な春が訪れるまでは「油断ならない?」という感でもあります。

最近は降雪や積雪よりも、強力な寒気による低温が寧ろ目立っている感じです。ユジノサハリンスクでは、連日のように氷点下25℃を挟むような最低気温で、氷点下30℃を伺うような気温さえ見受けられました。

「特設ステージ」登場:サハリン州政府本庁舎前(2019.02.08)

ユジノサハリンスクでは、昨日、今日と「寒いですね…」が挨拶代わりになっています。最低気温は「氷点下20℃台」です。

昨日伝わったニュースでは、サハリンの中部や北部の内陸では「氷点下40℃台」が観測されたということです。個人的には「温度計が変になってしまったのでは?!」と耳を疑いました。そして今朝になれば「オハ地区(北部)で厳寒のために学校の休校措置」というお話しです。ユジノサハリンスクでは、未だそういうことはなく、人々が口々に「寒い…」を連呼する状況ながらも、街は平常です。

↓朝8時頃、酷く冷えていた中でサハリン州政府本庁舎前を通り掛かりました。
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↑通勤等の車輛も、「氷点下20℃以下」で普通に往来していましたが、庁舎前広場に色々な設えが見受けられます。

↓これは児童生徒による冬季競技の国際大会である<アジアの子ども達 サハリン2019>関係の催しを行う「特設ステージ」です。
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↑この「特設ステージ」で、大会期間中に毎日音楽のライヴを催すそうです。ロシア国内で人気のポップス系のアーティスト達を擁するレーベルが、連日のようにアーティストを送り込むということのようです。

↓催事情報等が載るウェブサイトで、この<アジアの子ども達 サハリン2019>関係の情報も見受けられるようになりました。
>>Первые зимние международные спортивные игры "Дети Азии" (ロシア語)

開会式は2月9日の午後6時からということですが、各競技は2月9日朝から順次始まるようです。

この寒さの中、「特設ステージ」がどういう様子になるのか、少し興味が湧きます。

低温な中、若干の雪…:レーニン広場(2019.02.07)

この数日、「稚内で随分冷え込んで氷点下10℃前後の最低気温」という話しが伝わって来ていました。

ユジノサハリンスクでは「氷点下8℃から氷点下10℃」が「1日の最低気温」という日も多々見受けられ、「氷点下10℃台」に関しては「そんなものだろう…」という程度に思うようになってしまっていました。が、「氷点下20℃に至る」というようになれば、流石に「今日は…冷える…」と身体が多少竦んでしまう場合も在ります。

このところ、「最低気温が氷点下20℃」を免れていた感じだったのですが、今朝は「冷える…」という感じになっていて、気象情報を確かめると氷点下26℃になっていました。長袖のアンダーウェア―の上下を着た上に服を着て、確りした上着を着込んでニットキャップ等を被って戸外に出れば、氷点下10℃以下でもどうということはない―と筆者は個人的に思っている…―のですが、氷点下20℃以下の場合には「直ぐに手の指が酷く冷たくなる」という状況が生じ、やや辛くなります。慌てて上着のポケットを探って、何となく入れてある手袋を即座に着用します。

↓午前8時前、手袋まで確り着用してレーニン広場の辺りに至った時の眺めです。少しだけ雪が積もりました。
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↑未だ、広場には年末年始からの電飾が残っています。

「雪が少ない?」という傾向は2月に入っても続いています。「雪が降っている?」という状況も、寧ろ「今日は雪が交じる」という感覚、「短めな時間の降雪が断続」という状況が多いと思います。昨シーズンは「午後に降雪が始まって、暗くなっても止まずに存外積もり、そのまま早朝まで続いて、朝に戸外に出ると“どうやって歩く!?”という程度に」というのが何度も在りました。今シーズンはそうした「多量の雪が一気に」という状態は発生していません。

↓舗装路面が視えている状態の方が多い今シーズンですが、夜の間に雪が降っていて、暫らく振りに「雪に覆われた」という状況になっています。雪は低温の故に「粒子が細かいサラサラのモノ」となっています。
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このところは、少し前まで暗い感じだった「午前9時」が、「早朝という趣きな明るさ」になっていて、夕方に暗い感じになるのも「午後7時前」と「明るい時間」は長くなっています。他方で「寒さ」はしぶとく、雪の少ないか多いかとは無関係に継続しています。

雪が少ない…:レーニン広場周辺(2019.02.03)

↓「夕食でも?」と日曜の夕方に戸外へ出ました。午後7時過ぎです。
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↑最近は、通の街灯や広場に残る電飾の点灯が「午後6時50分頃」となりました。

多少の上下は在りますが、「一日を通じて気温が氷点下」という“真冬日”の状態は継続中なユジノサハリンスクです。他方で夕刻の暗くなる時間は着実に遅めになって行っています。

画の手前側は、ユジノサハリンスク市行政府本庁舎前で「駐車スペース」のように利用されている箇所です。多少残った雪が融け、路面が湿った状況です。車輛が行き交う道路の箇所は、積雪期以外の時季と視た感じが余り変わらない感じです。

日が沈んだ少し後になる時間帯の「空がナイトブルーになって行く」ような感じと、目立つようになり始めた灯りが、湿った路面に少し映り込んでいる感じです。

こういう「雪が少ない」という感じがユジノサハリンスクでは続いています。サハリンの南側の何処かで「吹雪」と伝えられる時でも、ユジノサハリンスクは「多少の雪交じり」という雰囲気の場合が多いように感じられます。

“ヨールカ”撤去後のレーニン広場(2019.01.29)

↓輝いていた、「ロシア流のクリスマスツリー」である“ヨールカ”は1月23日頃に撤去が済みましたが、11月末から12月半ば頃に順次据えられた各種の飾りは未だ残っています。
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↑電飾が施されているモノに関しては、暗い時間帯に入ると点灯します。が、点灯する時間帯が「午後6時45分頃」となって来ました。12月後半の「午後6時前」を想うと、かなり遅めになった感です。

今季は「流石に珍しい?」という程度に雪が少な目です。

ユジノサハリンスクに滞在している、降雪や積雪と縁が薄い地域の御出身という方とお話しをする機会が在りました。「酷い低温が少しだけ上って、雪もかなり少なく、明るい時間帯が少し長くなっているので、雪の時季はもう直ぐ終わるのかと?」と思われたようでしたが、降雪・積雪が見受けられる時季は未だ続きます。明るくなる時間帯が早くなる、暗くなる時間帯が遅くなるという変化だけは着実に続きますが、3月位までは降雪や積雪は普通で、場合によっては4月にも存外に多い雪で驚かされます。

1月29日の画を掲載しましたが、「道路の辺りに積雪が視えない」ことに気付かれると思います。こういう中で、時々「凍結している箇所」が在るので、戸外を歩く場合には注意しなければなりません。

降雪や積雪と縁が薄い地域の御出身という方が「本当にそんなことが?!」としていたのですが、雪が多くなるという場合は、「夕方から夜、更に夜明けまで降雪が断続し、脹脛まで埋まるような積雪」というのはマダマダ在り得るのです。今季は雪が積もるようになって以降、未だそういう感じの状況は見受けられないのですが。

そういう「少雪」な状況について考えていると、何やら雪が交じり始めました。

“ヨールカ”の撤去が完了…:レーニン広場(2019.01.27)

↓好天に恵まれた日曜日の午後です。
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↑レーニン像が視易くなりました。ロシア流のクリスマスツリーの“ヨールカ”が完全に撤去されました。

撤去作業に着手していた様子はこのブログでもお伝えしていましたが、1月23日の夕方には姿が見えませんでした。

そういう状態ですが、「他の飾り」が存外に残っていて、子ども達が遊んでいた場所も未だ在って、好天なので子ども連れの人達を視掛けました。

広場の飾りは「順次出て来た」という状況の訳で、撤去の方も「順次」という感じなのでしょう。

“ヨールカ”が見えなくなると、漸く「年始時期が完全に過ぎた」という雰囲気になります。

「解体」が進む“ヨールカ”:レーニン広場(2019.01.22)

↓レーニン広場の“ヨールカ”を「解体」する作業が進んでいました。
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“外装”を剥がしながら、電飾の配線を外すような作業をする訳で、1月21日に作業が始まった日には「“外装”の一部が未だ残る」というように視えました。そこから“骨組”だけになり、“骨組”の頂上部が外されました。

↓何か、準備が始まった頃の外観に似たような感じになって来ました。
>>「籠に囚われた?」かのように見えたレーニン像…(2018.11.23)

最近は11月下旬から12月に比べて、「夕刻の暗くなる時間帯」が「遅く」なったのが感じられます。最近の日没時間は午後6時15分を過ぎるようになって来ました。12月には「午後6時より以前」だったので、少し趣が変わっています。

「明るい時間」が「少し長くなった」と感じる他方、気温は然程上りません。日中に「氷点下6℃」ということになると「温かい?」と妙な感じ方をしてしまう寒さは相変わらずです。

↓昨年の様子を振り返ると、昨年は1月22日には“ヨールカ”の「解体」が済んでいました。
>>ヨールカ撤去:レーニン広場(2018.01.22)

↓こうして、また“骨組”だけになった様子を視ると「頑丈そうだ…」と少し感心します。
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↑20m近くも在るように視える大きなモノで、周りに人が集まる訳ですから、安定性に顧慮した設計なのでしょう。

準備段階から考えれば2ヶ月程度も“ヨールカ”は広場に在って、約1ヶ月間は点灯して輝いていました。こうやって「退場」が近付くと、何となく寂しいものです。