凍える(??)ネヴェリスコイ提督(2019.02.16)

コルサコフの皆さんが自分達の地域を紹介しようとする時、「サハリンで最も古い街の一つ」という表現を用います。1853年、アムール川の河口部やサハリンの調査を行っていたゲンナージー・ネヴェリスコイが、現在のコルサコフ市に相当する場所に<ムラヴィヨフスキー砦>という哨所、活動拠点を築いたという故事をもって「コルサコフの“建都”」と位置付けているのです。

そういうことから、2013年に「建都160年記念」ということで街の整備が進められた時にネヴェリスコイ提督の銅像が建てられました。もう建てられてから何年も経っていて、スッカリと眼に馴染んだ感じで、コルサコフに立寄って銅像を視掛けると「提督…またこの街に御邪魔しています…」と頭の中で声でも掛けてみたくなるような感じです。

↓連日の極端な低温を免れた休日の朝、コルサコフの街を訪ねて銅像を眺めました。
GIN_at_KOR_16FEB2019 (2).jpg
↑こういう広場の銅像のようなモノは、光の加減で色々と違う見え方がする場合も在り得るのだと思います。が、何か「細やかな違和感?」のようなモノを感じました。

↓冬季は銅像の台座辺りの花壇が積雪で埋まっていて、やや像に近付き易いので、近寄って像を視てみました。
GIN_at_KOR_16FEB2019 (1).jpg
↑「違和感?」というように思った訳がハッキリしました。像の表面に霜のように氷の細かい粒が付着しているのです。

金属が使われていると見受けられる冷え易い像の表面に、空気中の水分が凍ったのか、霜のような薄い膜が付着しているので「少し色合いが変なのでは?」と視えていた訳です。

「極端な低温を免れた」と言っても、早朝等には「氷点下10℃台」は見受けられ、「マダマダ寒い」ということは否定出来ません。が、晴天の時は空の「蒼」が少し鮮やかさを増しているように感じる場合も在ります。

凍てつくコルサコフ港(2019.02.16)

連日の「氷点下25℃を挟むような感じ」という朝の最低気温から、少し暫くぶりに免れた感じになった休日の朝でした。とりあえず「氷点下15℃に届くかどうか」という最低気温と見受けられ、「これなら…“許容範囲”??」と少し外に出てみました。

↓朝からバスに乗って、コルサコフに至って港の様子を視てみました。夜間に点す灯りが目立たなくなって来たような頃合いです。
Korsakov_on_morning_of_16FEB2019 (1).jpg
↑画の左が1920年代(=樺太時代)に礎が築かれた南埠頭で、右側がソ連時代に整備された北埠頭です。両者に挟まれた辺りが雪原のように白くなっています。

このところの低温で、海岸に近い水深の浅めな辺りが広く氷結してしまっていて、氷の上に些かの積雪という状態です。力の在るタグボートや、少し大き目な船は何とか航行も出来るようで、航行した痕跡も認められますが、その個所も氷になってしまっている様子が伺えます。

写真を撮っている筆者の背中側の左が東に相当し、光がその方向から射し始めていました。そういうようになると、西寄りに相当する画に写っている空は、朝陽の光の干渉で薄い赤紫のような色に一部が染まります。

↓少し朝陽が高くなり、北埠頭の船にスポットライトを当てたような感じになりました。
Korsakov_on_morning_of_16FEB2019 (2).jpg
↑未だ下ろしていないコンテナが多数載った船が停泊中です。

こういう様子を視ると、「或いは低温で一部のクレーンが不具合でも来したか?」と余計なことを考えてしまわないでもありません。または船が到着した時間帯の都合で、とりあえずそのままになっているというだけかもしれません。

辺りに色々なコンテナが積み上がっていて、周辺の道路ではコンテナを積んだトレーラーが行き交う様子も視えます。ロシア国内の物流網の中で、コンテナで色々なモノがコルサコフ港に運び込まれ、コンテナがサハリンの方々に運ばれてモノが街々に出回っている訳です。

↓少し様子を視ていると次第に日が高くなり、街の側も明るい感じになって来ました。
Korsakov_on_morning_of_16FEB2019 (3).jpg
↑色々な煙突の煙も目立ち始め、「休日の朝」という風情で静かな街も「目覚めようとしている」という趣きです。

昨シーズンは「雪が多い」という感じがしたのに対し、今シーズンは「雪が少ない」という感です。他方、今季は酷く冷えています。

コルサコフ地区行政府前の広場(2018.12.30)

年末年始は、ユジノサハリンスクに限らず、何処の街でも色々な飾りが登場する等「独特な趣」が在るようです。

コルサコフへ足を運んでみました。

↓何度も視ているコルサコフ地区行政府前の広場ですが、少し趣きが違うようでした。
30-12-2018 Korsakov (6).jpg
↑大きな噴水になっている場所に、ロシア流のクリスマスツリーである“ヨールカ”の大きなモノが立っています。その周辺がスケートリンクになっています。そして広場には、氷の滑り台のようなモノも設けられています。行政府庁舎の外観も飾られて、辺りに屋台も出て飲食物を販売しています。

この日は氷点下5℃に届いていない感じで、時季としては酷く寒いでもない感じで、広場は少し賑わっていました。“ヨールカ”の周りのスケートリンクには多くの子ども達が集まっていました。普通に滑走している他に、スティックやパックを持ち込んでアイスホッケーに興じる少年達が見受けられ、「流石にアイスホッケーが盛んなロシアだ…」と変に感心していました。

↓広場の脇にはレーニン像が在ります。以前は行政府庁舎の前でしたが、広場の整備の際に遷りました。この場所になって数年で、目が慣れた感じです。
30-12-2018 Korsakov (10).jpg

↓行政府庁舎前に氷の彫刻です。やがて迎える2019年です。
30-12-2018 Korsakov (14).jpg

コルサコフでも2018年が静かに暮れて行くという趣きでした。

寒風が吹き抜けるコルサコフ港(2018.11.17)

日本の気象台で言う“初雪”というのは「その冬の最初に雪か霙(雨交じりの雪、または融けかかった雪)による降水があった場合」ということになっているそうです。

ユジノサハリンスクやコルサコフ等、サハリンの南側で、この「その冬の最初に雪か霙(雨交じりの雪、または融けかかった雪)による降水があった場合」という意味での“初雪”は恐らく既に在ったと思います。「あれ?雪がチラチラ?」というのは何度か在りました。しかし雪が降り続いて、辺りの地面や建物の屋根や駐車中の車輛が雪で白くなって、「今季も積雪期が始まった…」と濡れたり凍ったりの足下に気を付けながら戸外を歩くというような状況には未だなっていません。

昨年は11月前半段階で何度かそういう「積雪期が始まった…」と感じられるようなことが在って、11月半ばには「積雪が在った後に少し融け、融けた水が変な具合に溜まった箇所が凍り付く」というのも在りました。歩くと危なっかしい、「雪解け水が凍り付く」という箇所が見受けられないのは、筆者個人としては歓迎ですが、「酷く寒く感じる他方で雪が無い」というのもやや奇妙です。

こういう状況下で好天になった土曜日、何となく戸外に出てバスに乗車し、コルサコフに辿り着いてしまいました。

↓「1925年、摂政宮殿下行啓の折り…」という挿話が伝わる、港や街を一望出来る高台に上ってみました。
44104988290_f2dc84fa3f_k.jpg
↑海や空の蒼が鮮やかで、空を流れる雲も面白い感じなのですが、“音”が聞こえる程度に強く冷たい風が吹き抜けていました。

↓街の側が少し広く見える側を向けば、煙突から煙が出ている様子が視えました。街で営業している浴場で、ボイラーを焚いているようです。
45008545065_c6a1cb49d5_k.jpg

「積雪期が始まった…」と感じられるような、辺りが白くなる様子は見受けられませんが、身体に刺さるかのような風の冷たさは、積雪期のそれと大差が無いような感じになって来ました。着実に「冬」が迫っている感です。

酷く寒風がキツく、この場所からは15分間前後で退散しました。

旧北海道拓殖銀行大泊支店(2018.11.17)

コルサコフ市内に残る樺太時代の建築として知られる、往時の「北海道拓殖銀行大泊支店」に関して、老朽化している建物を「修復をして利用する」というように聞いています。

「建物外観風」に設えられた幕のようなモノで覆われた状態が続いていて、それが外されて工事が始まっていると見受けられるようになって少し経ちました。

↓歩道部分に歩行者を保護する屋根が設えられ、本格的に工事を進めているような感じです。
17NOV2018 bank at Korsakov (1).jpg

↓多方、建物外観は傷んでいるままです。綺麗になるまでには、相当に手が掛かりそうに見えます。
17NOV2018 bank at Korsakov (2).jpg

気温が余り上がらない感じの「冬…」という感じな好天だった休日、少しコルサコフ方面に出たのでしたが、「アレはどうなった?」と気になっていてこの建物を眺めてみました。

タグボート:プリゴロドノエ(2018.09.26)

ユジノサハリンスクから車で小一時間程度南下すると、港町のコルサコフに至ります。そのコルサコフから東側へ車で20分程度進むとプリゴロドノエに至ります。

プリゴロドノエは、樺太時代には女麗(めれい)と呼ばれていて、日露戦争の末期に樺太占領を目指した日本軍が上陸した場所として知られています。が、現在は「天然ガスの液化工場」を擁する場所として知られています。

サハリンの北部、オホーツク海の海底から天然ガスや石油が産出します。その天然ガスや石油がパイプラインで南下し、このプリゴロドノエに送り込まれます。

石油に関しては、プリゴロドノエの沖に設けられた施設からタンカーに石油が積み込まれて方々へ届けられます。

天然ガスに関しては、2基の巨大なプラントを擁する工場で液化され、沿岸の専用桟橋で巨大な容器を搭載した専用輸送船に液化天然ガス(LNG)が積み込まれて方々へ届けられます。

プリゴロドノエの天然ガス液化(LNG)工場からは年間に1千万トン程度が送り出され、その多くは日本の需要家に届けられているといいます。そしてそれは、日本のLNG需要の1割程度を賄っているそうです。

こうした資源を輸送する船は、各国の造船技術の結晶のような、全長200mを超える場合さえ在るような巨大なモノです。巨大な船が安全に桟橋に繋留し、安全に出航する動きをサポートするためには、練達の乗員が操船する強力なタグボートが不可欠です。

↓プリゴロドノエの海岸から、その資源を輸送する船のサポートで活躍しているタグボートが視えていました。
Progorodnoye 26-09-2018 (1).jpg

聞けば、プリゴロドノエでは石油のタンカーが月に5回から6回、LNGの船は「概ね毎日」というような頻度で出入りしているそうです。上の写真に在るようなタグボートが何隻か運用されていて活動しています。

毎日のように忙しく働くタグボートですが、当然ながら定期的なメンテナンスが必要であり、部品交換や修理の必然性が生じる場合も在ります。実は、こうしたプリゴロドノエで活動しているタグボートの一部に関しては、稚内の造船や船舶修理の会社に送り込まれ、稚内港内の乾ドックで整備や修理を行っている経過が在ります。

プリゴロドノエから視れば、稚内は「最も至近な、乾ドックを擁する造船船舶修理の出来る会社が在る港」ということになります。忙しいタグボートですから、定期メンテナンスのために現場を離れる期間は短い方が好ましい訳で、「至近の稚内港」は好都合なのです。

↓この日は朝の雨が上がり、天候が好転していたものの、複雑に雲が拡がり、空と海は強い印象を残すような感じになっていました。
Progorodnoye 26-09-2018 (2).jpg

プリゴロドノエのタグボートは「都市を支えるエネルギーの輸送」を支援している訳ですが、稚内港はそのタグボートを支援しています。互いに「縁の下の力持ち」という感です。

(関連)
>>サハリン近海を行くLNG専用船(2018.09.07)

<СУШИ МАРКЕТ>(スシ・マルケト)(2018.07.07)

↓「休日の土曜日に朝から好天」という状況に誘われて辿り着いた、朝のコルサコフの街角で視掛けました。
07072018korsakov.jpg
↑飲食店?料理を配達するケータリングの店?営業開始には早過ぎる朝なので、状況はよく判りません。

<СУШИ МАРКЕТ>(スシ・マルケト)は「寿司マーケット」という程の意味なのだと思いました。左側の入口と見受けられる辺りには、「日の丸?」という感の赤い円の上に、盃か何かのようなモノと箸を思わせるモノを組み合わせ、何やら「神社の鳥居?」と視える形が描かれています。なかなかにクールなデザインです。

そして右側の壁に眼を転じると、看板が貼り付けられています。箸を立てたような、料理が入った容器を手にしている、アジア系の人物と思えるキャラクターが視えます。「何処の何者だ?!」というように思いました。中国の何処かの地方の衣装か、ベトナムか何処かの衣装を思わせる衣服や“傘”を身に着けているように視えます。

看板には、「ピザ、ロール、スシ、チキン、ヴォク」とあって、アプリを手持ちのスマートフォン等にダウンロードすると割引が受けられる仕組みが在るというような案内がされています。

“ピザ”や“スシ”はイメージし易いモノです。“ロール”は巻き寿司を基礎に、或いは巻き寿司からの着想を受けて各国で発展したモノで、サハリンでもよく視掛けます。“ヴォク”とは、中国の一部やベトナム等を起源とする麺モノらしいです。“チキン”は揚げたモノか焼いたモノかは判りませんが、日本で“鶏肉”と書かずに“チキン”と書く場合が在るのと似たような感じで用いられている表現であると思われます。

こういうのを視ると、「日本に由来の…」という文物が「殊更に特別でもないモノ」として、日本とは異なる文化が主流を占めている場所に受容れられていることを思います。と同時に「“非アジア”の文化圏では、“アジア”はとりあえず何でも一緒」と思われている面も在るのだということにも思い至ります。

それにしても何か不思議な感じがしますが、この店のように「アジア由来の料理」を採り入れている飲食店、またはケータリングの店は方々で存外に視掛けます。

コルサコフ港にクルーズ船<ダイヤモンド・プリンセス>が登場(2018.07.07)

休日である土曜日に「朝早くから晴天」という状況が見受けられました。何か「こういうのも久し振りな感じがする…」と思い、朝から少し歩き回り、多少御無沙汰しているコルサコフ港の様子を視に出掛けてみました。片道135ルーブルの路線バスに乗車しました。

↓「摂政宮殿下」と呼ばれていた皇太子時代の昭和天皇が立寄られているという挿話が伝わる高台に上り、コルサコフ港の様子を視ました。
Port Korsakov 07-07-2018 (1).jpg
↑ユジノサハリンスクからコルサコフへ向かう沿道で、バスの窓から「大きな船?」が視えていましたが、コルサコフ港沖に大きな船が停泊しています。

大きな船が向こうに在り、画の左側に視える1920年代に整備されたという、稚内・コルサコフ航路の船も発着する場所になっている桟橋が視えますが、港の側に小さな船が進んでいます。

↓小さな船が防波堤で囲われた辺りに入り込みました。画の左側に同じ型と見受けられる船が停泊し、陸にバスが列を成している様子が視えます。
Port Korsakov 07-07-2018 (2).jpg
↑これは沖に停泊しているクルーズ船の、コルサコフに上陸して観光をする人達が往来している様子です。

朝の時間帯でしたが、小型の船でクルーズ船からコルサコフ港の指定の岸壁に向かい、そこで手続を行って順次上陸し、待機しているバスで動き回る等する訳です。

少し遠くに停泊していたクルーズ船の船名は視えませんでしたが、後で聞けば<ダイヤモンド・プリンセス>という船でした。全長290m、全幅37.5m、総トン数が115875トンという船で、2004年に建造されて2014年に改装を施したのだということです。乗客定員が2706人で乗組員が1100人といいますから、「3千人規模の小さな町が海上を動き回る」ような感じなのでしょうか。

コルサコフからユジノサハリンスクへ引揚げる途中に、大型商業施設の<シティーモール>が在ります。実は筆者はそこに寄り道をしましたが、眼下に望んだ港に上陸したクルーズ船の乗客の皆さんのグループを視掛けました。互いにロシア語以外と聞こえる言葉で話していて、目印のバッジを付けている、或いはサハリンの旅行会社のロゴマークが入った黄色のTシャツを着た係員が近くに居るという状況で、クルーズ船の皆さんであると気付きます。

聞けばこの上陸した皆さんは、方々を見学する等する他、希望に応じて文化体験をする等して「サハリンの一日」を楽しまれたようです。

このクルーズ船が入るコルサコフ港を擁するコルサコフ地区でも、「クルーズ船で多くの人達が訪れる」という状況に強い関心を寄せており、文化センターで歓迎コンサートを毎度催すというようなことを行いながら、観光インフラの整備という課題に注目しているそうです。そしてコルサコフ港に関しては、この種の大型船が接岸出来ることも目指す、港の整備の構想も持ち上がっているそうです。

それにしても「全長290m」というのは大きいです。このクルーズ船の同型を除く他の船であれば、例えばLNG運搬船やタンカーの中の「際立って大きい部類」でもなければ視られないような大きさで、「世界の海で航行する民間船の中で最大級」なグループになるかもしれません。

全くの思い付きでコルサコフ港に出てみて、少し面白い場面に出くわしました。

上空から望むコルサコフ港(2018.04.16)

飛行機の窓から、「あそこだ!!」と判る場所の様子が視えると、何か凄く嬉しいような気がすることが在ります。

↓コルサコフ港が視えました。
birds eye - Korsakov.jpg
↑画のやや右側に、クレーンが林立する2本の桟橋が突き出していますが、そこがコルサコフ港です。より右側が南埠頭で、稚内・コルサコフ航路の船が利用する場所で、左側はコンテナ船等が見受けられる北埠頭です。

こういう様子は、筆者の個人的経験に照らすと「最後列の窓側」というような座席に着くと、視て写真を撮るのに都合が好い感じです。

ウラジオストクからユジノサハリンスクへ向かう早朝のフライトを利用しました。ウラジオストクから大陸の上空を北上する飛行機は日本海洋上に出た後、サハリン島の南西側が視える辺りを抜けて、アニワ湾上空で機首を少し北のユジノサハリンスクへ向けているようです。そのアニワ湾上空でコルサコフ港がハッキリ視えました。

船で海側から望む、コルサコフの高台で陸から望むということでコルサコフ港は何度となく視ていますが、「上空からハッキリ判る具合」で視たのは初めてでした。大変に幸運なフライトでした。

早春の趣:コルサコフ港(2017.04.07)

休日の土曜日の朝、思い付いてバスに乗ってコルサコフ港を眺めに行ってみました。

↓既に「しつこい残雪」というようなモノが残るばかりで、冬の間に枯れて雪に埋まっていた草が視えるようになっています。
コルサコフ港(2018.04 (1).jpg
↑画は大き目な、コンテナを積んだ船が主に出入りしている北埠頭です。

この日は後から「雪交じり」となってしまった寒い日でした。雲が厚めな時間帯が長く、朝の明るい筈な時間帯でも「薄暗い?」ように感じます。

↓少し前の「流氷」の時季とは、様相が大きく変わっているのが面白いと思いました。
>>流氷に覆われたコルサコフ港の夕暮れ(2018.02.19)

↓南埠頭側、市街側を視てみました。
コルサコフ港(2018.04 (2).jpg
↑こちらの側も、しつこい残雪が残るばかりです。

稚内等でも或る程度言えるように思うのですが、こういう具合に「しつこい残雪が残るばかり」という時季に入った後、「日が長くなって、晴れれば陽射しが心地好い他方で風が冷たい場合も在る」という“早春の趣”が非常に長く続くというのが「北国の特徴」のように思えます。コルサコフ港の辺りも、“早春の趣”が長く続くことでしょう。