<ルースキー・テーレム>が稚内に還って来た!(2019.02.15)

「ユジノサハリンスクからやって来る稚内の人気者」という感の<ルースキー・テーレム>ですが、恒例化している<稚内副港市場>での公演が2月15日から始まりました。

稚内から会場の様子の写真が届きました。

↓既に稚内では御馴染の、4人の女性シンガーです。美しく力強い歌声を聴かせてくれます。
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↑左からイリーナさん、ワレーリアさん、ペラゲーアさん、リュドミーラさんです。バックでアコーディオンのようなロシアの楽器<バヤン>を演奏しているのが、リーダーのアンドレイ・メリニチェンコさんです。

↓2人の女性ダンサーも参加しています。左の赤い衣装がアリーナさんで、右の青い衣装がエカテリナさんです。
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↑女性シンガー達の中、ワレーリアさんはタンバリンを、ペラゲーアさんはバラライカを演奏します。ワレーリアさんのタンバリンに関しては、市内の小学生が「あのお姉さんのタンバリンが好い!!」と、親に御願いして似たようなモノを入手して、家で一生懸命にやっているという話しを聞いたことがありました。

↓公演終了後に、こういう具合に記念写真を撮影することも出来ます。
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↑後列の右端に、司会を担当するレオニード・ミロノフさんが写っています。コルサコフの学校で日本語講師を務めていた経過も在り、稚内とサハリンとの地域間交流で永く活躍されている方です。<ルースキー・テーレム>の公演の際にやって来て、公演の司会を務めています。

北海道へ発つ前、稚内市サハリン事務所の辺りでアンドレイ・メリニチェンコさんに出くわし、公演時のレパートリーの整理や渡航手続きを進めていると聞き、張り切っていた様子も視ていますから、こうして稚内に無事に着いて公演が始まったという話しが伝わるのは凄く嬉しいものです。

3月15日まで、毎週火曜日が休演ですが、毎日2回(午後5時開始・午後6時開始)の公演となります。
posted by 稚内市サハリン事務所 at 06:30Comment(0)カルチャー

映画『レニングラードを救え』(СПАСТИ ЛЕНИНГРАД)(スパスチー レニングラード)(2019.02.03)

居室のテレビで時々観ているチャンネルに、サンクトペテルブルグを本社としている局が在ります。その局では新旧のロシアのテレビドラマを放映していることが多いのですが、時々地域の催事に関連する特別番組を放送する旨の告知をしています。

そんな“告知”として、「レニングラード包囲戦終結の日を記念する催事に関連する番組」という紹介が在りました。“レニングラード”とはサンクトペテルブルグのソ連時代の呼称で、第2次大戦当時もレニングラードと呼ばれていました。

「レニングラード包囲戦」というのは、ロシアの記録では「1941年9月8日から19441月27日までの872日間」に繰り広げられた戦いを示します。大都市での戦闘が行われたことで、殊にソ連側の犠牲者が夥しいものになったとされる独ソ戦の中、「レニングラード包囲戦」は最も熾烈な戦いの一つです。

1941年にドイツ軍がソ連領内に侵入して独ソ戦が始まります。レニングラードを攻略、破壊してソ連を屈服させようという意図で進撃したドイツ軍は、バルト海沿岸を北上してソ連軍の防衛線を突破し、レニングラード周辺地域に至りました。ドイツ軍は、レニングラード都市圏での人やモノの出入りを完全に遮断し、「一冬もすれば干上がってしまう」という状態に陥れようとしました。所謂「兵糧攻め」ということです。そのために重砲による砲撃、空爆でのインフラや物資が集積されていた場所等の破壊を繰り返し、方々で激しい地上戦も展開しました。

そういう状況下、レニングラードは屈することなく抵抗を続け、飢餓や寒さでの犠牲も非常に多かった中、必死に食糧等を運び込み、ドイツ軍による包囲に穴を開け、終に撤退させることに成功しました。

その「レニングラード包囲戦」の終結記念催事の“告知”が気になっていた頃、「1月27日」をロシア全国での公開日ということにした映画の予告篇等が眼に留まるようになりました。

↓こちらが“予告篇”です。

↑この予告篇を視るだけでも、戦時の出来事に着想を得た、大迫力の映像で史実に想いを巡らせる作品であることが推察出来るというものです。

この映画は、ユジノサハリンスクやホルムスクと言った「映画館の営業が見受けられる街」に留まらず、日曜日等を利用して各地の文化センターでも上映されたようです。関心が高い作品、或いは「あの戦いのことを伝える」ということで「観るべき作品」とされていると見受けられます。

映画の上映情報等が視られるウェブサイトで、入場券のネット販売をやっているウェブサイトへのリンクが在り、それを一寸視てみました。映画館のホールの見取り図が在って、座席の箇所の多くに「赤い丸印」が見受けられ「殆どの座席が埋まっている??」と驚きました。しかしそれは間違いで、「赤い丸印」は「丸印の席の券をお求め頂けます」という意味でした。十分に空席も在り、映画館の窓口で券を求めて鑑賞出来そうな状況と判りました。

大型商業施設の<シティーモール>館内に在るシネコンへ、日曜日の朝から足を運んでみました。

窓口でホールの見取り図が出て、空いている席を選んで券を求める仕組みです。既に券が売れている席は赤で、空いている席は水色で画面上に表示されるようになっていて、空席を示す水色の方が多く視える状況でした。「ここは?スクリーンの真中辺りで、周りに人が居ない“貸切”気分で観られそうな場所…」と席を選び、朝一番の上映で相対的に安価な260ルーブルの券を求めました。

↓映画の小さなチラシと、窓口で求めた入場券です。
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映画館での映画上映の雰囲気は、日本国内の映画館と然程大きく変わりません。コマーシャルや、これからの上映予定作品の予告篇等が映写され、そのうちに本篇が始まります。

本篇は、原題のサンクトペテルブルグのとあるアパートで、車椅子に乗った老婦人がテレビ取材を受けていて、昔の出来事を語る場面から始まります。そして想い出の古い腕時計を取り出します。

そんな場面の後に1941年9月の物語が始まります。

1941年9月、人やモノの往来を停めてしまおうとしているドイツ軍側に対し、ソ連軍やレニングラードの人達は船での輸送に望みを託しています。レニングラードを離れようとする兵士や民間人は、タグボートで曳航する輸送用の台船(バージ)に乗り込もうと集まります。若い兵士のコースチャは、交際していたナースチャを誘い、その台船(バージ)に乗り込むことにしました。

出発間際になり、コースチャと共に台船(バージ)に乗る筈だった陸軍の分隊は、近くで発生した戦闘に対応すべく、その場を離れることになります。コースチャはそれに従うつもりでしたが、輸送用台船(バージ)等を運用する海軍部隊の幹部である父に呼び出され、「お前は手段を選ばずに紛れ込んで脱出し、生き残るのだ…」と説得を受けます。そして海軍兵士の服装に着替えて紛れ込みました。

輸送用台船(バージ)が出航した頃、コースチャが居た分隊も参加した戦闘が始まります。陸軍の正規部隊の他、港や軍艦という持ち場を失った海軍の兵士達や、レニングラード地区の民間人までかき集めた状態で、必死にドイツ軍に抵抗します。

コースチャの分隊のリーダーであった古参兵は、必死に駆け回っていた自分の周辺の一群に、軍服ではない平服姿で年長の男性が居るのに気付いて訝しみます。「あんた…何者だ?」と問えば「生物学博士をやっています…」との答えです。この“生物学博士”が、ナースチャの父親で、秘密警察にマークされたような経過も在る知識人でした。成人の娘が在る訳で、50歳代に届こうかというような年齢ですが、銃を手に将兵達と共に行動する道を選んだのでした。

やがて俄かな荒天で、強い風浪に輸送用台船(バージ)は翻弄されてしまうのですが、その動きをドイツ軍側が察知します。そして2機の戦闘機が現れるのでした。

というように、レニングラード包囲戦が始まった頃の輸送用台船(バージ)の遭難という事件がリアルに、劇的に描かれるのがこの映画です。約1500人の人達が乗り込んだ輸送用台船(バージ)の運命や、レニングラード地区での激戦の映像は凄いものでした。殊にレニングラード地区での激戦は、銃弾が飛び交う中を両軍兵士が進むという状況に加え、「泥まみれの両軍兵士が終いに掴み合いをする」という凄まじい描写まで在りました。

多大な犠牲を払った先人達に捧げると同時に、大変であった状況を若い世代に伝えようというような強い意志も感じられる作品でした。
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<サハリン日本映画祭 2019> (Фестиваль Японского Кино 2019) (2019.02.01)

今年も、「サハリンの映画館で日本の映画を上映」という<日本映画祭>の時季が巡って来ました。

<サハリン日本映画祭 2019>は、在ユジノサハリンスク日本国総領事館が、日本文化を紹介する活動として、サハリン州政府文化・公文書省の協力を得て催しているものです。ユジノサハリンスクに日本国総領事館が開設された頃から続けている映画祭は17回目となりました。

↓今回の上映スケジュールです。

2月1日(金)
18:00 開会式
18:15 『サバイバルファミリー』(2017年,117分)(16歳以上)
20:20 『カメラを止めるな』(2017年,96分)(18歳以上)

2月2日(土)
11:00 『夜明け告げるルーのうた』(2017年,112分)(12歳以上)
13:20 『サバイバルファミリー』(2017年,117分)(16歳以上)
19:30 『カメラを止めるな』(2017年,96分)(18歳以上)

2月3日(日)
18:00 『曇天に笑う』(2018年,94分)(16歳以上)
20:00 『いぬやしき』(2018年,127分)(16歳以上)

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各上映作品に「X歳以上」と付されています。これは、ロシアでは映画館やテレビ等で流される映像コンテンツに関して、視聴に適した年齢を表示することになっていることを踏まえたものです。映画館で上映される映画でも、テレビドラマでも、更に言えば音楽のプロモーションビデオでも「12+」とか「16+」という、「XX+」で「XX歳以上」という意味の表示が、殆ど必ず脇の方に、或いはポスター等に表示されます。

開会式に足を運び、「何処かで予告篇を観た記憶が在るが…本編は観ていない?」ということであった『サバイバルファミリー』を鑑賞しました。

↓会場の映画館<オクチャブリ>のホールです。入場直後に雰囲気の判る画を撮っておきました。ホール内では日本のヒット曲をアレンジして琴で演奏しているという音楽がBGMに流れていました。
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この<日本映画祭>はなかなかに人気で、「上映前日の朝から映画館の窓口で整理券を配布」ということなのですが、「上映前日」に窓口へ立ち寄ってみれば行列が出来ていて、直ぐに「券の残りは然程多くない」という話しになるようです。

↓主催者で用意の開会式招待券に、映画館<オクチャブリ>で通常使われている入場券の体裁の整理券が付されています。<日本映画祭>の鑑賞希望者は、この整理券の方を窓口で頂く訳です。
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↓因みに、こちらは昨年の様子です。
>><サハリン日本映画祭 2018> (Фестиваль Японского Кино 2018) 開幕(2018.02.02)

前年や前々年に制作され、一定程度話題になった作品が観られるという機会は、なかなかに興味深いもので、「映画」である以上、観る方各々で「好き?嫌い?」は当然在りますが、多くの人に好評を博している催事です。この機会で「未見だった日本の映画」に触れた他方、ユジノサハリンスク市内の映画館で最近のロシア映画を観る機会も在るのですが、逆に「日本でのロシアの映像作品紹介」というのも、もっと機会が増えると好いというように思いました。
posted by 稚内市サハリン事務所 at 07:00Comment(0)カルチャー

<2019 ロシア劇場年間 『シアターマラソン』>とは?!(2019.01.23)

ハバロフスクで演劇の活動を続けている<ハバロフスク地方ドラマ劇場>のグループがユジノサハリンスクに乗り込み、<チェーホフセンター>で公演を行うということで、その初日の演目であった『犬の心臓』を大変に興味深く観たところでした。

>>観劇:<ハバロフスク地方ドラマ劇場>のユジノサハリンスク公演から 『犬の心臓』(Собачье Сердце)(2019.01.23)

同じ小説を原案とする劇が、偶々<チェーホフセンター>でも制作されていて、その公演を観ていたことから強い興味で劇場に入りました。券売窓口で「最後の1枚…」という話しだった、大きなホールの最後列の席の券を手に、ステージの赤系の幕が開くのを待っていました。

そして幕が開くと、ステージ全体を覆うよう真っ白なモノが在りました。スクリーンのようです。「こういう趣向なのか?!」と半ば身を乗り出すように視ていると、何やらロシアの地図の線画的なCGのようなモノが映写され始めました。

「どういうことだ?!何なんだ!?」と思っていると、<2019 ロシア劇場年間 『シアターマラソン』>というような意味の字幕です。そしてステージの脇に司会者が登場しました。

正直に申し上げて「余計なゴタゴタは全く要らない!!!劇を観に来たのだ!!速く見せろ!!」と内心で思わないでもなかったのですが、今般の「<ハバロフスク地方ドラマ劇場>のユジノサハリンスク公演」に関連する「少し興味深く、少々驚かされる」という事柄が紹介されました。

ロシアでは、文化振興策ということで、例えば「劇場年間」というように銘打って、各地で様々な催しを行うようなことが幾つかの分野で行われているようです。今年はその「年間」のテーマに「劇場」が選ばれた訳です。

「劇場」は「театр」(チャートル)と言いますが、これは「客席や舞台の在るホールを備えた“○○劇場”という建物」を指し示す語であると同時に、「劇、オペラ、バレエのような舞台で上演されるモノ全般」を示す語になっています。また“○○劇場”というように言うと、「建物のみではなく、演劇等の公演の制作上演を行うグループが活動している」というイメージになります。「演劇等の公演も可能な建物」というだけの存在であれば、それは例えば“文化センター”とか“○○ホール”と呼ばれます。「劇場」、「театр」(チャートル)と言う場合は、色々な含意が感じられる訳です。

「劇場」、「театр」(チャートル)は「活動する人々の集まり」という側面も強く、そしてその活動はロシアに在っては、広大な国土の隅々に及んでいるのです。演劇だけでも、「古典」と言い得るモノから「新しい創作」という性質のモノまで、様々なモノが制作されて公演されています。現に、ユジノサハリンスクの<チェーホフセンター>も活動していれば、ハバロフスクの<ハバロフスク地方ドラマ劇場>も活動していて、彼らが制作した劇の公演を観ている訳です。

真っ白なスクリーンが在るステージに、サハリン州代表とハバロフスク地方代表が登場し、「劇場年間」ということになった2019年に催す取組である<2019 ロシア劇場年間 『シアターマラソン』>の紹介が、劇の上演に先駆けて行われました。

『シアターマラソン』?聞き慣れない表現です。

↓これがその『シアターマラソン』を紹介するリーフレットです。<チェーホフセンター>の館内で配布していました。
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↑「ウラジオストクからカリーニングラードへ 85の街」というキャッチフレーズが入っています。

↓こういう表を開くと、上のような内容が出て来ます。
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↑「劇場年間」のシンボルマークとして、半円形の「劇場の客席」をイメージした図案が使われています。

これはどういうことでしょうか?「ウラジオストクからカリーニングラードへ」と言うだけで「広大なロシアの東端から西端へ」というイメージになると思われます。

これはウラジオストクで『シアターマラソン』を開幕し、ウラジオストクの劇場のグループがハバロフスクへ赴いて公演を催します。次はハバロフスクの劇場がユジノサハリンスクへ赴いて公演します。その次はユジノサハリンスクの劇場がペトロパヴロフスク・カムチャツキーへ赴いて公演します。こういう要領で、「出向いての公演」をリレーするというのが『シアターマラソン』です。

1月18日にウラジオストクで開幕した『シアターマラソン』ですが、ハバロフスク、ユジノサハリンスクと少しだけ進みました。以降、ペトロパヴロフスク・カムチャツキーへ向かって「極東連邦管区」の各連邦構成体の街を巡り、「シベリア連邦管区」、「ウラル連邦管区」、「沿ヴォルガ連邦管区」、「中央連邦管区」、「南連邦管区」、「北コーカサス連邦管区」、「北西連邦管区」とロシア全土をくまなく巡り、11月15日のカリーニングラードが“ゴール”なのです。

「ウラジオストクからカリーニングラードへ」の長い道程で「公演のリレー」が行われるのが、連邦構成体の数である85(※)なのです。

約11ヶ月間もの長丁場で85都市で「公演のリレー」というのは壮大な話しです。他方、これを聞いて驚いたのは、この取組が実施される以上「国の隅々まで、各連邦構成体の主要な街で、須らく“劇場活動”が見受けられる」ということで、寧ろそのことに関して少し驚かされました。

1月23日の劇の上演に先駆けて、ステージ上ではハバロフスク地方代表から「リレーのバトン」に相当する<2019 ロシア劇場年間>の記念品がサハリン州代表に手渡されました。恐らく、ペトロパヴロフスク・カムチャツキーでは、サハリン州代表が記念品をカムチャッカ地方代表に渡すことになるのでしょう。

こういうような取組で、国全体の文化活動の活性化を目指しているようで、<2019 ロシア劇場年間 『シアターマラソン』>についてはロシア連邦文化省と各連邦構成体の行政府が支援しているようです。

ロシアに関しては「舞台芸術の国」というイメージも或る程度強いとは思われますが、こういうような振興策が進められているのです。

※ ロシアの連邦構成体の数に関して、ロシアでは「85」としています。が、諸外国ではクリミアの2つの構成体に関して「認められない」という立場で「83」としています。
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観劇:<ハバロフスク地方ドラマ劇場>のユジノサハリンスク公演から 『犬の心臓』(Собачье Сердце)(2019.01.23)

演劇等の公演が催される劇場では、その劇場を拠点に活動するグループによる公演の他に、他地域の劇場で活動するグループ等が訪れての公演が催される場合も在ります。ユジノサハリンスクの<チェーホフセンター>でも、そうした例は見受けられます。

↓劇場での公演に関しては、古くからこういうような「今月の演目」というようなモノが掲出されています。
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↑これを視る他、古くはその種の情報を多々掲載した新聞のようなモノが見受けられましたが、最近はネットに情報が多々出されています。

興味が沸く公演が在れば、チケットを入手する訳です。最近はネットでの販売も見受けられますが、昔ながらの「劇場等の窓口」もポピュラーです。

<チェーホフセンター>の事務局は、一般的なオフィスのように午前9時から午後6時で、午後1時から午後2時が昼休みです。窓口は午後2時から午後3時を昼休みにしていて、午前10時頃から開けているようです。公演の日には、開演前まで開けているように見受けられますが、その日の券は「完売」ということも多々在ります。

今シーズン、幾つか興味が沸いた演目が在って窓口を訪ねてみたのですが「完売」という例が続きました。今般、大変に興味が沸いた演目が在り、窓口に立寄って尋ねてみると「1枚?それなら最後の1枚が…」と券が在ったので入手しました。

興味が沸いた演目というのは『犬の心臓』(Собачье Сердце)です。ハバロフスクの<ハバロフスク地方ドラマ劇場>がやって来て、3日間で3本の演目の公演を行うということで、その1本だというのです。

↓実は昨シーズンから<チェーホフセンター>でも『犬の心臓』(Собачье Сердце)を公演しています。これは既に観ています。なかなか好評で、演劇界でも高い評価を得ているようです。
>>観劇:<チェーホフセンター>の新作劇『犬の心臓』(Собачье Сердце)(2018.03.30)

同じ題の演目、換言すると同じ原案を用いた劇であっても、公演を行う劇場が変われば様子は変わるものです。異なる演者が異なる演出で舞台に登場するのですから。

筆者自身が実際に観て知っている範囲では、少し古い見聞ということになってはしまいますが、チェーホフの戯曲である『ワーニャ伯父さん』(Дядя Ваня)に関して、モスクワの色々な劇場で催された公演を観ていますが、それらは悉く違う雰囲気でした。劇中人物が話す言葉、演者が発する台詞が同じであっても「大きく様子が違う」のです。或る劇場では「動揺して怯えながら発せられた」という台詞が、別な劇場では「怒りを噛みしめて、強めに淡々と発せられていた」というような例さえ在りました。こういうことになれば「同じ場面」のイメージが大きく変わる訳です。

と、「そのまま書かれている台詞を演者が発する」という「戯曲」でも、異なる劇場で異なる感じの劇が登場する訳ですが、『犬の心臓』(Собачье Сердце)となれば、そういう違い、今般の場合は「ユジノサハリンスク版」と「ハバロフスク版」は非常に大きく異なる筈です。何故なら、『犬の心臓』(Собачье Сердце)の原案は、ブルガーコフの「小説」なのです。「そのまま」でストレートに劇を創るのではなく、「小説」に依拠しながら「脚本を創る」ということもして、舞台での色々なことを演出するのです。各々の劇場で、「同じ題名の全く異なる作品」と「ならざるを得ない」のです。同じ戯曲という以上に興味深いことです。

↓<ハバロフスク地方ドラマ劇場>では、今般のユジノサハリンスク公演のリーフレットを用意していました。<チェーホフセンター>の館内で頂くことが出来ました。
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<ハバロフスク地方ドラマ劇場>は1946年からハバロフスクで演劇の活動を続けています。今般は近年好評を博している演目、今シーズンから登場の演目の3本でユジノサハリンスク公演に臨んでいるということでした。<チェーホフセンター>の『犬の心臓』(Собачье Сердце)は昨シーズン登場ですが、<ハバロフスク地方ドラマ劇場>の『犬の心臓』(Собачье Сердце)も昨シーズン登場で、こちらも演劇界で高い評価を得ています。

↓これがハバロフスクから届いて50ルーブルで販売されたプログラムと、手元に残った入場券の半券です。入場券は350ルーブルでした。
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プログラムを視て一寸驚きました。「“シャリコフ”の配役に2名?!」と判りました。

『犬の心臓』(Собачье Сердце)という物語は、1920年代のモスクワを舞台としていますが、SF的な要素が入った一寸独特なものです。

「名も無き野良犬」が“教授”に拾われ“シャリク”と名付けられます。“教授”は研究のための実験で犬に手術を施して“改造”しました。その結果、犬は人間のようになって言葉を話して2本の足で歩き回るようになり、服を着て靴も履くようになります。そして人間の姓名を欲しがって“シャリコフ”と名乗ります。この“シャリコフ”という、「元は文字どおりの野良犬」という男(?)が絡まる騒動という訳です。

<ハバロフスク地方ドラマ劇場>による『犬の心臓』(Собачье Сердце)は、1時間40分程度で幕間を挟まない形での公演でした。「名も無き野良犬」が“教授”に拾われ、“改造”が在って「人間のようになってしまう」という、小説で綴られている経過が限られた時間の中で丁寧に語られたというような感でした。

「“シャリコフ”の配役に2名?!」と驚いたのですが、2人が同時にステージに登場しました。1人は男性で、もう1人は女性でした。男性は“身体”を、女性は“心”を演じていたという感です。多分、あの男性は台詞を発していません。全て女性の側の“シャリコフ”が発していました。これは、かなり驚いた見せ方でした。

全般に、ミュージカル調のような箇所や舞踏劇のような箇所等も在って、「現代的なスタイル」に纏め上げていたように見えました。エレキベースのようでしたが、ステージの隅で随時演奏し、時にはコーラスも在りました。

大変な興味を覚えて、運好く券が手に入って―本当に「完売」になったホールは満員でしたが、開演前に劇場の入口で「どなたか余っている券は在りませんか?!」と呼び掛けているような方も視掛けました。―観ることが叶った公演でした。「ユジノサハリンスク版」と「ハバロフスク版」は、同じ小説を原案とする劇ですが、本当に全然違う個性を放つモノになっていました。

広大なロシアの方々で、こういう「新しい劇」が毎シーズンのように創られているということですが、なかなかに凄いエネルギーが国中に渦巻いているということになります。なかなかに興味深いことです。

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『ЗИМНЫЙ ДЖАЗ』(ズィームヌィー・ジャズ)=ウィンター・ジャズ:<サハリンアートカレッジ>(2019.01.21)

稚内市サハリン事務所から然程遠くない辺りに、芸術分野―各種の音楽、舞踏、演劇等―を学ぶ人達が通う<サハリンアートカレッジ>が在ります。

この<サハリンアートカレッジ>では学生達、講師、職員、その他でグループを組んで、対外的に公演を行うようなことも盛んに行っているようです。そういう形での発表の場として、『ЗИМНЫЙ ДЖАЗ』(ズィームヌィー・ジャズ=ウィンター・ジャズ)という催しが校舎内のホールで開催されました。

<サハリンアートカレッジ>の音楽関係の部門の一つに「ポピュラーミュージック」という部門が在るということですが、設立されて15年になるということで、「記念の催し」と位置付けられていました。催しの冒頭の司会者のコメントによれば、設立以来の変遷が在って、現在は歌唱、楽器演奏、サウンドエンジニアリングの大きく3つのコースで構成され、概ね40名の学生が学ぶ部門となっているそうです。

この<サハリンアートカレッジ>での、学生達、講師、職員、その他で組んだグループの発表は、以前に足を運んで大変に愉しかったことを記憶しています。

>><サハリンアートカレッジ>の「クリスマスコンサート」:“ジャズ&バラエティー”(2017.12.18)

そういうことも在って、また<サハリンアートカレッジ>での催し以外の場所に登場した時の演奏が気に入っているグループも登場するということで、大いに期待して会場に向かいました。

↓華やかな女性ヴォーカルの歌声でコンサートが開幕しました。
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↑各々のパートが見事に絡み合って、素晴らしい歌声が響きました。

↓歌唱コースの学生達や講師で、所謂“アカペラ”で歌う<СитиИКС>(シティーX)というグループを組んでいます。これが「凄い迫力」なのです。
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↑講師も含む男性が“ボイパ”こと「ヴォイスパーカッション」のリズム、男性も女性も担当していた複数のパートのメロディー、そして女性が分担している割合が高いように聞こえた複数のパートのハーモニーと、順次メンバー間で役目が入替る場面も交えて朗々と歌い上げる訳です。「眼の前で生で歌っている」のですが「巧みな多重録音」というような、「本当に人の声だけなのか?!」という驚異的に分厚いサウンドが響くのです。

<СитиИКС>(シティーX)の凄いアカペラの後は色々な演奏が続きます。

↓最初は学生達のバンドで、楽器演奏の曲に加えて、ヴォーカリストを加えた曲も披露されました。
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↑ヴォーカリストが加わると、何か「昔の有名なバンドにこういうのが在ったような?」という雰囲気になりました。

↓学生の他に講師やその他の人達も加わっている<Island Brass Band>(アイランド・ブラス・バンド)は、少しユニークな編成の演奏グループです。
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↑トロンボーン、ユーフォニウム、トランペット、アルトサックス、テナーサックス、チューバと管楽器ばかりの「ブラスバンド」にドラムスが加わります。

この<Island Brass Band>(アイランド・ブラス・バンドは、「何処か懐かしい…」という感じの音で、管楽器の合奏向けにアレンジした、聞き覚えもあるような曲をドンドン演奏してくれました。

↓そして<AJQ>が登場です。「Absolute Jazz」(アブソリュートジャズ)と名乗り、4人で演奏すれば“カルテット”を名乗り、5人になれば“クィンテット”を名乗る訳です。
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↑現在は5人で演奏していて、“クィンテット”を名乗っています。

この<AJQ>に関しては何度も色々な場所での演奏を聴いています。昨年、メンバーが各々の都合で他地域へ転出するようなことが続き、メンバーが固まり切らない感じにもなっていましたが、今回は改めてギターのドミトリー・カプスチュークを中心に、サックスのアンデルス・カールソンを迎えて“クィンテット”を組んで登場でした。

↓演奏家同士が対話でもしているかのような音の絡み合い、各パートが前面に出る技巧を凝らした演奏で、所謂「フュージョン」という複雑で重厚な音を紡ぐグループです。
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↑彼らの音や、醸し出す雰囲気が「うゎ!ヨーロッパ辺りのジャズ…!!」という感じで、凄く素敵なのです。

<AJQ>の演奏は、ぐっと引き込まれてしまい、何気なく時計をみれば「えっ?こんなに長く演奏していた?」ということで驚きます。時間経過を忘れてしまうような演奏です。

↓そして<サハリンアートカレッジ>の催しでは人気の、出演各グループのメンバーが揃ってのセッションが最後に入ります。
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↑ステージから演奏家達が溢れてしまいそうな中、多くの楽器で合奏する時に独特な音が楽しめます。

この<サハリンアートカレッジ>のコンサートは「入場無料の公立学校の催事」であることが「申し訳ない」、「入場料を払っても観て聴く価値が在る」ような素晴らしい内容でした。そして、メンバーを入れ替えてでもレベルが高い演奏が続けられるというような様子も視て、「文化活動の層の厚さ」を実感しました。
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映画<Т-34>(2019.01.01)

12月31日、ユジノサハリンスク市内等の映画館は軒並み休業でした。が、1月1日は各々に営業しているということが判りました。

1月1日は朝から穏やかな天候だったので、「映画館?」と思い立って出掛けてみました。

↓足を運んだのはこの<コムソモーリェツ>です。
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↑レーニン通とサハリンスカヤ通との交差点に在ります。レーニン広場やユジノサハリンスク市行政府本庁舎が在る辺りから、少し北側です。

<コムソモーリェツ>については、1990年代半ば頃まで出回っていた「少し旧い写真?」という感じのユジノサハリンスクの絵葉書でも建物が写っていて、市内では「老舗の映画館」という感です。建物の雰囲気も「旧き好き映画館」という感です。建物外観は昔風ですが、館内の座席等は最近の映画館のモノに換装されていて、券を売る仕組みも現代のモノでコンピュータで印字されたチケットを使っています。チケットに作品名と上映時間が印字され、座席も指定です。日本国内の“シネコン”で券を求める場合の様子と差は在りません。

↓建物の前に上映作品を宣伝紹介する大きなポスターのようなモノが掲出されています。
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↑ユジノサハリンスクでは、他にも映画が主体のホールでポスターのようなモノを掲出という例は在るのですが、この<コムソモーリェツ>のモノは殊更に好い雰囲気を醸し出しています。

<Т-34>という作品は12月27日から公開していると聞きますが、この<コムソモーリェツ>では1月1日が最初の上映なので、ポスターの下側にはその旨が記されています。

↓<Т-34>という作品の予告篇が広く出回っています。

↑最近の映像技術を駆使して、「イマドキ風な演出?」という具合の迫力在る画が記憶に残る作品です。

<Т-34>とは、第2次大戦期のソ連軍が使っていた戦車の呼称です。1941年頃から1945年頃まで、初期型と後期型で戦車砲の大きさが違って砲塔の仕様が変わっているというようなことは在りますが、第2次大戦期のソ連軍が一貫して使用していたことが知られています。

物語の冒頭は1941年11月のモスクワ近郊です。

ソ連軍を駆逐してモスクワへ攻め込もうというドイツ軍の前に、ソ連軍の戦車隊等は大きな打撃を被り、組織的な抗戦が困難な状態になってしまっていました。そういう中、残敵掃討の任務に就いているドイツ軍部隊に対し、1輛のТ-34が何人かの歩兵と組んで果敢に抵抗します。

住民が逃げ出して放棄されてしまった小さな村を舞台に、4輛の戦車や他の車輛、歩兵小隊等からなる残敵掃討の任務に就いているドイツ軍部隊を向こうに回し、罠を仕掛けて巧みに待ち伏せをするというような戦いぶりでТ-34はドイツ軍部隊の指揮官が乗り込んでいる戦車以外を粗方撃破、または行動不能に陥れてしまいました。

そして年月は流れて1945年に入ります。

モスクワ近郊の村でТ-34と戦ったドイツ軍部隊の指揮官は昇進していて、特命を受けて捕虜収容所にやって来ました。軍の士気を鼓舞し、対ソ連軍戦車の戦術を各部隊に広めることを目的に、捕虜達を使ってソ連軍戦車1輛を実際に動かして戦車隊の演習を行うという計画が持ち上がっているのです。

ドイツ軍部隊の指揮官は、収容所幹部の部屋で収容者の記録カードを閲覧します。目的のために、戦車の指揮を執った経験が在る者をリストアップしようとしていました。そんな中「この男?!忘れもしない…」という人物に気付きました。モスクワ近郊の村で出くわし、部下達を壊滅させてくれた、あのТ-34の車長であったらしい男です。

こういう訳で、因縁在る両者が変な形で再会します。

収容所の一隅に、多少の修理作業でまた動かせる状態と見受けられるソ連軍のТ-34戦車が運び込まれます。演習の「標的」或いは「敵の役」を引き受けさせられた車長だった男は、収容者の中から昔馴染みのドライバーと、信頼に足りそうな2人の男達を見出してチームを急遽編成し、準備に当たります。準備にあたりながら「彼らの思いどおりにはさせない…」と静かに闘志を燃やしています。そこに収容所でロシア語・ドイツ語の通訳をやらされていた、収容捕虜でもある女性が色々と彼らに協力しようとします。

Т-34に乗り込む4人の男と協力者の女性はどうなるのか?という物語です。
↓館の前に掲出されたポスターは、漠然とした作品のイメージですが、この館内に在ったポスターはなかなかに好い感じです。Т-34に乗り込む4人の男と協力者の女性が並び、Т-34自体が戦闘に臨んでいる感じです。加えて背後に、「因縁の敵」であるドイツ軍士官の影も在ります。
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何となく、戦車が出て来る映画を観るというのが続いています。少し前に視た作品は、淡々と戦場で奮戦する戦車に乗っていた人達の物語でしたが、この<Т-34>はもっと「娯楽アクション」という色彩も濃いような感がしました。

1月1日の休日の日中に上映ということでしたが、ホールは存外に賑わっていました。特段に入場料の割引のようなものは無く、300ルーブルと普通な入場料でした。
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「稚内旅行」が切っ掛けで始まった文化活動:<墨絵展―『日本の息吹』>(2018.12.21)

稚内市サハリン事務所では、色々な文化行事に関して、関係各方面からの御案内を頂くことが時々在ります。

つい最近、<墨絵展―『日本の息吹』>という催しのオープニングセレモニーが催されるとの御案内を頂きました。

「墨絵」と言えば、墨汁の濃淡で風景やモノ等を描くという絵画で、個人的なイメージとしてはモノクロ写真や、単色での印刷を前提に描かれるイラストというようなモノに通じるような、面白いジャンルだと思っています。そういう作品を展示する機会ということで少し興味を覚えましたが、「是非ともお訪ねしなければなるまい!」ということになる、興味深いお話しが伝わって来ました。

展示される画の作者、リュボーフィ・スミルノーワさんはサハリンの税関職員であったという女性です。サハリンの旅行会社が募集した、稚内・コルサコフ航路のフェリーを利用する旅行に参加し、稚内滞在を愉しまれた経過が在ります。

リュボーフィ・スミルノーワさんが墨絵に魅せられて自ら取組むようになったのは、この「稚内旅行」が切っ掛けでした。「漢字というモノを筆で書く?書道というモノがどういう感じなのか、経験してみたい」という希望を表明され、稚内の関係者が奔走して地元の書家である中本青岳さんに御願いし「書道体験」が出来たのです。この体験が切っ掛けで、墨汁の濃淡で何でも表現する墨絵を知って取組むようになったのです。御自身で描く他、“絵画サークル”というような愛好者の活動の中で墨絵を描いてみるという活動にも取組まれているようです。

そうして活動を続けて来た中、職場のサハリン税関のバックアップ、会場となった<ヒストリーパーク>の協力で展覧会開催に至ったというのです。

↓<ヒストリーパーク>へ行ってみると、オープニングセレモニーに集まった人達で大変に賑わっていました。
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↑サハリン税関の幹部の方達、広報担当者やリュボーフィ・スミルノーワさんと一緒に仕事をした経過の在る皆さんや後輩の皆さんが多く来場していて、「港や空港で視掛ける税関吏の緑系の制服が溢れている?!」と多少驚きました。更に何台もテレビカメラが入り、メディアの取材も入っていた様子です。

↓<ヒストリーパーク>の2階に在る会議室にオープニングセレモニーの会場が設えられていました。
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↑もっと「ささやかなセレモニー」を想像して会場に足を運んだので少し驚きました。

サハリン税関の広報担当者が、「本職のアナウンサー」のように見事に司会を務めてセレモニーは進行しました。永くサハリン税関に務め、ホルムスクの現場が永かったというリュボーフィ・スミルノーワさんを全面的にバックアップという感じです。

セレモニーでは、リュボーフィ・スミルノーワさんが「稚内旅行」での経験から墨絵に取組んだことや、日本での墨絵は14世紀頃に中国から伝わったとされ、武士達が好んだと伝えられるという知識も紹介されました。

↓関係者が帰って落ち着いた後、改めて展示を少し拝見しました。
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↑<ヒストリーパーク>1階のスペースです。オープニングセレモニーの中で館長が「“私達”が皆で創る広場を目指して館を運営しているが、その皆の1人ということになる州内に住む方の手になる独特な絵画作品が、館内の展示スペースを彩って行く準備の様子を昨日は見守っていた」と話されていました。墨絵の展示が為され、空間に独特な演出が施されたかのようです。

↓各作品を拝見すると、古くから「墨絵の画題」のようになっているような作品や、サハリンの山河に着想を得たと見受けられる作品が在り、なかなかに愉しめました。
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↑「日本の流儀」で表現を試みているということで、作品展を『日本の息吹』と命名されています。

稚内は、稚内・コルサコフ航路を介して日本の北海道とロシアのサハリンが交差する場所です。同時に「異なる背景を持つ日ロ両国の文化の交差点」でもあります。「稚内旅行」でロシアの方が「日本の流儀の絵画表現」に出会い、創作活動を立派に続けていらっしゃるのです。

2018年は「文化交流の年」という位置付けで、日本文化関連の催事が色々とサハリンで催されている中、「日本で出逢った文物」に関する活動を続けている方の作品展が開催されました。そこで「稚内旅行」が「切っ掛け」となっているのは大変に嬉しい話題です。
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<ルースキー・テーレム>公演:ユジノサハリンスク(2018.12.15)

<ルースキー・テーレム>と言えば、何度も稚内で公演を行っており、既に「ローカルアイドル」的な、稚内で非常に人気が高いと言えるグループです。

↓3月に稚内での公演を愉しむ機会が在ったので、こちらでも御紹介しました。
>><ルースキー・テーレム>は稚内で公演中(2018.03.03)

<ルースキー・テーレム>は長い歴史を誇る伝統音楽系統の合唱、舞踏を行うグループから派生して、より積極的な公演活動を行うべく登場した「選抜グループ」という起こりが在るそうですが、本格的に“プロミュージシャン”というような活動に入って10年経ったということでした。

彼らは方々の様々な催事に出演している他、ユジノサハリンスクで独自の公演活動も行います。その一環として「<ルースキー・テーレム>活動10年記念」と銘打って公演が催されました。土曜日の午後、日中の訪ね易い時間帯の公演で、リーダーのアンドレイ・メリニチェンコさんからお話しを聴いていたので訪ねてみました。

↓20曲が予定されている公演でした。
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↑確りとした、グリーティングカードに使うような厚い紙のプログラムが用意され、来場者に配布されていました。

会場の<文化センター“ローディナ”>に数百人の観衆が集まった中、公演が開幕しました。

↓稚内でも御馴染みな4人の女性シンガーは元気でした。
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後ろの画面に、スマートフォンでの文字が出るやり取りを思わせる字幕が出て司会進行の音声が入るというような演出も交えながら、様々な楽曲が次々と披露され、時間はあっという間に流れました。

↓「あっ!?稚内でも着ていた衣装!!」と少し驚きました。
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↑4人で歌い、ダンスパフォーマンスが入る、稚内でも見せてくれるスタイルの曲も在りました。

後ろの画面には色々な映像や写真を映していましたが、記憶に残ったのは、ロシアの土産物で少し知られている工芸品の<ホフロマ塗>を思わせる色や柄のグラフィティーを設えて、それを映していた様子です。非常に鮮やかな感じでした。

↓<ルースキー・テーレム>公演では、「バヤン独奏」という場面が在るのですが、今回も確り在りました。これが非常に気に入っています。
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<ルースキー・テーレム>は伝統的な楽曲を基礎に、「普通に愉しむポピュラー音楽」というような巧みなアレンジを施した作品を多く披露していますが、何時も「より新しい何か」を模索しているようです。

↓今回は「ヒップポップ的アレンジ」が入った作品が在って、少し驚きながら愉しみました。
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↓稚内で御馴染みなメンバーの他、「未登場」な男性ヴォーカリストも在って、「1枚増えた歌」が何曲か在りました。それも凄く好い感じでした。
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<ルースキー・テーレム>ですが、年が明けて2月、3月、また稚内に登場する予定です。目下準備中なのですが、間もなく稚内で会える<ルースキー・テーレム>は元気にユジノサハリンスクで活動中であることをお伝えします。

今般、公演終了後にアンドレイ・メリニチェンコさんに会って「メンバーは元気に準備中だと稚内の人達に伝えておく!」と言って別れて来ました。
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日本のピアニスト 日高志野 と<ユジノサハリンスク室内楽管弦楽団>との共演:<ロシアにおける日本年>の催事(2018.11.18)

ユジノサハリンスクでは、概ね40名のメンバーを擁するオーケストラ<ユジノサハリンスク室内楽管弦楽団>が活動しています。この楽団と、日本の女性ピアニストがユジノサハリンスク市内の<文化センター“ローディナ”>で共演するというお話しが在り、招待券も手に入ったので足を運んでみました。

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<ロシアにおける日本年>ということで、ロシア各地で様々な催事が行われていますが、今般の演奏会もその取組の一環です。

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<文化センター“ローディナ”>での演奏会に先駆け、平野駐ユジノサハリンスク総領事が挨拶に立って「音楽は国境や言葉の壁を越えて、誰もが一緒に愉しむことが出来るもので、この演奏会は日ロ双方の演奏家が手を携えて素晴らしい曲を披露する場である」と仰っていました。全くそのとおりで、この日は日本の日高志野がピアノのソロパートを受け持って、エドヴァルド・グリーグの『ピアノ協奏曲』を演奏しました。

クラシックの曲に関しては、「曲名や作曲家や、その他のことはよく知らないが、聞き覚えが在って、何となく頭の中や耳に残るメロディー」という作品が色々と在るように思います。エドヴァルド・グリーグの『ピアノ協奏曲』、殊に冒頭部のドラマティックな感じのメロディーも、そういう作品の一つだと思います。正直、「今日の演目はエドヴァルド・グリーグの『ピアノ協奏曲』」と聞いて、直ぐにどういう曲であったのかは思い出せませんでしたが、演奏が始まれば「あれだ!」と直ぐ判り、また皆さんの演奏する姿が美しく、ステージを見入ってしまいながら、演奏を聴き入りました。

エドヴァルド・グリーグ(1843年-1907年)は、日本史で言えば明治時代の時期に活躍したノルウェーの演奏家、作曲家です。ロシアの有名な作曲家であるピョートル・チャイコフスキー(1840年-1893年)とは、同時代に活躍している人物ということになります。

音楽史では、出身国の伝統的なメロディーを採り入れることや、出身国の文学や歴史や自然に着想を得た作品を創ったというような活動を展開した人達を“国民楽派”と呼ぶ場合が在るようですが、エドヴァルド・グリーグもそうした“国民楽派”と呼ばれる作曲家の一人です。自身がピアノ演奏家としても活躍しており、多くのピアノのための小品を遺していることから「北欧のショパン」と呼ばれる場合も在るそうです。

エドヴァルド・グリーグによる『ピアノ協奏曲』は、彼が完成させた唯一のピアノ協奏曲です。故に、クラシックの演奏会の演目で視掛ける「第X番」というような表現が見当たりません。エドヴァルド・グリーグはノルウェーからドイツに渡って学び、デンマークで若き日を過ごし、またノルウェーに戻って活躍しています。この作品はデンマークに在った1868年、25歳の頃に完成した作品で、本人が何度も改訂を行っているといいます。

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このエドヴァルド・グリーグによる『ピアノ協奏曲』のピアノソロパートを受け持つ日高志野(ひだかしの)は、東京藝術大学に学んだ後、ロシア国立チャイコフスキー記念モスクワ音楽院に留学し、演奏家活動をしています。日本のクラシック音楽関係者の間では、ロシアは人気が在るようで、ロシアでのコンクールに出場した話しや、ロシアの楽団との共演という話しは耳にすることが多いような気がします。彼女は日本国内やロシアの演奏家に師事して現在に至っており、日本やロシアやその他の国々での多くの演奏会に出演しているそうです。

<文化センター“ローディナ”>の700人位は入りそうなホールに入場し、“自由席”であったことから、「どの辺りに陣取ろうか?」とステージを視ながら考えました。ステージ中央辺りの大きなピアノを視て、ピアノソロパートを受け持つ日高志野が演奏する様子が視易いのは左側と見当を付けて、左寄りな辺りの席に座りました。これで正解だったと思います。時に激しく、時に優しくピアノを弾く様子がよく視えて、なかなかに興味深かったです。

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演奏が始まると、エドヴァルド・グリーグが「故郷であるノルウェーのベルゲン辺りのフィヨルドの光景をイメージした?」とも言われる壮麗なオープニングから、力強いピアノの音でした。そして管弦楽パートとピアノパートが繰り返され、各楽器の幅広い表現に魅せられ、「えっ?もう演奏が終わってしまう?!」という位に夢中になりました。お年寄りからお子さんまで、かなり広い層のユジノサハリンスクの皆さんが集まった会場は、大喝采に湧き上がりました。

演奏終了後にオーケストラの指揮者であるティグラン・アフナザリャンが一言コメントしていました。演奏会に使ったピアノは、ユジノサハリンスクに新たに入ったばかりのモノで、本格的な演奏会に使われたのはこの日が初めてだったということです。その初めての演奏を行ったのが、日本の素敵なピアニストである日高志野であったということが、地域の文化活動の歴史に刻まれたとしていました。

日ロ双方の演奏家が手を携えて、国境や言葉の壁を越える音楽が創り出された中に居合わせる機会が持てたという日曜日でしたが、大変に幸運でした。
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