2018年稚内・コルサコフ航路運休

「残念なお報せ」ということになると思いますが、2018年の稚内・コルサコフ航路は、運休することとなりました。

来年以降のことは未定ですが、再開が目指されることとなります。

今後もサハリン定期航路への変わらぬ御理解を賜りますよう御願い申し上げます。

<ペンギン33>の2017年シーズン終了(2017.09.21)

↓稚内港を出た<ペンギン33>は、定刻よりもやや早めにコルサコフ港に入り、ゆっくりと入港しました。
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↑眩しい蒼天の下、白い船体が輝く碧海を旋回しながら、コルサコフ港の桟橋へ接近しています。

今季最後の運航は、「9月18日 コルサコフ発+9月19日 稚内発」という予定でしたが、台風の通過に伴って風浪が激しい状態となったため、「9月20日 コルサコフ発+9月21日 稚内発」に順延となっていました。

既に台風の影響を免れた海域を快調に進んだ<ペンギン33>は、訪日して帰国するサハリンの皆さんを中心に少し賑わっていました。

稚内市関係では、「友好都市青少年交流」で稚内を訪ねていたコルサコフの生徒達が乗船していました。実は8月の予定が欠航のために訪問が出来ず、止むを得ずに順延していた経過が在りました。生徒達は、お土産を手に、沢山の想い出を胸に元気に帰着しました。

多くの関係者の努力で運航が続けられた<ペンギン33>でしたが、今季の役目は無事に完了です。

<ペンギン33>から望んだ宗谷岬周辺の陸地(2017.09.08)

↓稚内港を出て40分程度経った辺りの眺めです。
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↑コルサコフへ向かう場合は進行方向の右側に宗谷の陸地が視えます。宗谷丘陵に林立する風力発電の風車も型が判ります。

こういう感じの眺めは、「宗谷海峡を越える船上ならでは」な眺めのように思います。

この少し後から霧が濃くなり、サハリン側の海は曇天になっていました。そして<ペンギン33>は無事にコルサコフ港に到着しました。

稚内港出航直前の<ペンギン33>(2017.09.05)

「6月から9月」という期間で稚内港・コルサコフ港間を結んでいる<ペンギン33>ですが、何時の間にか「もう直ぐ今季の運航が終了」という時季に入っています。

↓稚内港を出航する直前の様子です。
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↑乗客が全て乗り込むと「出航準備完了!」と関係者がパタパタと動き始め、エンジンが唸りを上げて動き始める態勢になります。

そして<ペンギン33>は慎重に、半ばバックするように離岸して、速度を上げながら前進してコルサコフを目指します。

この9月5日は、9月1日にコルサコフ港からの便で稚内港に着き、サハリンへ引揚げるロシア人旅行者の皆さんが目立っていました。色々とお土産を持って嬉しそうに乗船していましたが、この9月1日から5日の期間、稚内等は好天にも恵まれていたことから「お土産以上に素敵な想い出」が乗客達の中に残っていることでしょう。

何時の間にか「今季最後の便」が近付いていますが、無事に運航を続けて欲しいものです。

稚内・コルサコフ航路 宣伝活動(2017.08.05-06)

サハリンでは、稚内・コルサコフ航路の乗船券のインターネットを介した予約・発券サービスが始まり、航路を利用した“格安ツアー”の販売も始まっています。

そうしたことを踏まえ、宣伝活動を試みました。稚内市サハリン事務所のみではなく、北海度いサハリン事務所の御協力も頂きました。

↓チラシの他、「日本の流儀」でポケットティッシュも用意し、袋に詰めました。
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↑配布物は、稚内港からサハリン課のスタッフが持って来ました。

↓そしてこれを、ユジノサハリンスク最大の商業施設である<シティーモール>の館内で配布しました。
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↑勿論、事前に連絡を取って施設側の了解を頂いて行っています。日本国内の催事で定番の“ハッピ”ですが、こちらでの催事の際も目立って重宝します。

老若男女、色々な方に配りました。

<シティーモール>で“北海道”と言えば、近年は<物産展>が浸透している様子で、「今年もやるのか?」というお尋ねを頂いた例も在り、「10月に開催予定なので、よろしくお願いします」と話しました。

他、乗船券の値段のお尋ねや、つい最近北海道内を訪ねたばかりだというお話しをしていた方も在りました。中には「ネベリスクから来ているが、住まいは“ワッカナイ通”だ」という方が在ったので、「命名の由来になった稚内を是非お訪ね頂きたい」などと話しました。

<シティーモール>は「地域最大の商業施設」ですから、休日には大勢の人が出ていますが、北海道内の地方都市に見受けられる「地域最大の商業施設」とは「人の出方」の傾向が少し違うように見受けられます。北海道内では、開店の直前から人が集まり、何となく昼頃までが賑やかなように見受けられます。ユジノサハリンスクでは、午後から夕方の時間帯、「何処かへ出掛けた帰り道に買物を」というような感じで人が集まっているように見受けられます。

そういうユジノサハリンスクでの傾向に鑑みて、第1日は午後6時から、第2日は午後4時からというように設定して配布を行いました。想像以上に人は出ていて、配布物は想像以上に速く配り終わりました。

空路のように年間を通じた運航ではない関係で、「船で稚内に上陸」は少しだけ認知度が低い感は免れ悪いかもしれません。少しでも知って頂き、少しでも利用して頂けるよう、可能な努力を継続しているところです。

コルサコフ港に到着する<ペンギン33>(2017.07.27)

稚内港を発つ<ペンギン33>は“快速艇”という感じで、海上の状態が好い場合には定刻より「少し早い?」程度にコルサコフ港の水域に到達します。

コルサコフ港に到着する方達を出迎えに行ってみると、定刻より「少し早い?」程度にコルサコフ港の水域に到達した<ペンギン33>が待機していて、港が見渡せる高台に上がってみると、入港する際の動きがよく視えました。

↓“大泊”と呼ばれていた1920年代頃に整備された桟橋に向けて、<ペンギン33>は慎重に大きな弧を描くように近寄ります。
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↓停泊位置にゆっくりと近づきます。
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↑場所は嘗て<アインス宗谷>が利用していて、車輛甲板のハッチを着けるために、桟橋の高さを一段低くした箇所です。<ペンギン33>が小型なので、この場所が使い易い訳です。

↓オレンジのベストを身に着けた係員が、船上から放られる繋留索の端を受け取って柱に結び付ける態勢に入っています。少し離れた場所で、出入国を管理する“国境警備局”の係官が様子を見守っています。
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↓やがて繋留が完了すると、入国手続を行う場所へ乗客達を運ぶバスが桟橋上に登場します。
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↑バスが現れると、「そろそろターミナルで、迎える皆さんを待ちましょう…」という感じになります。

今季の<ペンギン33>は、6月初旬に荒天のために1往復が欠航を余儀なくされましたが、非常に順調に運航を続けています。

「サハリンのコルサコフ港の隣りは日本の北海道の稚内港です!」とロシア全土の皆さんに教えてあげたくなるニュース(2017.07.20)

サハリンのテレビ局ASTVのウェブサイトで「注目したい話題」に出くわしました。

↓サハリンのテレビ局ASTVのウェブサイトに掲載された記事(ロシア語)
>>Билеты на паром Вакканай-Корсаков-Вакканай теперь можно купить в Интернете

↓これは稚内港から出航しようとする場面ですが、この<ペンギン33>の乗船券に関して、ロシアの方が“ネット販売”で求められるようになったというニュースが伝えられました。
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**** ↓拙訳↓ ****

7月20日からロシア国民は「稚内―コルサコフ―稚内」の連絡船乗船券をインターネット利用で購入出来るようになる。サハリンの住民、またはサハリン州を訪れる人達が、2016年からはユジノサハリンスクとシャフチョルスク、ホルムスク、ネベリスク、或いはオハとノグリキとの間のバス乗車券を、2017年からはコルサコフとクリル諸島を結ぶ航路(使用船<イーゴリ・ファルフトディーノフ>)、ペトロパブロフスク・カムチャツキーとセベロクリリスクとを結ぶ航路(使用船<ギパニス>)の各航路の乗船券を求めることが出来るようになっているRFBUS.RUというウェブサイトで、この乗船券が求められるようになるのである。

このウェブサイトの利用で、日本の稚内への旅行が手配出来るということになる。

自身や家族の乗船券を求めるべくユジノサハリンスクへ向かう必要が在ったサハリンの他都市の住民は、このサイトのお蔭でそういう必要も無くなる。支払いは銀行の決済用カードを利用する現金を動かさない型であり、「手元」にはロシア国民の国外旅行用パスポートと有効な査証(ビザ)、或いは出発の5日前までに査証の取得が適う旨を証するものが在れば善い。

乗客との連絡は登録時に指定する電子メールアドレスを介して行うこととなるが、これにより必要な連絡、殊に天候等により運航状況の変更等も乗客に連絡可能ということになる。

大人に伴われる5歳までの乳幼児1人は無料で、6歳から11歳までの児童は通常料金の半額となる。そして<ペンギン33>では、乗客1人につき2個の手荷物、総重量50㎏までは持込が可能である。

この航路に関して、ロシア国民は所在地や居住地と無関係に乗船券を購入して航路が利用出来るようになる。サハリンへ至った旅行者は、コルサコフ港に向かって稚内港を目指すことが出来る訳だが、そのために必要なのは査証と国外旅行用のパスポートに、サービスを利用する端末(スマートフォン)だけだ。

海を行く<ペンギン33>は、2017年9月19日まで運航を行う計画だ。

「“コルサコフ・稚内”の航路には既に長い歴史が在る。1999年から日本の<ハートランドフェリー>社が<アインス宗谷>を運航していた。遺憾ながらこの航路による貨客輸送が減少してしまい、日本の関係機関の努力も在ったが、航路が会社にとって大きな負担となってしまった。2015年9月、この航路は運航を停めてしまった。新たな運航体制を模索して巧く行かなかった中、サハリン州当局による支援が在った。2016年、サハリンと北海道のオレグ・コジェミャコ、高橋はるみ両知事が航路維持の重要性ということで一致した。そして<サハリン海洋汽船>(SASCO)社がこの航路の運航可能性を探り、“稚内―コルサコフ―稚内”の運航に供する双胴船<ペンギン33>を見出した」と<ダリトランスセルヴィス>社のゲンナージー・コトリコフ副社長は述べた。

コトリコフ副社長によれば、2017年1月1日以降、ロシアと日本の両国で、双方の国民が往来する際の査証体制の緩和ということが同時並行的に行われているのだという。これは2016年12月15日から16日に催されたロシアのプーチン大統領と日本の安倍首相による会談の中、ロシアと日本の両国関係をより広範な互恵的関係に向けて行こうということでの、意見の一致を踏まえた措置であるという。

これによって、ロシア国民は「30日を超えない範囲で短期滞在をすることが可能で3年間有効の数次査証(マルチビザ)」を取得する手続きを取ることが適うようになり、他にも日本の受入期間等の保証義務が廃され、独自に旅行の手配を進められるようになった。

こうした査証体制の簡素化を受けた券の新たな販売体制を検討するということについて、<ペンギン33>の入出港時の代理店を務める<ダリトランスセルヴィス>社では「稚内―コルサコフ―稚内」の連絡船乗船券をインターネット利用で購入出来るように提言し、日本側の賛同を得たのだという。

**** ↑拙訳↑ ****

“ネット販売”で求められるようになったという「事実そのもの」に加えて、航路の経過、査証緩和の件も併せて話題になっています。

話題になっている「RFBUS.RU」というウェブサイトも視てみました。

↓記事で紹介されるバスの乗車券や船の乗船券が購入出来るウェブサイト(ロシア語)
>>RFBUS.RU официальный сайт. Расписание автобусов. Купить билет на автобус онлайн. Автовокзалы и перевозчики. Бронирование и цена билетов и туров через Интернет

ウェブサイト<RFBUS.RU>の「出発地」(ОТКУДА)の欄に“Кор”と入れると「Корсаков порт, Сазалинская область」(コルサコフ港 サハリン州)と選択肢が出て選べます。「目的地」(КУДА)の欄に“Вак”と入れれば、「Вакканай порт, Япония」(稚内港 日本)と選択肢が出て来ます。間違いなく利用出来ることが判りました。

後からパスポート情報等を求められるとのことですが、その際に「ロシアのパスポート情報に該当しない情報」を入力すると「販売不可」となるようです。

「8月運航の便での旅行需要」を念頭に準備を急いだものと見受けられますが、“成果”に期待したいところです。

この記事を御覧になった皆さんで、ロシアにお友達がいらっしゃる方におかれては、この件を御報せして頂ければ幸いです。

乗り込んだ時点で「外国」を感じさせる<ペンギン33>の船内の様子から(2017.06.17)

↓稚内港では、<ペンギン33>は中央埠頭の国際旅客ターミナル前に接岸し、乗客が下りた後に待機して、同じ場所から出発します。
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↑6月17日の稚内は、早朝に深い霧に包まれた後に霧が去ってよく晴れ、そこからまた雲や霧が多い感じになった他方で、海上は非常に穏やかでした。

↓船内の前方に陣取ると、船首側甲板へ通じる扉が視えます。
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↑用事が在るクルーが出入りするだけの扉ですが、色々と注意書きが貼られていて、何となく見入ってしまいました。

↓救命胴衣を使用する場合の、使用方法の説明が在りました。
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↑右側のモノは最初から掲出されていたのだと見受けられます。左側は、英語、ロシア語、日本語で説明が在り、船が稚内・コルサコフ航路で運用されるようになってから用意されたのだと見受けられます。救命胴衣を着用する動きを示しているモデルさんが笑顔です。

↓遠くにコルサコフ港がぼんやりと視えるようになった辺りで撮った画ですが、使用方法の説明が掲出されている救命胴衣は、座席下に備えられているという掲示が在ります。
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↓船内は禁煙です。禁煙の旨の掲示ですが、船がシンガポールやインドネシアで使用されていたことから、最初から在る掲示は英語と、華僑系の人達が用いる漢語です。後からロシア語や日本語の掲示を追加している様子が判ります。
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稚内からコルサコフへ向かう<ペンギン33>は、シンガポールから韓国の釜山港を経てサハリンへ航送され、稚内・コルサコフ航路で運用されている船です。クルーはインドネシアの皆さんと、ロシア側の運航会社からやって来ているサハリンの方が居るという構成です。出会うクルー達と言い、内装の掲示物と言い、何か「乗り込んだ時点で外国…」という風情です。船内で日本の歌を流していたり、稚内で仕入れたお茶のペットボトルがサービスされるという“日本的”な感じも一部には交じっていますが。

筆者は6月9日にコルサコフから、6月17日に稚内から乗船しました。何れも日本人乗客は非常に少数派で、「遠い国を一人旅」という不思議な気分で居ました。

コルサコフ発の時は、「波に乗って進んでいる?」という感じで、手洗いに立とうとして「少し危なっかしい?」と思った場面も在りました。他方で、稚内発の時は「リンクのように整えられた氷上を滑走?」という具合に海上を進む感じで、「稚内市内で買物に行こうとして乗車した市内線の路線バスの方が余程揺れた?」という感じでした。そういう状態だったことから、6月17日には船内の様子で目に留まったモノを写真に収めたのでしたが。

<ペンギン33>は9月まで宗谷海峡を往来中です。

<ペンギン33> コルサコフ港を出航(2017.06.05)

<ペンギン33>の今季初の便は6月2日にコルサコフ港を出る予定でしたが、荒天のために欠航し、今日、6月5日の便が「実質的な今季初の便」となりました。

↓コルサコフ港の様子です。
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↑画の真中の下側に出国手続を行うターミナルが在り、左側の樺太時代に基礎が築かれた桟橋で<ペンギン33>は発着します。

左側の桟橋にはソ連時代からのクレーンが林立しています。クレーンの林立が途切れる辺りに大き目な船が在り、その陰、手前のタグボートとの間に<ペンギン33>が停泊している様子が視えます。

ターミナルでは、出入口の辺りに金属探知機のゲートが設けられ、係員が様子を視ながら乗客等を中に入れるような仕組みになっていました。出航は11時ですから、概ね1時間前には手続きを始める準備が出来て中に乗客等を入れていました。

↓ターミナルで出国手続までを終えた乗客はバスに乗り、船の傍へ向かいます。
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↑今日は11時を過ぎてから、画の真中辺りのバスが桟橋を走っている様子が視えました。

↓乗客が乗り込むと、何か「慎重な足取り」という雰囲気で、大きな船とタグボートの間の辺りからゆっくり動き始めました。
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↑港を一望出来る高台に陣取って様子を視ていたのでした。

↓<ペンギン33>の船首が港の出口側を向くと、“快速艇”は次第に速度を上げました。
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↑今日の出航は11時を少々過ぎていましたが、無事に出発する様子を視て安堵しました。

こうして<ペンギン33>は無事に2017年の運航を開始しました。

コルサコフ港のターミナルで様子を視ていると、少なくともテレビ局1社がカメラマンとレポーターのコンビを派遣している様子でした。

これから、多くの人達の想い出を運んで、<ペンギン33>が元気にコルサコフ・稚内間を往来することに期待したいものです。