鳩:ドリンスク(2018.02.10)

↓幼稚園児や保護者達が、「スノーホッケー」というようなゲームの大会で盛り上がっていた、ドリンスクの広場の傍です。
鳩:ドリンスク.jpg
↑サハリンで時々視掛ける「桜色?」な塗装を施した建物が在って、その前の街路樹に非常に多数の鳩が集まっていました。

集まった鳩達は、特段に鳴き声を上げるでもなく、殆ど動かずに群れて木の上で翼を休めていました。

ドリンスクに限らず、厳冬期にもこうした鳩を視掛けます。何時も「何を食べているのか?」と、少々不思議です。

そういう感じ方とは別に、元気に動き回っている幼稚園児や保護者達の直ぐ傍で、そんな様子を眺めるような、眺めてるでもないというような具合で鳩達が集まっている様が少し可笑しく、写真に収めました。

凍るアニワ湾と朝陽:アニワ(2018.02.17)

↓下記のリンクには、北海道やや東寄りからサハリンの南部のオホーツク海の図が表示されます。オホーツク海の氷の情報が配信されています。
>>【海氷情報センター 海氷・流氷の速報】

この様子を視れば、ドリンスク経由で訪ねたスタロドゥプスコエのような場所はかなり密度が高い氷に覆われていることが判りますが、アニワ湾にもかなり氷が見受けられるようです。

↓休日を利用し、朝からアニワを訪ねてみました。
凍るアニワ湾と朝陽 1.jpg
↑海岸は「雪原」状態で、海水が視える辺りまで近寄れませんが、「浪が動く」べき海面は凍ってしまい、「固まっている」感です。遠くにコルサコフ周辺と思しき灯りも視えます。

↓明るくなって、遠くの灯りが目立たなくなる頃、雲が多くなって来ました。
凍るアニワ湾と朝陽 2.jpg

↓やがて空の一部が強く輝き、朝陽が上りました。
凍るアニワ湾と朝陽 3.jpg
↑凍る海面が朝日の色に染まります。

↓朝陽が少し高くなれば、海岸の雪も色が着きます。
凍るアニワ湾と朝陽 4.jpg

このところ、ユジノサハリンスクは「早朝の氷点下20℃」が続きます。海岸のアニワは、内陸のユジノサハリンスクに比べて少しばかり気温が高いかもしれませんが、寒さが厳しいことに変わりは在りません。

ドリンスクの駅前(2018.02.10)

↓ドリンスクの鉄道駅の前です。昼の12時頃です。
ドリンスクの駅前.jpg
↑奥の建物、赤い文字で「ВОКЗАЛ」(ヴァグザル)と在るのが鉄道駅で、鉄道会社の赤いロゴマークも在ります。

ロシア語で「駅」を示す語としては、上述の「ВОКЗАЛ」(ヴァグザル)の他に「ステーション」(Station)に通じるような語感の「СТАНЦИЯ」(スタンツィヤ)が在ります。サハリンでは、都市間を結ぶ列車が停車するような鉄道駅は「ВОКЗАЛ」(ヴァグザル)と呼ぶことが多い感で、「СТАНЦИЯ」(スタンツィヤ)は然程耳にしません。「СТАНЦИЯ」(スタンツィヤ)という表現は、大きな街の「地下鉄の駅」を指して用いるような例が多いと見受けられます。

ドリンスクの「ВОКЗАЛ」(ヴァグザル)ですが、夜遅くから朝早くの時間帯に発着している、極限られた本数の旅客列車が動く時間帯以外は閉まっています。日中、鉄道会社の関係者が事務室的に使っている可能性は考えられますが、とりあえず「ずうっと閉まっている」という感じがします。ここが開いているのを視掛けたのは、ティモフスコエからユジノサハリンスクへの夜行列車に乗車した際、ユジノサハリンスクに着く少し前にドリンスクで停車した場面で、下車する旅客や出迎えの人達の出入りしている様子を視たというだけです。

ということで、何となく「立派に視える建物の割には存在感が薄い」ような気がする駅ですが、この駅の前の広場がバス乗場として利用されていて、存外に多くの人々の出入りが見受けられます。

画の右寄りの辺りは、バスが待機するような場所になっていて、左側では発車するバスが乗客を迎えて待機中です。

手前は運行系統番号114のブイコフへ向かうバスで、奥は運行系統番号116のスタロドゥプスコエへ向かうバスです。この日の朝、流氷を眺めに行こうと、「氷上の釣り」を愉しもうとする大勢の乗客に交じって、この場所から「116」に乗車したのでした。

序でに、この画に入っていない手前側からはユジノサハリンスクへ向かう運行系統番号112のバスが出ています。広場は、看板こそ出ていませんが、「1番乗場」、「2番乗場」、「3番乗場」という感じで利用されていました。

旅客列車の本数が極端に少ない他方、ここで発着しているバスは、各系統共にそれなりの本数の便が運行されています。「112」のユジノサハリンスク行は、最も運行頻度が高い時間帯で「20分毎」です。他の系統も、多少変則的な時間帯を含むものの、「概ね1時間毎」の運行です。

サハリンでこういうような交通関係の場所を視て、時々思うのは「バス運行時刻の掲出」というようなことでも為されていれば、「更に利用し易い?」というようなことです。インターネットで運行時間帯、始発であるこの場所の発車時刻が判る場合の他方、やや判り悪い例も見受けられ、どうしても知りたければ「何件かに電話照会してみる」ようなことをしなければなりません。

こうした「人が行き交う場所」に関しては、何処の地域であっても、何となく「地域らしさ」とでもいうような名状し難い雰囲気が漂うと思います。そんな風情に触れるのは、なかなかに興味深いものです。

幼稚園の催事:ドリンスク(2018.02.10)

ユジノサハリンスクから北東方向へバスで1時間程度、片道の運賃が115ルーブルのドリンスクに立寄りました。

↓何か賑やかな音が聞こえたので、音の方向に歩めば、大勢の子ども達や保護者が集まって催しをやっていました。
10-02-2018.JPG
↑スケートを履くでもない、雪の上の小さなコートで、スティックを使って小さなボールを打ち合ってゴールへ入れるホッケーのようなゲームが繰り広げられていました。画は試合を終えて整列した様子です。

幼稚園毎に何チームか作って対抗戦をやっていましたが、何か「お母さん達の部」や「お父さん達の部」というのまで在って、凄く盛り上がっていました。

日が高くなって昼食時間帯の前というような感じでしたが、氷点下の気温ながらも陽射しが心地好い感じでした。

夕暮れのホルムスク港(2017.10.28)

サハリンへ「出る」ということを、頭の中で「引揚げる」というように表現してしまっていることが在ります。

その「引揚げる」ですが、稚内・コルサコフ航路が運航されていない期間には「とりあえず南下」してから空路で向かうことになります。

「季節の境目」のような時季にサハリンを離れていたので、戻ると多分驚くと思います。

↓未だ本格的に雪が降り積もる少し前でしたが、夕刻にホルムスク港に寄る機会が在りました。
28-10-2017 Kholmsk.jpg
↑日本海岸は西寄りなので、好天の日の夕刻はなかなかに美しいモノが在ります。

稚内を含めて日本国内に在った間は、「そう言えばアレ…」というモノを色々と頂きましたが、サハリンでよく頂いているモノが寧ろ懐かしい感じになって来ました。

アニワ:海岸の朝陽(2017.10.28)

アニワの街の中心街、地区行政府庁舎等の傍に“アフトスタンツィヤ”と呼ばれるバスステーションが在ります。広い駐車場か何かのようになっている場所です。そこでユジノサハリンスクとの間を往来するバスが発着しています。

そのバスステーションに到着したバスから降りて、バスが走って来た道を少し引き返します。ロータリーが設けられた交差点が在り、右側に消防署が在るのですが、それと反対の左側に進むと海岸へ真直ぐ延びている道が在ります。その道を真直ぐ進み、途中にガソリンスタンドが在り辺りを越え、更に進むと海岸に至ります。海岸までバスステーションから歩いて20分余りです。

早朝のマダマダ暗い時間に着き、海岸まで歩くと、海と空が少しずつ明るくなります。朝陽の光で、静かな海と空が美しい様相を呈します。

アニワは“U”の字の型で深いアニワ湾の最奥部、真ん中より少し西に位置します。バスステーション側から海岸に出ると、やや左寄りが東寄りに相当し、そちらの側の空が朝陽の光で染まります。

↓そして午前8時頃から朝陽が高くなり、やがて海面に“光の路”のようなモノが視えるようになります。
海岸の朝陽:アニワ.jpg
↑寄せては返す浪で湿った海岸の砂に、朝陽の光が映り込みます。

海岸部に街が拡がる稚内では「海と朝陽」というような光景を眼にし易いのですが、ユジノサハリンスクは海辺でもないので、手軽にそういう光景を視るとすれば、多分アニワ辺りに行くのが手っ取り早いでしょう。

最近になって、日出が午前8時頃というような次元になって来ましたから、「時間が在る好天な朝に出てみる」ということを試してみ易くなったように思います。ただ…存外に冷えているので防寒具は確り身に着けて出掛けるべきです。今般、美しい光景に心動かされた反面、指がおかしくなるような気がする程度に冷たくなり、手袋を持参せずに出たことを悔やむ羽目になりました。

“アフトスタンツィヤ”=バスステーション:アニワ(2017.10.28)

↓右側奥にロシア正教の教会が視えるので、何か「ロシアの地方都市の街角」という雰囲気が濃いように思えます。
アフトスタンツィヤ・アニワ 28-10-2017.jpg
↑ユジノサハリンスクの西の隣で、やや南寄りになるアニワの都心部です。朝7時10分を少し過ぎた辺りです。

手前の下側が青系の塗装になっているバスは、朝6時20分にユジノサハリンスク鉄道駅の前を出発した始発のバスでした。奥の白いバスはユジノサハリンスクの方向に向かおうとしているバスです。

アニワ・ユジノサハリンスク間の路線は「運行系統#111」です。始発から終点まで、両市の間を乗車した場合、運賃は片道135ルーブルです。これはコルサコフ・ユジノサハリンスク間と同じです。概ね「20分に1本」というような頻度で、朝から夜まで盛んにバスが運行されています。

この時季、始発延ばすが出るのは暗く寒い時間帯で、到着しても未だそういう感じが続いています。「早朝の光景」というよりも「深夜の光景」のようにも視えます。

「着帽している」レーニン像:ティモフスコエ(2017.09.24)

ソ連時代の1970年頃、「レーニン生誕100年」ということで方々の街に「レーニン像」が設置されることが流行った、或いは推進されたようです。

サハリンの街に関しても、方々に「レーニン像」が登場し、その多くが現在でも見られます。中には、州政府のエンブレムが入った“文化財指定”というような主旨の文言が入ったプレートが付されている「レーニン像」も見受けられます。

↓ティモフスコエにも「レーニン像」が在りました。
着帽のレーニン.jpg
↑確りと帽子を被っています。そして外套着用です。

レーニンに関しては、ソ連時代に制作された彫像やイラスト等に色々と登場していますが、幾つかパターンが在るように見受けられます。このティモフスコエの像のように、帽子を着用したモノも比較的多く見受けられます。

「着帽している」レーニンですが、或いは「ティモフスコエは冬の寒さが厳しいから?」という冗談も聞こえないではありません。

ティモフスコエは、冬季には氷点下30℃級の厳寒に見舞われる地域として話題になるようです。時には「氷点下45℃」と、高級マグロの冷凍保存でもするような最低気温を記録して、「流石にとんでもない…」という話題にさえなるそうです。

そんな他方、夏季には30℃を超えて「サハリンの暑かった一日で、最も暑かった場所」としてティモフスコエが話題になる場合も在ります。「北国の内陸」は夏と冬との寒暖差が大き目であると言われますが、ティモフスコエはその典型です。

広場の噴水:ティモフスコエ(2017.09.24)

旅の途上で、乗物を乗り換えるような場面で「余りにも長い待ち時間」というのは草臥れてしまうのかもしれませんが、「やや長い位の待ち時間」であれば、乗り換えのために立寄っている場所で少し動き回って色々なモノを視る機会を設けることも出来るというものです。

アレクサンドロフスク・サハリンスキーを訪ねた際の復路、何故か「ティモフスク」という名のティモフスコエの街の駅前にバスで着いた後のことでした。「乗り換えに間に合うのか?」と詳しい事情を事前に承知していなかったことも在り、2本在る列車の「遅く出発する方」の券を事前にユジノサハリンスクで求めていたので「数時間の“余白”な時間」が生じました。

こういう場合、「早く出発する方」に間に合うということで、駅の窓口に行って手持ちの券を変更して移動を続けることも出来る訳ですが、「こういう場面でもなければ、なかなか立寄る機会が少ないティモフスコエで数時間を過ごす」ということを思い付きました。

ティモフスコエは北緯50度線を少し北に出た辺りの街で、北緯51度の海岸に位置するアレクサンドロフスク・サハリンスキーの少し南東の内陸です。両者の距離は概ね60㎞程度で、バスで移動すると1時間20分程でした。

「ティモフスク」という名の駅に到着した頃、未だ明るい午後6時半前で、何となく辺りの木々の紅葉・黄葉が始まっている感じが美しいと思い、ふらりと歩き始めました。「街の中心?こちらですかね?」とすれ違った方に二度位尋ねましたが、何となく新旧色々な建物の集合住宅が視える辺りを通って、20分強も歩くと大きな広場に至りました。

↓広場には噴水が設えられていました。
ティモフスコエの噴水 (3).jpg
↑噴水の向こう側が西寄りに相当し、沈み行く夕陽が空を染めている様子が判ります。

アレクサンドロフスク・サハリンスキーの博物館には、現在も使用されているティモフスコエとを結ぶ道路に相当する場所で、19世紀末に道路工事が手掛けられていた様子が古い写真等で紹介されていました。「そんな道をバスで走破して、ティモフスコエに至ったか…」と噴水の向こうの西側の空を眺めていました。

ティモフスコエの街を漫然と歩き回ると、何となく集合住宅が集まっていて「意外に人口が多い?」ようにも思いましたが、最近の統計では7500人を少し割っているということです。人口の流出傾向が続いているようです。アレクサンドロフスク・サハリンスキーの方は9500人余りということでした。建物の集まった感じを視る限り、ティモフスコエの方が人口が多いような気がしたので、少し意外な事実でした。

↓街を歩き回りながら、随時この噴水を視ていましたが、刻々と空の色が変わる中で灯りが目立つようになり、華麗な感じになって行きました。
ティモフスコエの噴水 (2).jpg

↓やがて午後8時20分頃になると、広場周辺の人の通行も疎らになり、何時の間にか噴水は停まりましたが、停まる前は「最後の輝き」を見せていました。
ティモフスコエの噴水 (1).jpg

近年は、小さな街でもこういうような広場等を精力的に整備する様子が見受けられるサハリンです。アレクサンドロフスク・サハリンスキーではこの種のモノを視なかったので、少し驚きました。

碧海に浮かぶような…(2017.05.16)

ホルムスクは「少し小高い丘陵」が拡がっているので「眼下に海と街」という、なかなかに好い風景を愉しめる場所に事欠きません。

↓よく整備された、海に突き出るようになった場所の都市緑地が眼下に視えましたが、何か「浮かぶような…」という感じでした。
碧海に浮かぶような….jpg
↑眼下の日本海と青空が融け合うような美しい色彩でした。

画の右寄り、少し背が高い集合住宅風な建物の1階部分が黄色に塗られていて、赤い文字とアクセントが在ります。これは家電量販店で、ユジノサハリンスクに“本店”というのか、“地域旗艦店”と見受けられるかなり大きな店が在ります。これは恐らく“ホルムスク店”なのでしょう。ユジノサハリンスクの店では、各種家電の他に玩具や衣類やキャンプ用品も売られていましたが、ここもそういう品揃えなのでしょう。

日本海と青空が融け合うような美しい色彩を眺め、「この海が、利尻富士を望む稚内の海岸へ連なっている」という想いが沸き起こりましたが、同時に戦後の混乱期等には複雑な想いでこれを眺めた方達も在ったのであろうと考えてしまいました。

丘陵の上から写真を撮ろうというような場合、存外に“電線”も多いので、多少「望遠寄り」でカメラを使うと好いかもしれません。