<スタリッツァ>:早朝(2018.11.03)

休日の早朝、天候が好さそうなので少し歩きました。

↓都心部の南寄りで東西に延びるプルカエフ通と、都心部の少し東寄りを南北に延びるコムソモリスカヤ通とが交差する辺りです。
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↑商業施設やオフィス、コンサート会場にも使用可能なカンファレンスホールが集まった施設の<スタリッツァ>が視えます。低い方の建物が地下1階の地上3階の建物で、背が高い建物は10階建てです。

何時も交通量が多い箇所なのですが、こうして休日の朝に視ると酷く静かで不思議な感じもします。背が高い方の建物は、壁面が硝子張りなので、写真に撮ると空の色が跳ね返って「青い壁」のように見えます。

駐車場は大概が「殆ど満車…」なのですが、この早朝の時間帯は何かで展示しているらしい乗用車が1台在るだけです。これも少し不思議な感じがします。「何時も一杯の車は何処に?」と妙なことを考えながら、コムソモリスカヤ通を北上しました。

<SAKHALIN>の北海道&韓国遠征=1勝6敗…:アジアリーグアイスホッケー(2018.11.03)

<SAKHALIN>はユジノサハリンスクを離れて遠征に出ていた訳ですが、「少々苦戦」という感じです。

苫小牧、釧路と北海道に乗り込み、その後が韓国でした。

10月19日 ●<王子イーグルス> 2 : 5 <SAKHALIN>〇
10月20日 〇<王子イーグルス> 4 : 3 <SAKHALIN>●

10月23日 〇<日本製紙クレインズ> 3 : 2 <SAKHALIN>●
10月24日 〇<日本製紙クレインズ> 5 : 4 <SAKHALIN>●

10月31日 〇<アニャンハルラ> 2 : 1 <SAKHALIN>●
11月02日 〇<アニャンハルラ> 5 : 0 <SAKHALIN>●
11月03日 〇<アニャンハルラ> 4 : 3 <SAKHALIN>●

17試合で7勝10敗と“黒星先行”の状態に戻ってしまいました。

次の試合はユジノサハリンスク開催で、11月24・25日が対<王子イーグルス>戦、12月1・2日が対<日本製紙クレインズ>戦です。
posted by 稚内市サハリン事務所 at 07:00Comment(0)スポーツ

サハリン州郷土博物館(2018.11.02)

11月に月が改まりました。戸外へ出る際、「少し温かい帽子…」と思う場面が増えました。殊に早朝です。何時の間にか「0℃」や「氷点下2℃」というような状況の早朝も見受けられるようになりました。

↓サハリン州郷土博物館の辺りを通り掛かりました。朝7時半前です。
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↑広めな歩道に街路樹が植えられていますが、すっかりと葉は落ちてしまっていて、落葉もかなり片付けられた感です。

↓西寄りの側から敷地内を視02NOV2018inmorning (2).jpgてみました。
↑未だ残る灯りに浮かび上がるのは木の幹や枝ばかりで、木の葉はすっかり落ちてしまっています。

↓正面側です。
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↑未だ噴水の水は抜かれていません。そして庭は、未だ存外に鮮やかです。

こういうような感じですが、何か「寒々しい色彩」というように感じられるようになって来ました。

街に降り注ぐ光…:スキー場<ゴールヌィー・ヴォーズドゥフ>(山の空気)(2018.10.28)

多少多目な雲が上空で流れているような感じながら、明るい感じの空で、好天であると思えた日曜日でした。特段に何処かへ出掛けるでもなく居室で過ごしていて、不意に思い付いて戸外へ出ました。

↓そして辿り着いたのが、オフシーズンは「大展望台」という様相な、スキー場<ゴールヌィー・ヴォーズドゥフ>(山の空気)の山頂部でした。
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↑複雑に拡がる雲の間に明るい空が覗き、雲の隙間から街に光が降り注いでいます。

夏の爽やかな日、或いは「多少暑い?」という日には、山頂部で強い風を感じる場合が少ないのですが、この日はなかなかに強い風が吹き抜けていました。前日は「荒天への注意喚起」も為され、街中で強風が吹いていた名残だったのかもしれません。

強めに思えた風は非常に冷たい感じで、「10℃程度」ということだった気温ながら、体感的には「積雪期?」というように思いました。

山頂部のカフェは普通に営業していたので、屋内でコーヒーを一杯頂きました。オフシーズン、秋は金曜日から日曜日の週末にゴンドラが動いています。週末の散策を楽しもうというような家族連れや、何処かからユジノサハリンスクへやって来ている人達、或いはヘルメット等の防具を身に着けて自転車で山を駆け下りようというような人達が、存外にゴンドラに乗っていました。

<ゴールヌィー・ヴォーズドゥフ>のゴンドラは、麓から山の中腹まで、山の中腹から山頂までの「2本を乗り継ぐ」という方式で運転されています。風が冷たく、更に食事を摂りたくなったので下りることにして、山の中腹に至りました。

↓山の中腹からは、山頂部と多少異なる趣きで街が視えます。この時は、強風で雲が流れて、同時に西日が少し低くなっているということで、「雲の切れ間から降り注ぐ光」が山頂部で視た以上に劇的な感じでした。
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↑何処かのデザイナー、演出家が考えるモノ以上に、「自然による光の演出」が華麗であると、何やら酷く感心していました。

素晴らしい景色を視るのは嬉しいことですが、この日は冷たい風に当たって「少々キツい…」と感じました。光が劇的だったと感心しながら、麓へ下りてゆっくりと引揚げました。

やがて雪が降り始め、積もって来るとスキー場が営業を始め、辺りはスキーやスノーボードを愉しむ人達で賑わう訳です。
posted by 稚内市サハリン事務所 at 07:00Comment(0)訪ねる

雨上がりに…:レーニン広場(2018.10.29)

日本国内からサハリンを訪れた人達が口にする「気付いたこと」の一つに、「雨の後に水が少し多くないか?」ということが在るように思います。道路の脇等の側溝の造りの関係で、何となく「直ぐに水がはけない」というような感じがして、“水溜り”というような感じでもなく「辺りが全般に濡れている」という状態が多少続くように見受けられます。

↓先日、少し強めだった降雨が落ち着いた後の様子です。
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↑広場の手前の道路が、池や湖のような場所でもあるかのようです。大きな銅像を含めた地上の構造物や広場の木々、空の色や雲が路面に映り込んでいます。

この日の日中、雨はなかなかに強い勢いで、激しい降雨と河川の増水への注意喚起が為されているという話しも聞こえていました。そんな日の夕刻に降雨が落ち着き、少し光も射したので安堵していました。

↓そういう中で、こういう光景に出くわして、何となくゆっくりと観ていました。
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それは好かったのですが、この場所は交通量が多いので、「車が途切れて、路面に色々なモノが映り込んでいる様子が視られる」というタイミングは酷く限定的なものになってしまいました。

何処の地域にでも、「雨で濡れた路面と映り込み」という不思議な眺めは発生し得るとは思いますが、ユジノサハリンスクはその頻度が多少高いかもしれません。

このところ、少し寒さが増す中、「1日の中で天候が変わり易い」状態が増え、「不意に雨が降った後に晴れる」という日も多くなっています。

「平成30年 外務大臣表彰」伝達式(2018.10.30)

“外務大臣表彰”と言われても、「大臣の名で、表彰するということで、表彰状と記念品を贈る?」という漠然としたイメージしか湧かないように思います。

これに関して、外務省では「外務大臣表彰は、多くの方々が国際関係の様々な分野で活躍し、我が国と諸外国との友好親善関係の増進に多大な貢献をしている中で、特に顕著な功績のあった個人および団体について、その功績を称えるとともに、その活動に対する一層の理解と支持を国民各層にお願いすることを目的としています」というように説明しています。

諸外国と日本との理解を深め、拡げる活動に携わった個人や団体を顕彰する訳ですが、対象の個人や団体は日本国外に在る例も多い訳で、この表彰の伝達は多くの在外公館で催されます。平成30年の表彰の対象の中、在ユジノサハリンスク日本国総領事館の管轄区域内の個人や団体が在り、その伝達式が催されることとなりました。御招きを頂いたので足を運びました。

今回、ユジノサハリンスクで伝達されることになった外務大臣表彰は、2名の個人と1つの団体です。

宮西豊氏は、永年のユジノサハリンスクでの活動、日本料理店の経営を通じて日本文化の普及に努められています。1990年からサハリンで活動し、2003年からは現在も営業中の料理店<ふる里>を営まれていて、稚内からサハリンを訪ねている人達の間でも知られています。宮西氏は、桜並木の寄贈や博物館のライトアップへの協力等、色々な社会活動を手掛けていることでも知られています。

ヴィクトル・コルスノフ氏は、サハリン国立大学に在って日本の機関も含めた外国との様々な交流の窓口となる国際局長を務めています。その活動を通じて、日本との相互理解の深まりに寄与されて来ました。現在、サハリン国立大学では20以上の日本の機関との交流協定を有しているとのことで、積極的な交流を続けて頂いています。

柔道・サンボ連盟は、日本発祥の競技である柔道の普及に努めていると同時に、北海道の団体との交流協定を締結する等して、積極的な日ロ交流を展開している団体です。

宮西氏は、多くの人達に助けられながら現在に至っていることを挙げ、そうした人達への感謝の意を表すると共に、「一日、一日を大切に」とこれからも歩んで行きたいとされていました。

コルスノフ氏は、様々な協力が得られたという幸運も在って、サハリン国立大学が極東地域内の他大学と比しても抜きん出た対日交流の実績を積上げられたことを挙げていました。また御自身と日本との出会いということで、北斎の富士山の画が紹介されているのを視たこと、石川啄木や阿部公房の作品が翻訳されているのを読んだことに触れられていました。

柔道・サンボ連盟のアレクサンドル・カルダシ会長は、今年が北海道の団体との交流協定締結20年で、記念の年が両国の“交流年”と位置付けられ、加えて表彰を受けたことが喜ばしいとされていました。そしてロ日両国民の更なる友好の深まりに期待しながら、交流活動を継続するとしていました。

ロシア側の来賓挨拶の中、「日本は地理的に近い国であるに留まらず、永い交流の歴史が在り、その交流の分野も多岐に亘る」と話されていた方が在りました。今回の表彰に関連することだけを挙げても、料理や樺太時代の建物や桜のような文物、言葉や諸制度や技術を学ぶような学術、日本発祥で世界中で親しまれている柔道と、「多岐に亘る交流」が注目されている訳です。大変に興味深いことであると思いました。

この「平成30年 外務大臣表彰」の伝達式ですが、会場が溢れる程に御祝いに駆け付ける人達が集まり、何台ももテレビカメラやカメラを手にした報道関係者が入っていた中で催行されました。ロシア国内でも「対日交流」が注目されていることが伺えます。
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posted by 稚内市サハリン事務所 at 08:28Comment(0)話題

早まる“点灯”…:レーニン広場(2018.10.28)

土曜日は「荒天への注意喚起」というような状況下に在り、ユジノサハリンスク市内でも「戸外に余り出たくない…」と思える程度の強風で、どんよりした曇りと雨交じりという状態が少し長く続いていました。

そういう状況から明けた日曜日、朝から好天に恵まれていました。その他方、多少風が冷たく、戸外を動き回ると「手が冷たい…」と思える場面も在りました。

↓夕刻のレーニン広場です。
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↑こういう具合に灯りが点く時間帯が午後6時半頃になりました。

灯りが点く時間帯は、多少は暗い感じがしますが、西寄りの空には存外に長く「明るい感じ」が残り続けます。

↓多少時間を経て、大きなレーニン像が「灯りの光に浮かび上がる」というような具合になっても、「明るい感じ」が残っています。
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↑午後6時45分を迎えようかという頃の様子になります。

もう少々温かかった時季、こういう様子をぼんやりと眺めるのが心地好かったのですが、最近は「多少、手が冷たい…」ということになり、余り長くは居られない感じになって来ました。そういうように寒さが増すに連れ、灯りが点く時間帯も早まります。

“冬”へのカウントダウン!?:<SAKHALIN 2019 - 1st Winter Children of Asia International Sports Games> 第1回 冬季国際少年スポーツ大会<アジアの子ども達>まで「104日」(2018.10.28)

土曜日はどんよりと曇って雨も交じり、午後から夕刻はかなり風も強い感じでした。そういう情況が落ち着いて、好天に恵まれていた日曜日の早朝、朝食を摂りに出た序でに辺りを少し歩きました。

↓サハリン州政府本庁舎の前です。午前7時半を過ぎたような頃ですが、未だ夜のような雰囲気も残ります。休日で静かなので、余計にそういうような気がしてしまう面も在ります。
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↑濡れた舗装面に光が跳ね返っていますが、庁舎前に何か不思議な機器のようなモノが在って、電光表示を視ると「104日」と読めます。

これは2019年2月8日に開幕するという、<SAKHALIN 2019 - 1st Winter Children of Asia International Sports Games> 第1回 冬季国際少年スポーツ大会<アジアの子ども達>の「カウントダウンタイマー」です。今年の3月23日に除幕式が催され、その時は「323日」でしたから、何時の間にか時日が流れました。

これを視ていると、「冬季競技のシーズン=冬の催事へのカウントダウン」なので、何となく「本格的な冬へカウントダウン?」というようにも思えます。が、100日と言わず「あと何日で雪が降り始める?そして積もる?」という気がしないでもない昨今です。

学校の食堂:ネベリスク(2018.10.24)

<日本文化紹介事業>ということで、ネベリスクを訪ねて<第3番学校>に御邪魔しました。

<第3番学校>はネベリスク市内に2校在るという、1年生から11年生(6歳から17歳)の児童生徒が学ぶ学校で、在校生は約600名と聞きました。

<日本文化紹介事業>の催事は昼頃から始めることになっていたのですが、昼食が出ることになっていました。

↓校長先生に御案内頂いた場所がここでした。
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↑校舎内に食堂が設けられています。60名から70名が一度に食事を摂れそうなホールです。

こういう食堂は、ネベリスクの<第3番学校>に限らず、サハリン各地の、更にロシア国内の学校で一般的なものだと言います。

地域毎に多少の違いは在るのかもしれませんが、原則的には1年生から4年生は“無料給食”で、決められた時間に食堂へやって来て食事を摂ることが出来ます。それ以上の学年は、別な割り当てられた時間帯に、簡易なカフェテリアとして有料で食事を摂ることが出来るようになっています。また、4年生より上の学年であっても、家庭の事情等により給食ということになる児童生徒も在るといいます。

↓出て来た食事はこういう感じでした。
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↑サラダ、スープ、メインの料理で、画には入りませんでしたが脇にパンが添えられます。序でにジュースが出ました。

この日のメインの料理はイカにライスを詰めたもので、ジャガイモが付け合せでした。スープは野菜と肉団子が入ったものでした。

食堂で“給食”という体裁で食事という場合は、こういうようなサラダ、スープ、メインの料理が「セット」で出て来ます。簡易なカフェテリアとして有料で食事という児童生徒に関しては、「セット」の他に、例えば「サラダとパンだけで…」というように、好みのモノだけを求めるということも出来ます。

学校に通う児童生徒達が食事を摂る場所に関しては、こうした催事で学校を訪ねるということでもなければ視る機会も在りません。少し貴重な経験となりました。

Лимонад(リモナード)=レモネード(2018.10.20)

何となく「ハンバーガーを頂き、適当なサイドメニューを摘まみ、ビールを」というようなことにする夕食が気に入って、それを頂く機会が多いのですが、時には「余り頼まない飲物」というようなことを思い付く場合も在ります。

↓そこで御登場願ったのが、このЛимонад(リモナード)=レモネードです。
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↑顔馴染みな店員さんが「何時もと違うお飲物ですね?」と出してくれました。

Лимонад(リモナード)というロシア語の言い方に関しては「フランスから伝わって、フランス語に由来する呼び方?」と想像させます。ロシア語にはそういうパターンが存外に多いようでもありますから。フランス語は「Limonade」と綴るそうで、発音も「リモナード」ということのようです。

日本国内でもレモナードを供する場所は多々在るのだとは思いますが、個人的には「そう言えば視掛けない?」というようにも感じます。ユジノサハリンスクでは、この写真の店を含めて、幾分レモナードが見受けられる感です。

顔馴染みな店員さんが言う「何時も」はビールのことで、190ルーブルなのですが、このレモネードは200ルーブルです。

「ビールより高いソフトドリンクのレモネード」ということになります。が、このレモネードはカットしたレモン、ライム、オレンジが入っていて、実に美味いのです。

ユジノサハリンスクの飲食店も含む店で、支払うべき金額の下二桁が「60」となった場合、筆者の視た感じでは9割位の確率で「10ルーブルございませんか?」と店員さんに言われます。そういう意味で、「10ルーブル硬貨」は財布の隅に残しておきたいのです。が、だからと言ってビールとレモネードの差額の10ルーブルを惜しんで、どうなるものでもありません。

この実に美味いレモネードは、時々酷く欲しくなる飲物です。