ユジノサハリンスクの<ゴールヌィー・ヴォーズドゥフ>(2018.07.08)

日曜日の朝は雲が多い感じでしたが、天候は時間を追って好転し、午後からは「よく晴れている」という状態になりました。他方で、気温は20℃に届くか届かないかという具合でした。寒くはありませんが、暑いという程でもありません。爽やかな雰囲気でした。

↓久し振りに、“オフシーズン”は「大展望台」という様相のスキー場の上に上りました。
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↑往復で300ルーブルの券を求めて上った山の上から視えているユジノサハリンスク市街ですが、「日頃、動き回る機会が多い」ような場所は粗方が眼下に視えています。

下の中央やや左寄りに競技場や大聖堂が視え、右側に向かうと<ガガーリン公園>の緑地が在って、日本国総領事館も入居している<北海道センター>の建物が認められます。

気温が高いという程でもないので、遠景が「モヤーッ」とした雰囲気にならず、景色がスッキリと視えました。上空の雲は、一定の速さで流れていて、時間が少し経つと雰囲気が少し変わりました。

↓偶々ですが、丁度1年前にもこの場所に立寄っていました。
>>ユジノサハリンスクの<ゴールヌィー・ヴォーズドゥフ>(2017.07.08)

昨年は「急に暑くなった…」という中で、今年は「珍しく好天な休日」という中で、各々にこの場所に寄っています。

「街を一望」という場所は方々で見受けられるのだと思いますが、何れも一寸寄ってみて、なかなかに愉しい場所だと思います。ユジノサハリンスクでは、この<ゴールヌィー・ヴォーズドゥフ>がそういう場所の代表格だと思います。

コルサコフ港にクルーズ船<ダイヤモンド・プリンセス>が登場(2018.07.07)

休日である土曜日に「朝早くから晴天」という状況が見受けられました。何か「こういうのも久し振りな感じがする…」と思い、朝から少し歩き回り、多少御無沙汰しているコルサコフ港の様子を視に出掛けてみました。片道135ルーブルの路線バスに乗車しました。

↓「摂政宮殿下」と呼ばれていた皇太子時代の昭和天皇が立寄られているという挿話が伝わる高台に上り、コルサコフ港の様子を視ました。
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↑ユジノサハリンスクからコルサコフへ向かう沿道で、バスの窓から「大きな船?」が視えていましたが、コルサコフ港沖に大きな船が停泊しています。

大きな船が向こうに在り、画の左側に視える1920年代に整備されたという、稚内・コルサコフ航路の船も発着する場所になっている桟橋が視えますが、港の側に小さな船が進んでいます。

↓小さな船が防波堤で囲われた辺りに入り込みました。画の左側に同じ型と見受けられる船が停泊し、陸にバスが列を成している様子が視えます。
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↑これは沖に停泊しているクルーズ船の、コルサコフに上陸して観光をする人達が往来している様子です。

朝の時間帯でしたが、小型の船でクルーズ船からコルサコフ港の指定の岸壁に向かい、そこで手続を行って順次上陸し、待機しているバスで動き回る等する訳です。

少し遠くに停泊していたクルーズ船の船名は視えませんでしたが、後で聞けば<ダイヤモンド・プリンセス>という船でした。全長290m、全幅37.5m、総トン数が115875トンという船で、2004年に建造されて2014年に改装を施したのだということです。乗客定員が2706人で乗組員が1100人といいますから、「3千人規模の小さな町が海上を動き回る」ような感じなのでしょうか。

コルサコフからユジノサハリンスクへ引揚げる途中に、大型商業施設の<シティーモール>が在ります。実は筆者はそこに寄り道をしましたが、眼下に望んだ港に上陸したクルーズ船の乗客の皆さんのグループを視掛けました。互いにロシア語以外と聞こえる言葉で話していて、目印のバッジを付けている、或いはサハリンの旅行会社のロゴマークが入った黄色のTシャツを着た係員が近くに居るという状況で、クルーズ船の皆さんであると気付きます。

聞けばこの上陸した皆さんは、方々を見学する等する他、希望に応じて文化体験をする等して「サハリンの一日」を楽しまれたようです。

このクルーズ船が入るコルサコフ港を擁するコルサコフ地区でも、「クルーズ船で多くの人達が訪れる」という状況に強い関心を寄せており、文化センターで歓迎コンサートを毎度催すというようなことを行いながら、観光インフラの整備という課題に注目しているそうです。そしてコルサコフ港に関しては、この種の大型船が接岸出来ることも目指す、港の整備の構想も持ち上がっているそうです。

それにしても「全長290m」というのは大きいです。このクルーズ船の同型を除く他の船であれば、例えばLNG運搬船やタンカーの中の「際立って大きい部類」でもなければ視られないような大きさで、「世界の海で航行する民間船の中で最大級」なグループになるかもしれません。

全くの思い付きでコルサコフ港に出てみて、少し面白い場面に出くわしました。

「カスタマイズ」も可能なハンバーガー(2018.07.05)

近所にハンバーガーを主体にする店がオープンして、立寄ってみて、「言葉遊び」で不思議な名前が付いたハンバーガーを頂いてみたということをこのブログで御紹介しました。

>><PRO100БУРГЕР>は何と読む??(2018.06.12)

<PRO100БУРГЕР>の「PRO100」は、「普通の」というような意味合いの「просто」(プロスタ)と読ませ、<PRO100БУРГЕР>(プロスタブルゲル)と呼ぶ「普通のハンバーガー」という代物でした。

こういうハンバーガーに関して、野菜類や調味料や、更にはハンバーグまで、有料で追加出来る“オプション”が在ることが判り、最近はそういうのを御願いしてみることが在ります。「普通の」というような意味合いの「просто」(プロスタ)が、「あなただけの特別なモノ」になる訳です。

↓ハンバーグを追加で「ダブル」にしてみたモノです。
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↑ハンバーガーを2つ求めるより安価ですが、殆ど「2つ頂いてしまう」のと大差が無いような満足度ということになります。この店のハンバーグは、ロシア国内では一定の高い評価を受けている牛肉が使われているというように聞きます。

日本国内でも、この店のようなハンバーガーを供する店は多々在ります。

インターネットの検索で「美味いハンバーガー店 〇〇」(〇〇に方々の大都市圏の名前等を入れる)というように検索すると、沢山のウェブサイトの例が見受けられます。

そうしたウェブサイトに写真入りで紹介されているようなハンバーガーを視る限り、上記のユジノサハリンスクの店で頂くことが出来るモノと然程差は在りません。

更に、筆者はそういうウェブサイトに出ている各地のハンバーガーの店に関して、極々限られた数ではありますが、実際に立寄ってハンバーガーを頂いてみた想い出も在ります。勿論、店毎に各々の美味しさは在って甲乙は付けられませんが、それらとユジノサハリンスクの店のモノを比べて、どちらも互いに遜色は無いように思えます。

ユジノサハリンスクでは、「全然知られていない、出回っていないようなモノが多用されている」というような特殊な料理でもない限り、日本国内や他の国や地域で頂くことが叶いそうなメニューであれば、「他の国や地域と何ら変わらないようなモノが普通に頂くことが出来る」という状態に在るように思います。要は「何でもそれなりに揃う」のです。

それにしても、ここで話題にしたハンバーガーのようなモノは個人的に好きで、思わず「記念写真」を撮ってしまい、後から写真を眺めて「あれが好かった…」とまた頂こうと、食事の時間帯になると出掛けてしまいます。

「Собой」(サボイ)=「持ち帰り」のカップ(2018.07.04)

カフェの店内でコーヒーを頂くということの他、紙製等のカップに入れて頂いて外にコーヒーを持ち出すということも出来るというのは、日本国内でもよく在ることになっています。ユジノサハリンスクでも同様です。

紙製等のカップに入れたコーヒー等を外に持ち出す場合、ユジノサハリンスクの店では「Собой」(サボイ)と申し出ることになります。

↓近所の店で、その「Собой」(サボイ)と申し出て、紙製のカップにコーヒーを入れて頂きました。本当にそのまま持ち出す場合が多いですが、この状態で店内で頂いているという方も多々視掛けます。
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↑この日は店が非常に空いていて、特に誰にも迷惑が及ぶでもないので、お店の方に一言断って、一寸カップを写真に収めてみました。

ユジノサハリンスクでは、広く販売されている「業務用飲料カップ」とでもいうようなモノも多く視掛けるのですが、自分達のチェーン店や個別の店のロゴマーク等を入れた「オリジナル」なカップも視掛けます。

「業務用飲料カップ」とでもいうようなモノに関しては、サハリンやロシア国内で製造されているらしいモノの他に、アジア圏の国の文字が一寸視える「輸入品」も見受けられます。

写真を御紹介したのは、立寄った店のロゴマークが入った「オリジナル」です。店名は<ЗЁРНА>(ジョールナ)で、「コーヒー豆」という意味です。

こういうカフェですが、時日を経ると、店で扱うモノが多少変わって来る場合も見受けられます。この<ЗЁРНА>(ジョールナ)は、以前は飲物の種類が驚く程に多く、サンドイッチやケーキを色々と置いていましたが、最近は飲物の種類をやや絞り込み、サンドイッチやケーキは少なくなり、他方で以前はやっていなかったコーヒー豆の販売をするようになっています。

「渋いデザインのカップ」と思わず写真に収めましたが、この店では飲物は200ml程度、350ml程度、400ml程度と3種類の大きさが殆どのモノで用意されているので、カップも大・中・小の3種類が在りました。後ろに積み上げられていますが、大きさは変わってもデザインは同じです。
posted by 稚内市サハリン事務所 at 07:00Comment(0)モノ

紫の花々に彩られた<旭川広場>(2018.07.06)

ユジノサハリンスクは相変わらず曇天の時間帯が長く、少しでも青空が覗けば「何となく特別?」と感じてしまう程な状態で、気温も上がらずに「少々寒い」というのが続きます。

昨年末に観た、「<ヨールカ>点灯」の時に特設ステージで演じられたファンタジー仕立ての劇に、四季を司る4人の女神が登場していました。その中の<夏の女神>に、「何とかして下さい!」と申入れでもしてみたくなるような感です。

朝、近所の緑地である<旭川広場>を通り抜けようとして、思わず足を停めました。

↓花壇がなかなかに好い按配になっています。
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↑紫色の花々が多用され、適当に統一感が在るデザインになっているように視えます。こういう様子を視て、「ロシアは“デザイン”が得意な土地柄?」等と思ってしまいます。

↓ラベンダーが何となく好いと思いました。
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こういう紫色ですが、肌寒い曇天の下で視ると「少しばかり寒々しい?」という感も否定出来ないかもしれません。紫色に限らず、多くの花は青空の下で視る方が鮮やかで好い場合が多いようにも思えるのですが。

連日のように「寒い」というような話題が続きますが、その他方で、この花のような「鮮やかさ」も見受けられるというのが、ユジノサハリンスクの最近の様子だと思います。

夕焼けが「希少な現象」でもあるかのように思える…:レーニン広場(2018.07.04)

ユジノサハリンスク市内には、様々な催しの広告が掲出されているのが見受けられます。「来週?」というモノや「月末?」というモノが多い他方で、「随分と先のような…」というモノも見受けられます。

稚内市サハリン事務所の近隣をスタッフと一緒に歩いた時、「9月の催事」の広告を視掛けました。スタッフは「9月?最近の外の様子は“9月頃”のような雰囲気だから?」としていました。何か「“夏”がいきなり欠落してしまった?!」とでも思いたくなるような最近の様子です。

気温の感じは「9月頃を思わせる」という感ではあるのですが、昨年の9月を振り返ると、好天で青空が拡がる場面がもう少し多かったような気もします。最近は本当に曇天ばかりな感じで、少しの間でも「空の蒼」が覗くと、何か「特別な事」でも起こったかのような、不思議な気分になることが在ります。

↓曇りがちな一日が暮れて行こうというような中、「空の蒼」が覗いていました。ユジノサハリンスク市行政府本庁舎の前から視ているレーニン広場です。
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↑「夜」と明言したい「午後9時台」ですが、「夕刻」という風情です。レーニン像の背後に拡がる西寄りの空に、沈んで行く西日の光の影響で不思議な色合いになった雲が流れています。

↓「多分…日没の直前か、正しく日没…」と思われるような時間帯に入ると、光の影響で「全般的な景色の感じ」が少し変わった色を帯びて来ます。
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↑上空を少し強い風が吹き抜けている様子で、不思議な形に拡がる色々な雲が随分と流れていて、この時間帯には「空が覗く面積」が少し少ない感じになっています。

↓やがて空が「ナイトブルー」という色合いになり、街の灯りが点き始めます。レーニン像の辺りの灯りは、「点き始めた?」と少し白くなってから、「ジワーッ」という感じで光が強くなって、2分位で画に写っているような黄色味を帯びた光で輝くようになります。
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↑雲が少な目に視えるやや低い空は、「日没後の赤紫」というような色彩を未だ留めています。こういう具合になっても、スケートボードに興じている少年達が居る様子も少し視えます。

眼に「馴染み過ぎている」ようなレーニン広場の様子ですが、「午後9時台」の然程長くない時間の中で、ドンドンその雰囲気を変えます。

こういうような「夕焼け」は、別段に特殊な現象でもない筈なのですが、最近の天候の傾向の故に「希少な現象」と錯覚してしまいます。

「夕焼け」の様子が、何となく印象に残るような美しい様子であると、「明日は好いことでもあるだろうか?」というような気がすることが在ります。実際、「気がした」で終始してしまうことも多いのですが、それでも夕方から夜には「明日は好いことが?」と思って休みたい感です。

天候不順が続く…:レーニン広場(2018.07.04)

日本国内の方々で台風や大雨というニュースが伝わり、何となく気持ちを曇らせてはいたのですが、稚内では<北門神社祭>の時季に入ったことを思い出していました。

稚内で「<北門神社祭>の時季」と言えば、「爽やかな好天」で屋外の催事に参加した人達が日焼けして真っ赤な顔になっている年と、「少し冷たい雨が交じる」というような感じで、出店の辺りを寒そうに足早に歩いている人達を視掛ける年とに、綺麗に分かれる感じがします。稚内に在った時には、7月に入るとそういうことに頻繁に話題が及んだものです。

「北国の7月初め頃」というようなものは、上述の稚内の例のように「天候変化の幅がやや大きい」という程度に考えてはいますが、最近のユジノサハリンスクの様子は、何となく「戸惑い」のようなものを感じないでも在りません。

昨年の6月末から7月上旬辺りに綴られたこのブログ、その他の昨年に綴ったようなモノを一寸視る限り、昨年も「少し天候が不順。“暑い”という程にもならない」という様子でした。しかし、今年のように「寒い…」からは免れていたような感です。寧ろ、朝早くにやや低温で、日中に上がる気温との“温度差”に関して、「1日の中での温度差が小さ目」である沿岸の稚内からやって来た立場で驚いていました。

7月に月が改まって多少気温が上がり、7月2日は「少しだけ蒸し暑い?」というような感じもしたのですが、直ぐに気温が下がって、天候も時々雨が交じる曇天になり、風も冷たい感じです。

↓7月4日朝、レーニン広場です。気に入っているユジノサハリンスク市行政府本庁舎の前からの眺めです。
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↑広場の木々の緑が濃い他方、些かの明るめな部分が在るものの空が雲に覆われ、冷たく湿った感じです。鮮やかとは言い悪い様子ですが、これが「眼に馴染む最近の感じ」です。

今朝は「10℃に届いていない」ような気温で、少し強めな風が冷たい感じです。防寒を強く意図したような上着は、歩くと汗ばむ場合が在って鬱陶しい場合も在るのですが、風雨を避ける意味での上着は、外出時には欠かせないような感じです。

「7月」ですから「夏」と認識されてはいますが、「風雨を避ける上着を引掛けた人達が、雨も交じる街を足早に往来」というのは、寧ろ「秋?」という感さえしてしまいます。そう言えば、最近は「夏季休暇でタイを訪れる」という話しを随分耳にします。「近く出掛ける」という話しも、「最近行って、戻ったばかり」という話しも聞きます。「“らしい”感じの“夏”を過ごしたい」という渇望のようなものが、サハリンの皆さんの間に起こっているのかもしれません。因みに、筆者はタイを訪ねたことはありません。

最近は気象情報を視ても「曇天」や「雨天」を示すマークばかりが眼に留まる感で、気温も然程上がりそうにない様子です。

昨年の様子を振り返ると、「7月第2旬に入るような頃」に「半ば忘れていた“暑い”という感覚が不意に」というようなことが記録されています。或いは今年もそういう具合になるのかもしれません。

<樺太時代の記憶を留める書籍>展(2018.07.03)

↓稚内市サハリン事務所から、歩いて3分程度の場所に<州立総合科学図書館>が在ります。「ハバロフスク通」という住所にはなっているのですが、レーニン通に面している側に入口が在ります。
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↑単に<州立図書館>と呼ぶ場合の方が多い場所ですが、様々な文化行事の舞台にもなる場所です。

<州立図書館>を含むサハリンに在る幾つかの機関に、「樺太時代の豊原市内の図書館に在った」、「樺太時代の研究機関等に在った」とされる書籍、雑誌等の図書資料が伝えられている例が見受けられるそうです。

この程、<ロシアにおける日本年>の一環という位置付けで、それらの資料の一部を州立図書館入口ホールに展示し、樺太時代の経過を広く一般に紹介する<樺太時代の記憶を留める書籍>展を催す運びとなりました。

そのオープニングが<州立図書館>で催されました。40人程度が集まり、様々なメディアの取材も入っていました。

今回の展示では、<州立図書館>と<海洋地誌研究所>とで所蔵する資料を中心に展示を行っています。

<州立図書館>所蔵の資料は、「豊原市内の図書館等のモノ」が中心で、書籍、雑誌、学術論文等であるということです。

1948年頃、現在の図書館の直接的な前身ということになる図書館の機構が成立し、資料として収蔵された「豊原市内の図書館等のモノ」ということになる資料は永く然程顧みられることもなく、余り研究は進んでいなかったとのことです。1990年代以降、この種の所蔵資料が注目されるようになっているとのことでした。

↓1940年代までの雑誌です。
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↑「樺太時報」という題名や「一月號」(「號」は「号」の旧字)という横書きが「右から左に読む」という、この位の時代までに見受けられた方式で書かれています。そして、当時のモノクロ写真が綺麗に刷られています。

↓1926年に発行されたと推定されている百科事典です。
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↑「昭和の初めの百科事典」で、「どういう項目が収められている」のかも気になりますが、この本も分厚い表紙に書かれた横書きの題名が「右から左に読む」という方式です。

<海洋地誌研究所>は、樺太庁による研究機関の活動を引き継いで行くようなことを念頭に、1940年代後半に体裁を整えて行った研究所であるとのことです。その樺太庁の下に在った機関が所有していた「島での生活を伝える、永遠の命を持つ本」―説明にあたった担当の方が読んだ、研究所長のメッセージに在った言葉が好かったので拝借しました。―と呼ぶべく貴重な資料が研究所に所蔵されて、受け継がれているとのことです。

<海洋地誌研究所>の所蔵資料は多岐に亘るとのことですが、「研究機関の所有物」であった性質上、図鑑、事典というようなモノが目に付くようです。広く眼に触れる型で陳列されること自体が「多分初めて」というモノも交じっていると紹介されました。

↓そんな図鑑の図版ページが開かれた状態でケースに展示されていました。
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↑海獣の図版ですが、何処となく「日本画?」なタッチの画で面白いと思いました。

開会時の<州立図書館>の館長さんによる挨拶の中、「この図書館を擁するサハリンは“文化の交差点”とでも呼ぶべき経過も在る地域です。この展示会に関しては、殊に若い世代の皆さんに関心を寄せて頂けると嬉しいと思います」とされていました。印刷物として出回った、図書館の所蔵資料ですが、寧ろ「史料」と呼ぶべきと思われるモノが色々と在る訳です。一部、往年の紙幣や硬貨の展示も見受けられます。ざっと視た感じで40点程が紹介されていましたが、7月末まで展示を続けるとのことでした。

更にこれらの資料に関しては、今後の様々な研究に活かす途を探りたいとのことでした。貴重なモノを眼にする興味深い機会となりました。
posted by 稚内市サハリン事務所 at 14:08Comment(0)カルチャー

灯りが入り始めたレーニン通:「寒さ」から免れられた??(2018.07.02)

7月に入って「少し気温が上がった?」というようになり、7月2日の日中は20℃を超えました。

20℃を超えるのは6月上旬以来の「少し久し振り?」な感じで、外では「夏らしい軽装」の人達が多く見受けられました。

20℃を超えていたと同時に、空気が湿っていて、何となく「大浴場の洗い場等で在るような空気」が感じられないでも在りませんでした。稚内市サハリン事務所の入っている建物の入口辺りでは、その「温く湿った」ような空気なのですが、建物の中は日陰で空気も湿っていないことから「この建物?全館にエアコンが効いている訳でもなかったが?」と不思議に思える程度に涼しい感じでした。

そういう状況下、午後から夕方は晴天でした。午後10時近くになって、辺りの通で灯りが目立ち始める頃も20℃程度の気温で、「半袖Tシャツにジーンズ」というような、夏季の服装で戸外に出てみても抵抗感は無い感じでした。

↓そんな7月2日の午後10時前のレーニン通の様子です。
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↑ユジノサハリンスク市行政府本庁舎の前から、北西寄りを視ている感じになります。

日没時間が過ぎて灯りも入っている街ですが、画の左側の西寄りな空は西日の光で染まった独特な色彩を残しています。左側の建物に電話通信の<ロステレコム>の電飾看板が、通を挟んで右は赤で<ロシア鉄道>のマークの電飾看板が視えます。朝から夕方に比べると車輛通行量は少ない感じではありますが、それでも午後10時近くに至って通行は途絶えません。

こういう「夏の黄昏」という雰囲気が色濃い中で夜が更けて行きました。が、朝を迎えると曇天で雨が交じり、やや強めな場合も在る風が少し冷たい感じになっていました。何となく「好天は持続力が弱い?!」という感じです。「酷く寒い」のは何とか免れられたようには思えるのですが、「何時までも夏らしくならない…」というように思えます。

サッカーW杯の試合中継等:ユジノサハリンスクでのテレビ放送に関すること

ロシア国内でサッカーW杯が開催中です。

大会は、出場32ヶ国のチームを4チームずつ、8つのグループに分けて催した予選リーグが終わり、勝ち残った16チームによる決勝トーナメントが始まり、益々盛り上がっている感です。

開催国枠で出場し、事前の“低評価”を跳ね返して決勝トーナメントにコマを進めたロシアチームの母国ですから、ユジノサハリンスクでもロシアチームの各試合を含めたW杯サッカーの試合はテレビ中継が盛んに流れています。

こうした大きなスポーツイベントに関して、「国内開催」と言えば、人気が高い試合は「テレビを視易いような時間帯」と考えますが、ロシアでは、殊にユジノサハリンスクのような場所ではそういうことにはなりません。

ロシアは東西に大きく拡がる巨大な国土の国で、国内に大きな時差が在ります。モスクワ等の欧州部とサハリンとの時差は8時間です。

決勝トーナメントにコマを進めたロシアチームがスペインチームと対戦した試合は「7月1日 17時キックオフ」でしたが、ユジノサハリンスクでは「7月2日 午前1時キックオフ」です。“極東”の中でも時差が在って、ハバロフスク地方や沿海地方では「午前0時」で、カムチャッカ地方では「午前2時」です。

ロシア国内では、こういうのには「或る程度慣れている」ように見受けられます。ユジノサハリンスクでスポーツ観戦好きな皆さんは「あの試合は〇時だったか?ということは…当地は〇時だから、その頃に…」という具合に備えてテレビ中継を楽しむ訳です。他方、何かこういうのは「日本国内で欧州諸国や米国でのスポーツイベントをテレビ中継で視る」時の感覚を思い出さざるを得ません。

「7月1日 17時」、サハリン時間では「7月2日 午前1時」の試合ですが、“サッカー大国”に数えられるスペインのチームに対し、ロシアのチームが地味な印象も免れ得ず、「ロシアのチームにとっての大会は次の試合までか…」という観方が支配的であったと見受けられます。しかし、実際の試合では「1対1」で得点が動かず、「ずうっとボールを持っている?」というように視えたスペインの攻撃をロシアが凌ぎ続け、延長でも決着が着かず、PKになってロシアが勝ちました。

テレビの実況中継の後半の方から試合終了までを視ましたが、淡々と言葉少ない感で実況中継をしていたアナウンサーが、「勝った!勝った!スペインに勝った!史上初!史上初のベスト8!」と、スペインの5人目のキッカーが蹴った球をロシアのゴールキーパーが弾いて試合が決した瞬間は、「このアナウンサーは多分涙ぐんでいる?」と音声が震えるような、声が裏返るような感じで絶叫していました。

この試合が終わったような頃、ユジノサハリンスクは午前4時頃でした。外では、何処かに集まって試合をテレビ観戦していたらしい人達が戸外に出て来た様子が伺え、暗い街に「ロシア万歳!」というような叫び声や、スタジアムで応援に使うラッパを鳴らすような音が些か聞こえていました。こういう「熱さ」には少し驚かされますが、広大な国の隅々で応援する人達の想いが反映され、劇的な展開が在ったのかもしれません。

このW杯サッカーのような人気が高いモノは、「日本国内で欧州諸国や米国でのスポーツイベントをテレビ中継で視る」時の感覚に似ているかもしれない状況で、ユジノサハリンスクでは楽しまれています。が、こういう「少し特別なモノ」に限らず、普段から「(欧州部で使われている)モスクワ時間の時刻表示がされたままのコンテンツ」がユジノサハリンスクで観られるテレビ放送でそのまま流れている場合が在ります。

「(欧州部で使われている)モスクワ時間の時刻表示がされたままのコンテンツ」がテレビ画面で流れていて、日中に何となく眼に留める場合には然程気になりません。が、朝早くには戸惑うことが時々在ります。例えば「午前6時半」に起き出してテレビを視た時に、画面に「午後10時半」と出るのです。「前夜に眠ったのは?何時だった?あれ?」と訳が判らなくなります。ことに「午前6時半」が未だ暗い場合には、頭の中の混迷は膨らんでしまいます。納得するのに20分かそこらを要したことも在りました。

こういうのに対し、「もう少し細かい」感じの判り悪さも在ります。ロシア全土でテレビコンテンツを放映している局の一部に、全土を幾つかのゾーンに分け、ゾーン毎に「1日の予定コンテンツ」をゾーン毎の時間帯に合わせて流し、“生放送”のニュースのようなモノに限って「(欧州部で使われている)モスクワ時間の時刻表示」が入ったままで流すという方式を採っている例が在ります。

この“ゾーン”の方式の場合、不意に“生放送”に切り替わると「あれ?」と思いますが、何分も経ずに「“生”だから、モスクワ時間の表示が入り込んだ…」と気付きます。

より紛らわしいのは、“ゾーン”が正しくサハリンの時間帯に合わず、「極東」ということでハバロフスク地方や沿海地方の時間帯で放映されていることが在るという例です。例えば「好評な〇〇。本日18時30分放映」と画面で告知され、それを視てみようとユジノサハリンスクで18時30分にテレビを点けても視られないことがあります。放映スケジュールが、「マイナス1時間」なハバロフスク地方や沿海地方の時間帯で動いているので、19時半に至って漸く当該コンテンツが放映されるのです。

こういう紛らわしいのは色々と在りますが、サハリンの地元放送局で自社制作のコンテンツを中心に放送している時間帯では、時刻表示が出る場合には「サハリン時間」で普通に表示され、特段に問題は在りません。

とりあえず国内で1つの時間帯を採用し、テレビ放映等はその1つの時間帯で行われている日本国内と、国内に幾つもの時間帯が存在するロシアとでは勝手はやや違います。が、何れにしても国際的なスポーツイベントで自国チームに声援を贈り、素晴らしい試合に拍手を贈るということに大きな違いは在りません。